コガレル

タダノオーコ

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番外編

弥生ホリック(2) from 弥生's viewpoint

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頭を下げるしかなかった。
浮かれて、圭さんの事情を今の今まで考えてもなかった。
今さら後悔しても遅いけど、せめてドラマの撮影期間が過ぎるまで待てば良かった。

「あなたに書留を出すように言われたの私。それで去年、彼が熊本で無謀な仕事をした理由が分かった。」

くまたんに載せてしまったことだ。
それも何か…?
頭を上げてマネージャーさんを見つめた。

「圭君、あのせいで仕事できなくなる寸前だった。」

「そんな…」

圭さんの事務所から編集長に、非公認の掲載についての問い合わせがあったことは聞いてた。
でも、それしか聞いてない。
冬休みに会った時には圭さん、その話は一言もしなかった…

「彼を振り回すのは止めて。
鍵は渡さない。タレントを守るのも私の仕事だから。
それに、合鍵って本来いくつもいらないものでしょ?」

「どういう意味ですか?」

「修羅場って嫌じゃない?
私も持ってるもの、あの部屋の鍵。」

マネージャーさんは今はもう隠そうともしないで、冷ややかな笑みを浮かべた。

「あなたの身代わりって分かってるけど、いいの彼が好きだから。
優しくしてくれるし。」


***


どうしよう。
どこかホテルにでも泊まろうかな…

マネージャーさんはエレベーターに消えて行った。
圭さんの元へ帰ったんだろう。

彼女はさっき、裸の鍵とキーホルダーについた鍵を宙で並べて見せた。
それがどちらも合鍵で、キーホルダーに他についてたのは彼女自身の自宅の鍵かも知れない。

圭さんには会わない方が良い。
もし万が一、私と会ってたことがドラマの現場の人達の耳に入ったら、きっと圭さんの印象が悪くなる。
あのマネージャーさんの動向も怖かった。
私が責められるだけならいい。
圭さんに何か害が及ぶことは怖かった。


ポッカリと空いてしまった時間。
代わりに誰かに連絡を取ろうとは思わなかった。
圭さんに会ってたなら、きっとその人のことは思い浮かばなかったはず。

気のきかなさと薄情な自分に、嫌気がした。
スタジオの玄関に背を向けると、安いホテルの検索をしようとスマホを手にした。
そのわずかの動作の間に、着信音が鳴った。
画面に表示された名前に、懐かしさとホッとする安心感を思い出した。

「冬馬君?」

「夢から弥生さんが東京に来てるって聞いたんで。」

冬馬君は編集部をスッパリと辞めて、今年になって上京した。
師匠と呼べる人の元で、本人の言うには “修行してる" そうだ。

「どうしたの?」

「真田さんには会えたんですか?」

質問に質問で返してくる冬馬君。
それでも今は、誰かと繋がってることが嬉しかった。
冬馬君は不思議な人だ。
私が沈みそうなのをタイミング良く救い上げようとしてくれる。

「圭さん、まだ仕事中なの。」

「そうですか。今弥生さん、どこですか?」

「ここ? お台場。」

「混んでなければ10分で行けるんで、」

冬馬君は都会に染まってしまったのかと思った。
俗に言われる『チャラい』男の子になってしまったのかと…


「鬼の居ぬ間にデートしませんか?」


本当に冬馬君は10分程で現れた。
私は促されて冬馬君のミニバンの助手席に乗り込むと、後ろを振り返った。
そこには撮影機材が所狭しと積んであった。

「シートベルトして下さい。」

すぐにそれにしたがった時、圭さんからラインが届いた。

“鍵、受け取った?" って。

“部屋で待ってます"とだけ返信して、既読になったのを確認すると電源を落とした。


「デートなんて言うから、びっくりしちゃった。」

スマホをバッグにしまうと、車を走らせる冬馬君の横顔に話しかけた。
数ヶ月前まではよくこうして隣に乗せてもらって取材した。
私は今は一人で動き回ることが多い。
カメラの技術は完璧じゃないけど、もう冬馬君に頼ることはできない。


「真田さんと何かあったんですか?」

「ううん、何も。」

冬馬君はチラッと私を見たけど、それ以上追及されることはなかった。

「実は弥生さんにお願いがあって。」

「うん?」

「夢が、」

冬馬君は複雑な表情で苦笑いをした。
聞けば夢ちゃんが、バレンタインにチョコレートを送ってくれたのだと言う。
そのお返しにジュエリーを贈りたいそうだ。

そっか、明日はホワイトデーだ。

「夢ちゃん、喜ぶだろうね。」

「どうかな、真田さんみたいに高価な物は買えないから。」

冬馬君が言ってるのは、今私の指に嵌められてる指輪のことだ。

去年私の指のこれを見つけた夢ちゃんは、いかに高価な物かと編集部でこんこんと解説してくれた。

「そんなにするの?」

知らなかった。
世の女性が憧れてやまないジュエリーブランドで、その品質故に値段も張るそうだ。
ちなみに、私の指輪のいじり癖はそこから加速した。
なくしてないか、常に気になってしまうようになったからだ。

そんな私達のやり取りを、冬馬君も傍らで大した興味もなさそうに眺めてたっけ。

「冬馬君から贈られるなら、どんなものだって喜ぶに決まってる。」

幼馴染みの二人が、お互いに惹かれ合ってることは端から見てて分かってた。
それでも夢ちゃんは、写真家としての夢を追い掛ける冬馬君を止めることはしなかった。
もどかしい気もするけど、離れててもお互いを想い合ってるのが分かる。
いつもただ静観してる私まで、優しい気持ちになってしまう二人だった。

車はレインボーブリッジを渡り切った。
冬馬君は六本木にある商業施設の駐車場に車を停めた。
ここには有名な宝飾店の店舗がある。
冬馬君は私にアドバイスして欲しいと言ったから、一緒に車を降りた。


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