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嵐のあとで
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しおりを挟む「ねえ、聞いてもいい?」
しばらく気になってたことだ。
「何ですか?」
「何で処女だったの?
正直、あなたモテたでしょ?」
弥生は俺の質問に焦ってキョロキョロと辺りを見回した。
大丈夫だよ、誰も聞いてないのは俺が確認したから。
「えっと…答えないとダメですか?」
「うん。教えてくれないと、エッチする度に気になると思う。」
弥生が頬を赤く染めて、俺の口を塞いできた。
笑ってその手を剥がすと握りしめたまま、二人の身体の間に下ろした。
弥生は諦めたからか覚悟なのか「ふぅ」、と息を吐いてから話した。
「…高校は女子高だったし、大学時代はバイトに明け暮れてて。」
「バイトは何したの?」
「家庭教師とか、バーテンとか、割が良いのを…」
バーテンとか?
マジか…いや、確かに弥生が酒は嫌いじゃないのは知ってた。
どうりでバーの雰囲気にも慣れてる訳だ。
バーテンについてもっと突っ込みたい、でもそれ以上に
「家庭教師って…」
たぶん俺の頭の中の思考回路を先読みしたんだろう。
「女の子しか教えてません。」
あっそ。
聞いてないのに勝手にそう答えた。
まあ、その答えで正しいよ。
「お付き合いしても、『バイトと僕のどっちが大事なの?』ってフラれるから、もういいやって…」
女子か、と思って苦笑いだけど。
この人に “お預け” 喰らわされる面々を想像すれば同情もできる…
「社会人になったら、誰からも誘われなくなりました。
だから、モテないですよ、私。」
「社内恋愛禁止だった?」
「特に規定はなかったです。」
ふーん、なんかしっくり来ない。
頭にふと杉崎が浮かんだけど、もう過ぎたことだ。
「俺の登場をずっと待ってた訳だ。」
片割れなんでしょ、俺は。
「迎えに来てくれて、嬉しかった。」
背もたれに肘をついて、俺を見つめる弥生の顔をのぞき込んだ。
「じゃ、一緒に帰ろうよ?」
弥生は頷かない。
分かってる。
東京で弥生を突き放した俺への罰だ。
時間だ。
立ち上がると弥生が手を離そうとするのを、強く握ってさせなかった。
俺が離したくなかった。
「冬休みにお屋敷に泊まりに行ってもいいですか?」
「ハァ? なんで? 俺のマンションでいいじゃん。」
俺に休みはない。
次に会えるのは冬休みなのかと改めて思い知らされた。
しかも二人きりじゃないのか、とさらに焦る。
「あそこが、好きなんです。」
短い間だったのに、あの家の中に弥生がいる光景が自然と頭に浮かぶ。
そうだ、あの頃は家に帰るのが密かに楽しみだった。
「なんでもいいよ、弥生がいてくれるなら…もうなんでもいい。」
搭乗口の入り口の手前、弥生を抱きしめた。
こんな別れのシーンは、日々この場所で繰り返されてるだろう。
願わくば、誰も気に止めず横を通り過ぎて欲しい。
俺達を放っておいて欲しい。
「冬休みまで、泣くの禁止。」
声に更に艶を乗せて耳元で囁けば、弥生の弱点を刺激する。
ここ数日で知ったことだ。
身体を離すと、潤む瞳と目が合った。
冬休みにはその涙が枯れるのを覚悟した方がいい。
弥生から手を離すと、弥生の手も俺の肘の辺りから離れた。
またね。
俺はバッグを持つ手を肩にかけると、搭乗口へ歩き出した。
*****
東京に戻って二ヶ月と少しが過ぎた。
忙しくしてたけど、暇があれば弥生とラインはしてた。
今弥生から
“阿蘇の牧場でアイス食べてます”
って、ラインが届いた。
“ そうですか ”
って、返しておいた。
車でカメラマンと移動したのかと思うと、楽しそうなのがムカつく。
半分冗談。
元気そうで何よりだ、ってことにしておこう。
呑気な誰かさんとは対照的に一週間前、俺にはとある事件が起きていた。
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