コガレル

タダノオーコ

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嵐のあとで

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「寝てないから、成実と…」

これだけは分かって欲しい。
弥生と出会ってからは、触れたいのは弥生だけだって。
もちろん繋がりたいのも弥生だけ。

「成実さんは圭さんを…」

抱きしめたら言葉は途中で止まった。

成実とはマンションのエレベーターで別れたっきり仕事でも会ってない。
たとえこの次会ったとしても何の感情も湧かないだろう。
成実も分かってくれてるはずだ。

「ごめん、もう大丈夫だから。」

もし万が一、誰であれ俺の懐へ入り込もうとする奴がいるなら、きっぱりと拒絶する。
そんなつまずきで、弥生が俺から離れていくとしたら耐えられない。

俺を抱きしめ返す弥生の腕に、力がこもったのが分かった。
後頭部に手を添えると、余計に俺の胸に密着させた。
弥生の頬も胸も俺に預けられた。
腕の中の愛しすぎる存在の髪を撫でた。


「ねぇ、」

「ん?」

「弥生が待てって言うなら、何年でも待つよ。
東京でハチ公みたいに。」

そう、まるで犬だし。
弥生に掛かれば、大人しくて従順な犬にだってなるよ、俺は。

そんな哀れな男に、この人は言った
「超大型犬…」って。

泣かす。
今夜は大人しくて従順にはならない。
弥生をソファに押し倒した。
驚いた直後、覚悟のような表情がキスを誘った。
でもその覚悟、あと少し取っておいて。

弥生を抱き上げた。
落ちないように首に手を回すから、顔が近づいた。
初めて会った日と同じだ。
あの日と違うのは、弥生の目が開いてること。
だから会話もできる。
弥生はこの状況でなぜか夢の話を始めた。
まだ余裕が残ってるらしい。

「初めてあのお屋敷を訪ねた日。
夢でもこうやって宙に浮いたんです。」

夢ね…
確かに爆睡してたからね。

「あの時、幸せだったんです。
ずっとそうしてたかったから、ギュッってしました。」

弥生には夢の中の出来事でも、あの時俺は囚われた。
首も心も。


弥生をパウダールームに座らせて降ろした。
「見て、」
と言いつつ、俺もどんなだか見てない。
ドアを開けてみたら、コンシェルジュはいい仕事をしてた。
赤とか白とかオレンジのバラの花びらがバスタブ一面に浮かんでた。
弥生も状況を理解できたようだ。

「こういうの好きでしょ、誰かさん。」

うっとりとした表情で座ってる弥生の元に戻ってキスをした。
キスしながらブラウスのボタンに指をかけたら、手を重ねて止められた。
身体を引かれたけど、背中が大きなミラーに当たって無駄な抵抗に終わった。
逃げ場を無くしただけだ。

ボタンを全部外した。
のぞくデコルテのライン。
指に襟を引っ掛けると背中に下ろした。
顕になった細い肩がミラーに触れて、冷たかったんだろう。
ビクッと身体を震わせた。

スイッチが入った。
適度な抵抗は無視した。
腰を引き寄せて弥生を立たせると、全ての纏うものを取り去った。
俺もキスしながら、弥生に触れながら、同時に裸になった。
恥ずかしさに赤く染まる頬と潤む瞳で、弥生が俺を見上げた。

ヤバイ…
気をそらそうと視線を外しても、見えるのはミラーに映る弥生の後ろ姿。
サラサラとした髪が、透き通るような白い肌の背中にかかってる。
その腰の下には柔らかそうな…
思わず触れると、手の平に吸いつくような滑らかな肌が震えてた。

「超大型犬と風呂に入ると思えば?」

「そんなの無理…」と答えた弥生はまるで、涙目で震える小型犬のようだった。

手を取ると緊張か寒さか、指先がひんやりと冷たかった。

「おいで。」

手を包み込むと、バスルームへといざなった。
シャワーを出して、まずは弥生の身体を温めた。
しばらく湯をかけ続けてるのに、微動だにしない。

「弥生さん、こっち向こうか。」
「無理です。」

俺に背中を向けて腕を胸の前でクロスさせてる。
こっちには意地でも向かないつもりらしい。

まあ、いいか。
尻は丸見えだし。
意地悪でなんの前置きもなく頭に湯をかけたら、抗議の声が上がった。
笑って受け流すと、そのまま頭を洗ってやった。

女性の髪を洗うなんて初めてだった。
子供の頃は准の短い髪なら洗ったことがあるけど。
こんなに気を使って扱ったりはしなかった。
泡を流し終わったら、今度は交代して俺の番。
弥生は俺に背中を向けさせた。

「だから、こっちを振り返らないで。」

シャンプーの途中、何度も頬を押し戻された。
ちなみにこの流れで身体も洗いっこしよう、という提案は速攻で却下された。
仕方なく互いが互いの洗身を済ませて、バスタブに浸かった。



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