61 / 75
嵐のあとで
8
しおりを挟む次は撮影用のアンティーク調のイスに腰掛けてのインタビューだった。
記者の弥生と会話するシチュエーションに非日常を感じて、少しからかった。
今朝ホテルで二度寝から目覚めたら、弥生は隣にいなかった。
ベッドルームから出たら、ライティングデスクでノートに書き物をしてるのを見つけた。
そのノートが今、弥生の膝の上に乗ってる。
このインタビューで聞くことをまとめたんだろう。
最初はノートにこまめに目を落としてた弥生も、途中から自分が知りたいことを自由に質問し出した。
隠すことは何もないし、弥生の気の済むまで丁寧に答えた。
インタビューが終了した後、どう過ごすのか聞かれた。
弥生の部屋で時間を潰すことも提案されたけど、鍵の件を思い出してイラッとしそうだから遠慮しておいた。
ドライブして、仕事の終わる時間に迎えに来ると言ったら納得したみたいだった。
帰り際、夢のデスクの脇を必然的に通るから、座ってる彼女に声をかけた。
「コーヒー、ごちそうさま。」
前から夢が俺を応援してくれてたことを弥生から昨日聞いた。
物をあげるとか、他の大層なこともしてやれない。
握手なら、誰も不快に思わないだろう。
そう思って手を出した。
なんだか弥生に遠慮する様子も見せたけど、結局立ち上がって両手で握り返された。
そんな俺らの脇を、機材を抱えたカメラマンが通り過ぎた。
弥生も仕事中だから、切り上げた方が良さそうだ。
弥生と夢に見送られて編集部を後にした。
階段を降りたところで、荷物を車に積み込んだのか、戻ってきたカメラマンに出くわした。
「なあ、ちょっといい?」
すれ違った直後、振り返って声をかけたのは俺の方。
カメラマンも振り返ると、立ち止まった。
「なんでしょうか?」
そう言うと、腕を組んでビルの入り口に寄りかかった。
なかなか友好的な態度してくれるじゃないの。
「彼女のこと、これからもよろしく頼みます。」
そんなにこのセリフが予想外だったか。
一瞬驚きの表情を見せた。
でもすぐに呆れた顔が横に振られた。
アテレコするとしたら、「やれやれ…」だろう。
「真田さん、俺のこと嫌いでしょ?
なんでそんなこと頼むの?」
誰かに託すなんて、ましてやこいつに託すなんて嫌に決まってる。
でも俺が冷たく突き放した時、この土地で弥生の頼りになったのは夢やこの男だと思う。
暖かく迎え入れてくれたこの職場を、弥生が離れたくない理由も分かった気がした。
「俺は嫌いだけど、弥生が信頼してる人間だから、君。」
それを聞いて、「フンっ」てやっぱり呆れたような笑いを漏らした。
組んだ腕はそのままに足元を見下ろした。
「信頼以上の関係になるかも知れませんけど?」
今度は俺が笑ってやると、奴は顔を上げて俺を見た。
「ならないよ。
弥生は俺に夢中だから。」
結局最後まで呆れ顔のまま、
「もう、好きにして下さい。」
そう言い残してカメラマンは階段を登って行った。
俺も編集部を背にすると、車に向かった。
福岡のデパートの駐車場に車を止めると、某ブランドの宝飾売り場へ足を踏み入れた。
制服を身に着けた小奇麗な女性と目が合うと、一瞬驚いた顔をされた。
頼みもしないのに、イスとテーブルのある奥に案内された。
「本日はどういった物をお探しですか?」
向かい合って腰掛けるとそう聞かれた。
ベテランの販売員なんだろう。
気を利かしてここに通してくれたらしい。
「ペアリングを。」
今日持って帰りたいってことも伝えた。
「お相手のお指のサイズはご存知ですか?」
それは聞かれるって分かってたけど、さっき思いついたことだ、サイズは知らない。
サプライズで渡したいし。
「すみません、大変失礼ですが、お手を拝借できますか?」
俺の不躾なお願いに目の前の販売員は、不思議そうな顔をして手を差し出した。
まるで手相を見てもらうように。
笑顔を見せてその手をひっくり返した。
手を握ったまま、販売員の薬指のサイズを教えてもらった。
「なるほど。」
役目を終えたその手をそっとテーブルに置いた。
弥生の指は一つか二つ細いサイズだと思う。
でも入らないと困る。
安全圏で一つ下のサイズを販売員に告げた。
聞く人が聞いたら、細さを比べられたようで不快を示すだろう。
でも目の前の販売員は幾分頬を染めてるから、結果オーライとしておこう。
俺の指のサイズはこの場で測ってもらった。
それから二つのサイズが今日揃うリングをいくつか並べてもらった。
その中で弥生が普段身につけやすそうな、派手すぎないデザインの物を選んだ。
清算してる間に、サイズ直しや刻印は東京の店でも後日可能と説明された。
一度クリーニングされたそれは化粧ケースに並んだ。
俺は渡された紙袋を助手席に積むと、一路熊本へ引き返した。
0
あなたにおすすめの小説
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる