コガレル

タダノオーコ

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嵐のあとで

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仕事の終わった弥生を車でピックアップした。
夕食に良さそうな店を弥生が案内すると言う。

連れて行かれたそこは居酒屋と銘打ってるけど、酒も料理もイケる店だった。
運ばれてくる料理は焼酎に合って、どれも美味い。
よく聞けば冗談ばっかり言ってる店の親父さんは、その昔料亭の板前だったそうだ。

少し酔いながら、ホテルまでの道を歩いて帰った。
弥生は行きの道もそうだったように、人の目が多い場所では離れて歩く。
それはもし撮られたとしても、言い訳が効く距離だ。
俺が強制した訳じゃない。
弥生が俺に気を使ってそうしてる。
また下衆な週刊誌の餌食になりそうで、俺から手を伸ばすことはできなかった。

弥生がはぐれてないか、時々振り返るのが癖になった。
振り返って目が合えば、微笑みが返された。

ホテルに着いて、部屋のドアを閉めた瞬間、弥生を抱きしめた。
間違いなく手に入れたのに、この不安はどこから来るんだろう?

例えばカメラマンとかあの杉崎のような一般の男。
そういう奴らの方が弥生を幸せにできるんじゃないか、ふとした瞬間に考えてしまう。
だからって、そっちへ行こうとするなら足掻きまくって引き止めるだろうけど。

俺でごめん。
でも誰にも渡さない…

そんな思いが繋がりを求めてしまう。
こんな風に弥生をぐずぐずにさせて、俺を身体と心に記憶させる。

弥生の潤んだ非難がましい視線も、余計に欲に火を付けるだけだった。
残された時間を全部これに費やしてもいい…

それでも終わりは来る。
まだ慣れない身体を、さらに慣れてるはずのない体勢に抱き起こした。
俺の胡座の上に座る弥生と目の高さが同じになった。

一瞬、繋がりだけが全てになった。
お互いの手は添えられてるだけだった。

溶かされる…

「これ…いやぁ…」

たぶん無意識の言葉。
耳からの掠れた刺激にトドメを刺された。

いや、刺したのか…
逃げる腰を後ろから、片手の平で押さえつけた。
反対の手は爪先までピンと伸びた脚を撫でた後、背中に回した。

前には密着する俺がいて、後ろに倒れることは許されない。
弥生に絶え間なく訪れる波が来てるのは分かってた。

耐えて…今、終わる…

「愛してる。」

本当は…そんな言葉じゃ足りない。
だから不足分は俺の身体で。

とか言ったら、また睨まれそうだ。
自分では行方を決めかねてる弥生の背中をそっとシーツに戻した。
やっと自由を手に入れた弥生は、まもなく眠りに落ちた。

諸々の事柄を終わらせると、向こうの部屋へ行った。
白白と夜の明けた景色が目に飛び込んできて、自分のタフさに呆れた。

化粧ケースから指輪を出した。
まずは自分のを指に嵌めた。
それから眠る弥生の前に戻って、右手を取った。

一度眠りに就くとなかなか起きない人で、この時ばかりは助かった。
まごついたけど、右手の薬指に嵌めることができた。
俺の見る限り良い感じだけど、後で指への収まり具合を聞いてみよう。

指輪の嵌った手に唇を押し付けた後、俺も横になった。

自分の指輪を眺めた。
この指輪は大した意味がない。
弥生の指輪には他の男を牽制する役目も与えた。
昼間、嶋さんに余裕がない男と言われた。
全くその通りだ。

弥生の浮気はこれっぽっちも疑ってない。
ただ周りが弥生を放って置かないだろう。
これは俺の欲目じゃないと思う。
熊本で会った人達もそう。
嶋さんも、居酒屋の大将だって随分弥生を気に入ってた。
東京に残された人間だってそうだ。
ボロ家の大家も、和乃さんも、杉崎も。
准や親父でさえ、弥生が戻ることを歓迎するのが目に見えてる。

男女年齢問わず、弥生を知れば魅了されて構いたくなる。

分かってんのかね…
弥生の鼻の先を指で押した。
何とも言えない面白い表情を見せてから、寝返りを打ってしまった。
ベッドでの顔も、こんな変な顔も、見られるのは俺だけで充分。

弥生を背中から抱きしめると、俺も眠りへと落ちていた。


俺の手が撫でられるのを意識の遠くで感じた。
モゾモゾと動く気配も。

「圭さん、これ、」

何時だ?
寝たばかりじゃないの?
回らない頭で目を開けると、部屋の中は明るくなってた。

目の前の人は何故かドヤ顔で指輪を見せてきた。
ただ、何も身に纏わないで肘をついた姿勢をされても、魅惑的な桃色に目は釘付けになりそうだ。
眠くなければ襲ってただろう。

色々質問されるのを、のらりくらり答えてるうちに聞こえた。

「左手のなんて、要らないですよ。」

その聞き捨てならないセリフが俺の頭を完全に覚醒させた。

左手の指輪の意味は分かってるでしょ?
まさかの拒否とか…

「どういう意味?」

俺が芸能人だからか?
彼女は良いけど、嫁は嫌?
もしかして夜がしつこいから…か…?

色々な考えが頭の中を逡巡してるうちに、
「これを左にすれば良いかと…」
バツが悪そうに弥生は答えた。
それって、結婚指輪をわざわざ買い直さなくてもいいって意味か。

とりあえずの安堵から天を仰いだ。
見えるのはもちろん寝室の天井だけど。
天井こんなんだったんだ。
起きてる間は、俺の下か隣にいる弥生ばっかり見てた。
スイートルームなのに思い返せば使ったのはほぼ、ベッドと風呂のみという…



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