コガレル

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番外編

弥生ホリック(1) from 弥生's viewpoint

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“ごめん、迎えに行けそうにない"


羽田空港に到着した時、圭さんにラインをしたその返事。

それで構わない。
今日は仕事だと分かってたし、仕方がない。
仕事が終われば、夜には会えるんだから。

到着ロビーのガラス張りの向こうを眺めた。
夕焼けは遮りのない辺り一帯を、点在する航空機ごと茜色に染めた。

圭さんにはお正月に会ったから、あれから二ヶ月と少し経った。
あの時、着込んでた冬のコートはすっかり出番がなくなった。
春の薄いコートを羽織った今、寒さが少し心配だった。
この時期の東京の気温をすっかり忘れてしまった。
熊本と変わらなければいいんだけど。

時間をそう空けずにトークの続きが届いた。

“鍵渡すから、取りに来られる?"

圭さんは春から始まるドラマのために、都内の収録スタジオにいるって。
予め二人で、圭さんの仕事が終わらなかった場合を想定してた。
その時は私はマンションで待つように言われた。
だからその鍵を渡すって意味だ。

今日は私の誕生日だった。


***


2月。
なんの前触れもなく圭さんから、東京ー熊本の往復航空券が届いた。

「今、大丈夫ですか?」

チケットの入った書留を受け取るとすぐに、圭さんに電話をかけた。

「もしかして届いた?」
「はい、受け取りました。私の誕生日ですね?」
「仕事でそっちには行けそうにないから、弥生が来て。」

圭さんと知り合ってから初めての誕生日。
サプライズが得意な圭さんだから、もしかしたら本当は熊本に来ようと画策したのかも知れない。

「…行きます。圭さん、ありがとうございます。」

土曜日だから、私の仕事は休み。
圭さんに会える。

「弥生、…」

「はい。」

いつもと変わらずに、私の名前を呼ぶ声が耳に優しい。
ラインも楽しいけど、やっぱり声の方が温かみを感じる。
それなのに電話の向こうで圭さんの歯切れは悪かった。

「…ごめん、もう行かなきゃ。切るわ。」

「お仕事、頑張って下さい。」

「ハイハイ。じゃあね。」

電話は圭さんによって切られた。

圭さんが何か言いかけたのは、もしかしたら…あのことかも知れない。


先月末、圭さんには女性との噂が湧いた。
雑誌には
“冴島 成実との破局の背景には、新しい彼女の存在?"
って見出しと共に、その女性の写真も掲載されたらしい。
随分親密そうに寄り添ってる写真だそうだ。

私はその雑誌を読んでない。
去年の秋に圭さんと対面した夢ちゃんは、あれから圭さんの話をしなくなった。
それでもネットで調べものをすれば、トップ画面で情報が目に飛び込んで来る。

数日後には事務所から、
“女性は恋人ではなく、新しいマネージャー"ってコメントが出された。

そのことを圭さんは伝えたかったのかも知れない。


***


圭さんが収録をしているスタジオは、湾岸にあった。
電車を乗り継いで向かった。

とっくに日は暮れて、到着した駅からスタジオまでは少し距離があった。
だからといってタクシーを使う程の距離でもない。
一泊の予定だし荷物はそう多くなかった。
歩き始めたら三月の夜風は、薄手のコートの下の肌を冷やした。

スタジオに到着すると、自動扉のずっと奥の正面に受付が見えた。
多分私では取り合ってもらえない。
それ以前に、すぐそこにいるガードマンさんに止められてしまうだろう、きっと。
だから圭さんにも、玄関に着いたら連絡するように言われてた。

ラインで到着を知らせると、少しの間を置いて返信が来た。

“ごめん、今、抜け出せないから、マネージャーに届けてもらう"

トクンと心臓が音を立てた。
マネージャー…
噂になった人?

ビルから人が出てくる度に、無駄にドキドキした。
しばらくしてエレベーターから降りてきた女性は、タイトなブラウスに、やっぱりタイトなスカートを身につけてた。

あの人だ。
自動扉の向こう側でカツカツとヒールの音が響いてるのが想像出来た。
外へ出て、迷わず私の前に立った彼女のネックストラップの先端には『入館証』と印字されてる。

「葉山さんでしょう?」

「はい、」

冷ややかに品定めされるような視線。
でもそれは気のせいかと思うくらい一瞬のことで、今は綺麗な微笑みを私に向けた。

「彼、この後の食事会断ったのよ。」

「え?」

浮かべてる笑顔とは対照的に、言葉には棘があった。
言われたことの意味が瞬時に理解できなかった。

「スタッフさんがキャストのスケジュール合わせて店も押さえたのに、主役が来ないんだもの。お流れよ、大御所も乗り気だったのに。」

そういうことか…
私と会うために大事な付き合いを断ってしまったんだ、圭さん。

「あの、すみませんでした。」

「仕事場にまで押し掛けて…」

いかにも仕事ができそうなキャリアウーマンの呆れ顔。
私は疎まれてる。
それはそうだ、圭さんは世の女性の憧れの的だもの。
事務所の人からすれば、私は絶対に世間に知られてはならない存在。
邪魔に思われても仕方ない。


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