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★忙しくても
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忙しい利紗子に触発されたわけではない。黒田さんの旦那さんに聞いたら、
「ああ、池波さん知ってるよ。俺の3つくらい上だったかな」
と家を教えてくれた。個人情報垂れ流し。
「どういう方ですか?」
私は積み荷を運ぶのを手伝いながら聞いた。
「野球部のキャプテンとかやってたけど、あんまり喋んないからなぁ。下戸だった気がする」
「そうですか」
どうでもいい情報をくれ、家までの地図も書いてくれた。電話番号も教えてくれたが、コンタクトの仕方がわからない。粉を売ってほしい。
いきなり訪問したら迷惑だろうか。むしろ、歓迎されるのだろうか。この土地の生まれだったら、すんなり粉について教えてくれるのだろうか。
店を早めに閉めて、池波さんの粉で作ったシュークリームを箱に詰める。まだ売り出してはいない。まずは食べてもらって、交渉だ。粉を譲ってもらえるだろうか。
利紗子に出かける旨を伝えても、
「うーん」
とカラ返事。
車で向かいながら、夕飯時で迷惑ではないだろうかと頭をよぎる。マイナス思考ではないはず。だた、考えてしまう。
インターホンのない家で、困った。
「すいませーん」
玄関の引き戸を開けたのに、
「なんだ?」
と居間のガラス戸が開いた。
「こんばんは。あのう、池波篤郎さんは?」
「倅は仕事」
ぶっきらぼうに話すおじいさんとの会話はそこで終了。取り付く島もないというのはこういうことだ。
「そうですか、また来ます。これ、よかったら」
とシュークリームの箱を渡した。
ああ私、絶対に不審者と自分でも思った。パトカーのサイレンが聞こえて、お縄につくのかと腹をくくったが、どんどん遠ざかってゆくからほっとした。
金曜に利紗子に頼まれたケーキを焼く。シュークリームもそうだが、ケーキも焼いたものを、冷ます、冷やすって矛盾だ。イチゴがそろそろ終わりそう。たくさん買って冷凍しておこう。ブルーベリーと一緒にクランベリーのようなものをもらったから早速使う。
ケーキにはいちごと缶詰のフルーツ。大きさも縦にデカいほうがいいなら二段にするし、直径の幅があったほうがいいなら一段にする。
丸投げされては困るのだ。だから、想像する。子どものときの誕生日を。今の子は私たちの時代とはまた違う。スマートに生きることが良しとされている。反抗心がない子をたまに目の当たりにする。そりゃ親は子どもには難儀ないよう生きてほしいだろう。だけれど、経験は必要だ。一度ケガをすると、もうしないように予防したり、もし同じように足を痛めても動かし方を学ぶ。
スポンジの粗熱を取りながら、シュークリームを作った。池波さんの粉はこれで残りあと一回分。無駄にはできない。今日こそ、伝えよう。池波さんの粉がおいしいこと、売ってほしいこと、その粉で作ったシュークリームをお店で売らせてほしいこと。
「利紗子、今更だけど生クリームとカスタード、どっちにイチゴのピューレ入れたほうがおいしい?」
利紗子は仕事が追い込みなのだろう。もう化粧もしていない。髪もひとつに束ねて雑なお団子にしている。
「味は同じなんじゃない?」
「そうかなぁ」
「色味なら生クリーム」
利紗子が言い切った。
土曜、利紗子はケーキを届けに、私はまた池波さんの家に足を運んだ。お仕事をしていても今日ならば休みのはず。
そう踏んでいたのに、
「今日は野球で…」
と洗濯を干していた奥様と思われる恰幅のいい女性に言われる。
「あのう、この前も来たんですけど、どうしても篤郎さんにお会いしたくて」
だめだ。これでは私が旦那さんを好きみたいじゃないか。
「どんな御用?」
奥さんが怪訝な顔をする。当たり前だ。順序立てて話したいのに、威圧されると委縮してしまう。
「あ、違うんですよ。粉を…。いえ、また来ます。これ、どうぞ」
こんなに説明下手ではないはずだ。お客さんにシュークリームのことを聞かれたら、味とか賞味期限のこととかきちんと話せる。前のエクレア店でも今の自分の店でも。それなのに、どうして池波さんの粉はこんなに私を浮足立たせるのだろう。
シュークリームにとって粉は根幹だ。利紗子だったら分析をして池波さんを囲い込む。源基だったら飄々と口説くのだろう。どうして私にはできないのだろう。
見晴らしのいい場所から夕陽を見る。力が湧かない。こうしたいという未来が思い浮かばないからだろうか。考えて、私の脳。
店に戻って掃除をする。池波さんの家族の人数を聞きたがったか、それこそ詐欺っぽい。こういうときは、手紙を書こう。シュークリームは食べていただけただろうか。そもそも、こんな見ず知らずの人からもらったものを食べてくれるのだろうか。
利紗子が作ってくれたMayの案内冊子も同封。思い立って、希望を抱いて直売所に足を運ぶが粉は売っていなかった。池波さんにシュークリームを食べてもらうのは次のチャンスしかない。
「ああ、池波さん知ってるよ。俺の3つくらい上だったかな」
と家を教えてくれた。個人情報垂れ流し。
「どういう方ですか?」
私は積み荷を運ぶのを手伝いながら聞いた。
「野球部のキャプテンとかやってたけど、あんまり喋んないからなぁ。下戸だった気がする」
「そうですか」
どうでもいい情報をくれ、家までの地図も書いてくれた。電話番号も教えてくれたが、コンタクトの仕方がわからない。粉を売ってほしい。
いきなり訪問したら迷惑だろうか。むしろ、歓迎されるのだろうか。この土地の生まれだったら、すんなり粉について教えてくれるのだろうか。
店を早めに閉めて、池波さんの粉で作ったシュークリームを箱に詰める。まだ売り出してはいない。まずは食べてもらって、交渉だ。粉を譲ってもらえるだろうか。
利紗子に出かける旨を伝えても、
「うーん」
とカラ返事。
車で向かいながら、夕飯時で迷惑ではないだろうかと頭をよぎる。マイナス思考ではないはず。だた、考えてしまう。
インターホンのない家で、困った。
「すいませーん」
玄関の引き戸を開けたのに、
「なんだ?」
と居間のガラス戸が開いた。
「こんばんは。あのう、池波篤郎さんは?」
「倅は仕事」
ぶっきらぼうに話すおじいさんとの会話はそこで終了。取り付く島もないというのはこういうことだ。
「そうですか、また来ます。これ、よかったら」
とシュークリームの箱を渡した。
ああ私、絶対に不審者と自分でも思った。パトカーのサイレンが聞こえて、お縄につくのかと腹をくくったが、どんどん遠ざかってゆくからほっとした。
金曜に利紗子に頼まれたケーキを焼く。シュークリームもそうだが、ケーキも焼いたものを、冷ます、冷やすって矛盾だ。イチゴがそろそろ終わりそう。たくさん買って冷凍しておこう。ブルーベリーと一緒にクランベリーのようなものをもらったから早速使う。
ケーキにはいちごと缶詰のフルーツ。大きさも縦にデカいほうがいいなら二段にするし、直径の幅があったほうがいいなら一段にする。
丸投げされては困るのだ。だから、想像する。子どものときの誕生日を。今の子は私たちの時代とはまた違う。スマートに生きることが良しとされている。反抗心がない子をたまに目の当たりにする。そりゃ親は子どもには難儀ないよう生きてほしいだろう。だけれど、経験は必要だ。一度ケガをすると、もうしないように予防したり、もし同じように足を痛めても動かし方を学ぶ。
スポンジの粗熱を取りながら、シュークリームを作った。池波さんの粉はこれで残りあと一回分。無駄にはできない。今日こそ、伝えよう。池波さんの粉がおいしいこと、売ってほしいこと、その粉で作ったシュークリームをお店で売らせてほしいこと。
「利紗子、今更だけど生クリームとカスタード、どっちにイチゴのピューレ入れたほうがおいしい?」
利紗子は仕事が追い込みなのだろう。もう化粧もしていない。髪もひとつに束ねて雑なお団子にしている。
「味は同じなんじゃない?」
「そうかなぁ」
「色味なら生クリーム」
利紗子が言い切った。
土曜、利紗子はケーキを届けに、私はまた池波さんの家に足を運んだ。お仕事をしていても今日ならば休みのはず。
そう踏んでいたのに、
「今日は野球で…」
と洗濯を干していた奥様と思われる恰幅のいい女性に言われる。
「あのう、この前も来たんですけど、どうしても篤郎さんにお会いしたくて」
だめだ。これでは私が旦那さんを好きみたいじゃないか。
「どんな御用?」
奥さんが怪訝な顔をする。当たり前だ。順序立てて話したいのに、威圧されると委縮してしまう。
「あ、違うんですよ。粉を…。いえ、また来ます。これ、どうぞ」
こんなに説明下手ではないはずだ。お客さんにシュークリームのことを聞かれたら、味とか賞味期限のこととかきちんと話せる。前のエクレア店でも今の自分の店でも。それなのに、どうして池波さんの粉はこんなに私を浮足立たせるのだろう。
シュークリームにとって粉は根幹だ。利紗子だったら分析をして池波さんを囲い込む。源基だったら飄々と口説くのだろう。どうして私にはできないのだろう。
見晴らしのいい場所から夕陽を見る。力が湧かない。こうしたいという未来が思い浮かばないからだろうか。考えて、私の脳。
店に戻って掃除をする。池波さんの家族の人数を聞きたがったか、それこそ詐欺っぽい。こういうときは、手紙を書こう。シュークリームは食べていただけただろうか。そもそも、こんな見ず知らずの人からもらったものを食べてくれるのだろうか。
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