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恋の嵐
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しおりを挟む「私はきっと二番ですね。
三番以下なら、ちょっと哀しいですけど。
圭さんの二番目でもい…」
二番目でもいいから…
言い終わらないうちに、また圭さんの腕の中にいた。
「違う」
頭をゆっくりと何度も撫でられて、ずっと緊張してた身体が解けてくのを感じた。
「成実はずっと一緒に仕事してる仲間だから切り離せない。
でもそれが嫌だって言うなら縁を切るよ」
私は嫌だとも、縁を切ってとも言わない。
圭さんはそれを分かってる。
やっぱり意地悪でズルい人。
圭さんの唇が私の額に触れた。
「弥生だけだよ、キスしたいのも、触れたいのも。
嘘じゃない、他はいらない」
でも、もしも私が「縁を切って」とお願いしたら、圭さんは本当にしてしまうだろう。
こんな刹那的な気持ちになるのは、圭さんが芸能人のせいかと思ってた。
でもそれは間違いだって、ずっと後で知ることになる。
私は顔を上げた。
「圭さん、私ここを出て行きます」
「ハァ? 何で?」
強い口調とは裏腹に、長いまつ毛が儚げに揺れた。
「ここに置いてもらうには条件があったんです、専務の婚約者のフリをするって…
でも今、破っちゃいました」
「何でそんな条件…」
「専務はここの兄弟に牽制? って言ってました。
…嘘か本当かは分かりませんけど」
「随分信用ないな。
でもまあ、親父の不安は的中だけど」
私は苦笑いするしかなかった。
「二人でここを出て行くのもいいけど?」
真剣な眼差しのその提案は、私が家族を壊してしまうようで嫌だった。
だから首を横に振った。
「なら、秘密にしよう」
「秘密?」
「親父の条件反故にして、弥生が俺に惚れてしまったことは秘密」
間違ってないけど、なんだか釈然としない。
思いは通じ合っても、圭さんは変わらずに圭さんだった。
「弥生、」
圭さんが私の名前を呼んで、また抱きしめた。
「はい」
耳元で囁かれたのは、甘い言葉じゃなかった。
「俺の出てるテレビ見るの禁止」
***
一週間経った。
基本的には変わらない生活を送ってた。
家族を送り出して、和乃さんと家事をして、買い物に行く。
家族を迎え入れて一日が終わる。
一つだけ以前と違うのは、圭さんに触れるようになったこと。
家族や和乃さんがいてもいなくても、隙があれば圭さんは私を抱きしめてキスした。
私は見つかってしまうんじゃないかっていつもハラハラしてるのに、圭さんはどこ吹く風だった。
「ダメです…」
口では拒否してみても抱きしめられたら、流された。
秘密を持ってここに居続ける申し訳なさと、隠れて触れ合う背徳に心臓が保ちそうになかった。
そんなお屋敷で、准君の部屋のドアをノックした。
時刻は間もなく22時になるところだった。
返事を聞いてからドアを開けると、准君はベッドの上で枕を背にして座ってた。
スマホで何かを操作してる。
「お邪魔します」
「どうぞ」
准君はスマホの画面から目を離さないで答えた。
この “どうぞ” は私がさっきした、お願いに対する返事。
部屋に入るとドアを閉めた。
准君のお部屋訪問理由は、数時間前の夕食の席で交わした会話に遡る。
専務も圭さんも遅くなるようで、今夜は二人で食事をしてた。
「准君は圭さんのドラマとか見ないの?」
家族が日常的にテレビに出てる感覚が分からなかった。
私がいつまでも気づけなかったように、この屋敷の中では圭さんの出るテレビも雑誌も目にすることがなかった。
「兄貴の恋愛ドラマ見る弟って気持ち悪いでしょ?」
「そうなの?」
「真顔で聞き返されても、答えに困る」
准君は苦笑いした。
「先週の続きが気になるんだけど、准君の部屋で見たらダメかな?」
「嫌だよ、そこで見なよ」
顎で示されたのはリビングのテレビ。
このお屋敷の中にテレビは、リビングと准君の部屋にしかない。
ドラマを見てるのがバレると圭さんに怒られることを説明したら、今度は飽きれたように笑われた。
「じゃ、いいよ。俺の部屋で見て」
准君の部屋のテレビは、ベッドの足元の先の壁際にある。
テレビを見るより、ゲームで使うことが断然多いみたいだけど。
ベッドの脇に、勉強机のチェアーを移動させて座らせてもらった。
テレビをつけるとCMが流れた。
「勉強の邪魔にならない? 大丈夫?」
振り返って准君に聞いた。
「一時間や二時間、休憩したって何の問題もないよ」
「准君はお父さんの仕事を継ぐの?」
お兄さんは継ぐ気はなさそう。
「どうかな」
その時ドラマが始まった。
テレビに身体を向き直した。
圭さんと成実さんが並ぶシーン。
それで思い返してしまった。
今日買い物のついでに寄った本屋。
先週成実さんが持ってきたのと同じタイトルの週刊誌が目に止まった。
思わず手に取ると、今週の表紙にまた圭さんの名前を見つけた。
圭さんの横に並ぶのは、成実さんの名前。
ページをめくって開くと、車を運転する圭さんと、その助手席の成実さんが写されてた。
記事を読んだ。
真田邸の中に一人で入ったのは成実さん。
しばらくして帰宅した圭さんと二人で、車で出てきた。
車は屋敷から成実さんのマンションまで走って、彼女を降ろした。
二人が車の中で見つめ合ってる写真も載ってる。
束の間の逢瀬だそうだ。
先週掲載された、"真田圭の背中に乗る女性の正体は?" に、
“やはりかねてから噂の、冴島成実だった”
そう結論づけられてた。
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