初愛シュークリーム

吉沢 月見

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☆日々

19

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 山の雪も溶け始め、にょきにょきと駐車場にチューリップが芽を出した。
「普通、夏前に球根を掘り出すんだよね?」
 郁実はきちんと花壇を作ってあげたいようだ。
 私は小さな蕾にカメラを向ける。くるくると花弁が巻かれていてもうすぐ開きそう。
「そうなの? 知らなかった」
 実家にもあったが、そんなに手間暇かけてなかった。
「うん。植えっぱなしだから葉も小さめなのかな」
 蕾でももう花の色がわかる。赤、白、これは黄色。歌の通り。でも、次は紫かピンク。石をよけて周りを囲む。
 段々とお店らしくなって来た。考えて、お店の定休日は火曜にした。
 お店に『休憩中』の札をかけて、郁実はふらりと出かける。私は気が向いたときだけついてゆく。あんまり晴れていると今時分は紫外線が強いし、雨では靴が汚れる。要するに、曇りがいい。
 私は意味もなく歩くのが苦手だ。郁実は黙って、歩く。たまに落ちている枝を拾って、ぶんぶん振り回して、たぶん蜘蛛の巣対策。子どもみたい。
 わざと肩を左右に激しく降って歩くご婦人とすれ違う。
「自分の体を守っているんだろうか」
 郁実の独り言はたまにボケなのかなと思う。
「きっと肩こりにいいんだろうね。あの人、土日にしか会わないからこっちに別荘がある富裕層なんじゃないかな」
「利紗子って、よく人を見てるね」
「郁実が見なすぎなんだよ。お客さんの顔、一人も覚えないでしょう?」
「うん」
 こっちに来てから黒田さんの奥さんの顔しかまともに覚えてないんじゃないだろうか。家を買うときの不動産屋の社長さんは細いのに糖尿病らしく、シュークリームは迷惑そうだったからもう届けられない。
 家から遠くない道沿いで大工さんが基礎工事を始めていた。
「お店かな?」
 看板に貼られた完成予想図のパースがうちと違って、ウッドデッキのガチお洒落。
「海沿いのカフェみたいだね」
 と郁実も言う。
「早速ライバル?」
 困る。と言っても、うちのお店の売り上げの大半はご近所さんがお茶を飲みに来るだけ。郁実は商売っ気がまるでない。
「美容室だといいな」
 郁実は伸びた髪を自分で切っている。どう切っても丸っこくなる不思議な毛質。
「そうね」
 私は放置している割にはいつでもすとん。
 うちから100メートル以上は離れているが、郁実の同業者だったら嫌だな。私の同業でももっと嫌。でも仕事をくれるなら雇われるのも悪くない。
 お金に困っている。貯金はあるが仕事がない。郁実が無頓着すぎるのだ。
 散歩に出ただけなのに郁実はおじいさんに手招きされて畑を手伝っている。私は土に潜んでいる虫が苦手だから遠くから見ている。太陽が雲から顔を出したから、
「家に帰るね」
 と先に戻る。シミを増やしたくないの。郁実は、どうしてできないのだろう。
 うちで洗濯物を取り込んでいると郁実がスナップエンドウを手に帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
 夕飯はそのサラダとチキンの照り焼き、大根スープ。郁実はごはんも食べる。私は食べない。
 太っても郁美に嫌われない自信はある。そんなことで郁実は人を好きになったり嫌いになったりはしない。自分では見えないのだけれどお尻と足の境に青い痣がある。生まれつきのもので直径4センチほどのぼやけた三角。
 前の恋人は、
「気持ちが悪い」
 と言った。そんなところが見えるのは温泉のときくらいだが、
「痣あるよ。ぶつけたの?」
 と同僚に言われたりもした。
 説明が面倒臭くて、
「そうかも」
 と大人になってからは答えることが多かった。郁実も最初はそうだった。
「いつもあるね」
「生まれつきなの」
 郁実の反応が怖かった。
「利紗子が痛くないならいい」
 とだけ言った。それきり、そのことには触れない。内出血とは違うから押したりしても痛くないのに、その箇所になるたけ触れないようにしてくれていることが嬉しい。
 郁実の舌はシュークリームのためにあるはずなのに、私の中で動く。女同士だから、お互いの生理期間がずれると月に2週間以上セックスができなかったりする。慮るほど抱き合えなくなる。一緒に寝ていても幸せだなとは思う。私は、欲しがり屋さんなの。足りない。
 愛は売っていないから、二人で育まなくてはいけない。もっと簡単に培養できないものかしら。
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