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嵐のあとで
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しおりを挟む「だって結婚指輪は、自分で好みなの選びたいでしょ?」
さっきから仄めかしてる “結婚” を匂わせるワードは何故か綺麗にスルーして、弥生は指輪を眺めた。
嬉しそうだけど、それに込められた真意は不純だ。
やっぱり来たるべき日には、きちんとした物を買いに行こう。
そんな思いを知ってか知らずか、弥生は俺の胸に半身を乗せて抱きついてきた。
「圭さんのそばにいられるなら、指輪なんてどうでもいい…」
たぶん俺の顔は史上最大に緩んだと思う。
弥生の気持ちが少し見えた。
俺をこんなに一喜一憂させるのは、世界中にたった一人、この人だけだ。
そんな浮かれ気分な俺の胸が、一際重くなったことに気づいた。
寝てるし。
首を持ち上げて見れば、呼吸で上下する俺の胸の上で、喋りもせず動かなくなった人。
弥生の胸も違うリズムで上下してるのが、皮膚を通して伝わってきた。
三日目の部屋で、もう見慣れたデジタル時計をチラッと見た。
チェックアウトの昼まで時間はある。
弥生をひっくり返すと、邪魔な掛け布団を向こうへやった。
眠気は飛んだだろう。
暗くして、と懇願するのは無視した。
そのままギリギリの時間まで弥生の身体を離さなかった。
「…恥ずかしい。」
余韻を惜しんで、ゴミ箱と対面してた俺の背中に、羽根枕が飛んできた。
振り返るとベッドの隅で、ちんまりと体育座りして俯いてる。
ハァ…可愛い。
やっぱり、連れて帰りたい。
「弥生のあんなのとか、こんなのは、東京で思い出さないって誓う。」
もう一個枕が飛んできた。
枕を投げ返してタイムアウトを告げると、二人してバタバタと帰り支度を始めた。
チェックアウトをする前に、ホテル内の土産物店で傘を買った。
熊本城を見下ろす部屋の窓からも、いつの間にかしとしと降り始めた雨が見えたからだ。
ホテルを車で出ると熊本城へ向かった。
少し観光してみようという話になったから。
駐車場に車を止めると、傘を差して降りた。
さっき土産店でビニール傘を二本買おうとする弥生を止めて、きちんとした傘をあえて一本買った。
一つの傘を分け合えば、離れて歩くこともない。
手を繋いでも、その顔はこうして雨と傘が隠してくれる。
熊本城は寄付すれば、城主として個人名を連ねてもらえるそうだ。
俺の隣の専属ガイドさんがそう説明してくれた。
ずっと上からばかり見下ろしてた城は、やっぱり見上げた方が威厳を感じさせた。
雨に打たれて周りの木立がしっとりと俯いてるのも、城を幻想的に演出するのに一役買ってた。
ゆるい情報しか持ち合わせない専属ガイドと少し城の周りを散策してから、お薦めと言うラーメンを食べた。
それからフライトの時間に余裕を持たせて空港に向かった。
刻々と別れの時間が近付いてることを感じつつも、お互い言葉にはしなかった。
信号待ちの車内、ここにきて大粒の雨が窓を打ち付けるようになった。
何で別れる日は、大雨なのか。
それでもあの日のような胸の痛みがないのが救いだ。
助手席の弥生が指輪を触ってるのを、視界の隅に捕らえた。
恐らく無意識なんだろう、指輪に触れるのを今日何度も目にした。
大して意味もないと思うけど、ナンパ撃退時には左の薬指に嵌めることを強要した。
「心配いりませんよ、私そんなにモテませんから。」
ハ、…
ため息をグッと飲み込んだ。
この俺のやるせなさをどう表現したらいいだろう。
何かあっても駆けつけられる距離じゃないんだよ。
「鍵、早くね。」
最低のボーダーライン、これだけは絶対に譲れない。
不動産に電話すると言うから、その言葉を信じて、これ以上追求するのは止めた。
空港に到着して諸々の手続きをこなす俺を、弥生はただ黙って見守ってた。
雨でも現在は定刻で運航してるようだ。
搭乗時間までをラウンジで過ごしてた時だった。
弥生は親父達の過去の交際を、思い返したようだ。
行き着く先は俺と同じ。
「考えてたんです。
もし専務とお母さん、二人が一緒になってたら、」
弥生の母親と俺の親父が結婚していたら?
“もしも” の話だ。
「俺達は生まれてない?」
結局は互いに選んだ別のパートナーとの血が混じって、俺と弥生はこの世に生を受けた。
「違います。私達は、一つになるはずでした。
だから私は、こんなにも圭さんに焦がれるんだなって。」
俺と弥生が、一人の人間として生まれる予定だったってことか。
奇妙な考えだ。
でも面白い。
引き剥がされた半分同士、互いを求め合ってた訳だ。
弥生を家の中に運び入れたのも、ここまでの嫉妬深さも、アレが少しばかり激しいのも…全ては遺伝子プログラムのせい、
とかね。
何であれ、弥生に焦がれられる存在でありたい、いつまでも。
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