コガレル

タダノオーコ

文字の大きさ
18 / 75
心酔

1

しおりを挟む


以前の勤め先の営業三課から送別会を開いてもらうことになった。
専務と和乃さんには、夕方から出かけることの了解を得ていた。
場所はオフィスの最寄駅近くの居酒屋だった。

何年も通い慣れた駅なのに、仕事を辞めた途端縁がなくなった。
久々に降り立つと、サラリーマンとOLの帰宅ラッシュの始まりで、その波に乗らない私は他所者だった。

居酒屋は忘年会や新年会で利用してたから場所は分かってた。
社名を店員に告げたら、三課で予約してある座敷部屋に案内された。
すでに綾さんは到着してて、私を見るなりハグしてくれた。

「弥生ちゃーん、元気だった?」

「三週間振りですね、綾さんは元気でした?」

私も綾さんの背中をポンポンと返した。
離職してから三週間程経ってた。

「元気じゃないの、聞いてよ、弥生ちゃん!」

まだ仕事で参加者全員は揃ってないそうだ。
すでに来てくれた課の人達には頭を下げて挨拶した。

「もう、堅苦しいのはいいから、いいから、」

ここに座って、と勧められたのは主役席だった。
その斜め前に綾さんは座った。
課長が到着次第、正式に乾杯することになってるそうだ。


「弥生ちゃんいなくなってから、営業課がわちゃわちゃなの。」

それは給湯室の物のありかが分からなかったり、だらしなく汚れてたりで、お局様が癇癪起こしたとか、一課から私の代わりに配属された新入社員がことごとく使えないミス連発、などなど。

日頃のストレスを私に話して聞かせた。
私の引き継ぎが足りなかったのもトラブルの原因のようで、少し反省をした。


「それにね、」

急に綾さんは声をひそめた。
なんでも私が離職してから、営業課のフロアに突然、専務が現れたそうだ。
こちらから出向くか、会議室で集まるのが常で、専務が自ら足を運ぶことは滅多にないから皆驚いたらしい。

一、二、三課の課長、それに部長が個別に呼ばれて抜き打ち聞き取り調査をされたそうだ。
パーテーション越しに切れ切れに聞こえた会話から想像するに、一課が起こした利益の損失を、契約社員の首切りで補填することにしたらしい。

「しかも、杉崎課長がね、」

杉崎課長は、個別聞き取りの時に
『 仕事ができる大事な部下を切るなんて、人事と上層部は無能だ。 』
って、啖呵を切ったらしい…

「でも、変なの」

「どうしたんですか?」

今回の損失のせいかどうか、営業部部長は地方へ異動になったそうだ。

「で、新しい部長が、」

ここでたっぷりと時間を置いて焦らす綾さん。


「…杉崎部長」

「え!」

「あ、まだ課長だ! 来月から部長」

そんな時タイミング良く、杉崎課長が到着した。

「杉崎課長は、こちらです」

綾さんが自分の向かいの席、私の斜め前の席を課長に勧めた。

「お疲れ様です。
今日は忙しい中、ありがとうございます」

立ち上がって挨拶すると、
「元気か?」そう声をかけてくれた。

「部長、限界です、乾杯の音頭お願いします!」

向こうの席から野次が飛ぶと笑いが起こった。

「コラッ、部長って言うな」

叱責しながらも、送別会という名の飲み会は始められた。


食事も飲み物も揃って、それぞれが思い思いにお酒の席を楽しんでた。

「課長、次は何を飲みますか?」

空になりそうなグラスを見てたずねた。

「弥生ちゃん、何聞いてんの。主役なんだからそんなの私に任せて」

「じゃ、ビール」

課長が頼むと、綾さんは皆のオーダーも集計するために向こうへ行ってしまった。

「部長に昇進されるそうですね、おめでとうございます。」

私の言葉に杉崎課長は複雑な表情をした。

「部長の地方異動は葉山の解雇にも関わってるし、俺の昇進は手放しでは喜べないね」

課長はそう言うと少ないビールを煽ったから、グラスは空になった。

「きっかけはポストの空きかも知れませんけど、そこに杉崎課長が任命されたのは実力ですよ」

課長の眉尻が心なしか下がった気がした。
私は空のグラスが気になって、どこからかビールを調達できないか、長いテーブルの先を見渡した。

「いいんだ、ゆっくりやるから。今日はあまり酔いたくないから」

立ち上がろうとする私を課長は手で制した。

「それより、どう? 新しい仕事は見つかりそう?」

私は首を横に振った。

「実はまだ、何も手つかずで…」

「そうか、」

その時、綾さんのいた席に見知らぬ男性が膝をついた。

「課長、どうぞ、」

向かい合って課長のグラスにビールを注いだ。

「葉山さんも、どうぞ」

私にもお酌してくれるようで、今ある中身を飲んで空けた。
新たなビールがグラスに満たされる間に
「こいつ、一課から異動してきた新人、長谷川」
課長がそう紹介してくれた。

さっき綾さんがプリプリと怒ってた、例の新人君か。
そういえばいつだかの朝礼で、新人紹介されてたのを思い出した。

「俺が研修の間に退職されたみたいで、すれ違いですね。
あの、三課の仕事の相談に乗っていただけませんか?」

「もちろんです」

引き継ぎが上手くできてないから、この新人君が悩んでるんだろうと、少しの責任も感じた。

「とりあえず、ライン交換お願いします」

そう言ってスマホを取り出した。

「長谷川、テメー、調子に乗んな!
分かんないことは、俺に聞け!」

目の前の杉崎課長が喝を入れると、新人君は逃げるように退散してしまった。

「まったく、仕事しろっつーの!」

課長は怒りながら、お手洗いに立った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話

紫ゆかり
恋愛
オムニバス形式です。 理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。 大人の女性のストーリーです。

処理中です...