初愛シュークリーム

吉沢 月見

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☆日々

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 家の近くにできた建物はやっぱり美容室で、しかもカフェ併設。あれよあれよと仕上がった。
「小向です」
 と男二人があいさつに来てくれた。白髪のおじさんと若い今時の男の子。歳の離れたゲイカップルだったら仲良くできそうなのに、親子だそうだ。息子さんはいかにも美容師、お父さんはダンディな白髪交じりのイケオジ。
「都会でブイブイ言わせていそうなのに」
 郁実の言葉に、
「若年性認知症なんだ。自覚はないんだけど」
 とお父さんが隠さずに答える。
 うちの店のカウンター席に人を座らせたのは初めてだった。
「母は、父の病気が怖いって逃げたんです。一人っ子だから、どうしようかなと思って。やっぱりこういうときってなぜか田舎に逃げるんですよね、人間って」
 コーヒーではなく、郁実は紅茶を出した。
「愛した人が変わってゆく姿を見たくない気持ちわかります」
 私は言った。怖い。郁実の記憶から自分がいなくなるなんて想像もできない。
「私たちも移住してきたんですよ」
 郁実は近くの商店、遠くの何でも揃う大型スーパー、野菜の直売所、黒田さんの店を地図上に書いた。
「この前の道が命なんだね」
 お父さんが雑な地図に目を細める。絵が下手な人って道も書けない。というか、うねり具合まで書かなくていいのに。
「そうですね。ここがこの店で、このへんが小向さんちです」
「わかりやすい地図をありがとう」
 郁実が病院を書き足しながら、
「それから、私たち付き合っています。周りがうるさいでしょうから先に言っておきますね」
 とも言った。
「へえ」
 息子さんが交互に私たちを見た。
 うん、私も嫌だった。
きっとこの辺りの人たちは悪意なく言うの。
「東京の親子だって。じゃあどっちかがどっちかと付き合ったら」
 って。無理なの。私の恋人は郁実だから。今は心に郁実しかいないから。
 二人が帰ったあとで私は郁実に聞いた。
「言ってよかったの?」
「一番近くの家の人だから助け合うこともあるだろうし、そういう人にまで嘘つきたくない」
「うん」
 都会の人間のほうが人との距離の取り方が上手い気はする。
「あっちが大変なときには手伝いたいし」
 郁実は言った。
「そうね」
 男とか女ではなく、人間として小向さんたちを好きになれる気がする。
「お向かいだったらいいのにな。お向かいの小向さん。早口言葉みたい」
 と郁実は一人で笑っている。
「ねえ郁実、もしも私が認知症になったらどうする? 捨てる?」
「最善を尽くしてはみるけど、施設に預けざるを得ない場合もあるだろうね」
 少し考えて郁実が答えた。こういう返事は真面目にしてくれる。
「心中は?」
 若いとき、私はひそかに心中に憧れていた。昔は罪だったと知って考えを改めた。
「私は、利紗子がおばあちゃんになった姿を見たいよ。ボケても見たい」
 私もだ。お店なのに泣いてしまって、郁実が抱き締めてくれた。
 ガラス張りだから、人に見られた。いつも来てくれるおじさん。もう来てくれないかもしれない。同性愛が死刑の国がある。見せしめのむち打ちの刑の場所もある。嬉しいことに結婚ができる国もある。同じ人間なのに変なの。
 このぬくもりが愛しいって思っちゃいけないのかな。郁実が死刑になるなら私は嘘をつく。自分を翻しても、郁実には生きていてほしい。白髪になってもおいしいシュークリームを作っていてほしい。笑っていてほしい。
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