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サイカ姉様の婚儀

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『リンネット姉様へ
 幸せそうなご様子、なによりでございます。
 写真、驚きました。紅山はすごい技術をお持ちなのですね。単色でしたが、姉様の婚礼衣装がきれいなことも伝わりました。姉様の幸せな顔を見て安心しております。
 そちらの生活に不便はございませんでしょうか?      フレディ 』
 手紙を送ると日を置かずにフレディから返事が来た。元々、国交はあったから私たちの手紙のやり取りを検閲する者もいないようだった。
 困っていること、多々ある。カトが見つからないの。でもサシャが荷造りを怠るとは思えないし、私が座るくらいの大きなものが見つからないなんて有り得ない。そう書いたら紅山の人たちが悪者になってしまわないかしら。
「また蒼山からの手紙を見ているのか?」
 コットは怒っても困っても同じ顔。眉間に皺を寄せる。
 この人が王様なのに仕事中でも私の顔を見に部屋へ来ることにも困っている。そして私は、自分の時間がありすぎる。だから手紙ばかり読んでしまう。
「ちょっとホームシックなだけよ」
「リンネットに見せたいものがあるんだ」
「なあに?」
 城の裏手に新しそうな建物。
「温泉を引かせたからいつでも入浴できる」
 大きな石を並べた浴槽で、人手がかかっただろうな。
 お湯は赤茶色だった。
「入ってみたいわ」
「うん」
 コットと一緒とは言ってない。明るいから恥ずかしい。コットは私の前で裸になることに抵抗はないみたい。
「北の山から取り寄せた石鹸だ」
 コットの手の中ですぐにそれは姿を消す。
「泡立ちがすごいわね。それにいい匂い」
「気に入った?」
「ええ」
 顔を洗うものなのか髪を洗うものなのかわからないけど、コットがざらざらの手で私の体に塗り手繰る。
「膝や腰の痛みに効く泉質だからリンネットの足にも効果があるといいが」
 コットが温泉に浸かった左足を擦ってくれる。やはり、こちらの医者でもお手上げだった。察しがついていたからいいの。

 嬉しかったのはカトが見つからないからとアンナの弟が特別な杖を作ってくれたこと。町医者の見習いらしい。
「いいですか、王妃。この二本の杖をそれぞれ脇に挟みます。そしてここを持って、前進する。体重をかけてしまって大丈夫です。はい、どうぞ」
 幾度か調整して、試作を使い始めたところ。心配そうにコットがにらみを利かせているし、アンナはいつもの不愛想な顔が更に顔が青白くなっている。
「ええと。あ、歩ける」
 人の肩を借りるよりもスムースだ。
「そうです。右足は問題ないとのことなので。怖いでしょうがこれを支えにしてなるべく左足にも力を入れてみる。歩く練習、つまりリハビリです」
 毎日したら一人で歩けるようになるのかしら。
「わかったわ、やってみる」
 コットが頷くとアンナはようやくほっとした顔を見せた。
 その杖のおかげでトイレも一人で行けるし、エンカにもいつでも会いに行ける。ぬかるみは滑るから晴れの日限定ね。
「すごいわ。ありがとう、アンナ。弟さんにもそう伝えてね」
 カトよりも邪魔じゃないし、人手もいらない。これ、すごいわ。
「ありがとうございます。この度のことで王様からお金をいただいて、医者の勉強が続けられると喜んでいました」
 アンナのお給金だけではそれはむつかしいのだろうか。私があげたいけど、お金は持っていないのよね。
「医者もいいけど発明家になったら? これ、売れるわよ。ここを調節したら長さも自由にできそうじゃない?」
「ハイエツに伝えます」
 うちのお山にも足を悪くしたおじい様がいたから設計図のようなものを描いてくれないかしら。私がこんなに重宝しているんだもの。
 おかげで私は時間があれば歩く練習をした。嫁ぐまで紅山のことはよく知らなかった。お城の人たちは従者だから当然私に優しい。コットに媚びへつらう人たちが私にすり寄ってくることはなかった。そんなことしたらコットの逆鱗に触れるってわかっているようだ。怒りっぽいのにコットは私にだけ優しい。
 蒼山にいたときも暇だった。紅山には写真を束ねた画集という本がある。雨の日はそれを見て時間を過ごす。晴れの日はリハビリを続けた。
 紅山のお山はギザギザしているけど、毎日見ていれば自分のところのお山様と同じように崇拝したくなる。蒼山とは違い、お山様に今日の天気を願ったりはしないそうだ。うちはなんでも願うのよね。転んで擦り傷を作っても、目に入ったごみが取れなくても熱が出ても。
 一日の時間はどこでも同じ。空もつながっていると父様も話していた。

 コットは王様だから仕事が忙しいようだ。
 視察に出かけてしまって、帰りは3日後の予定。
「エンカ、暇ね」
 杖で歩けるようになったからエンカのところにばかり来てしまう。
 そこで婆に会った。腰が曲がっているのに馬の給餌からブラッシングまで。
 用心深いエンカが婆の手から干し草を食べている。
「きれいな馬だ。それに馬たちにもう慕われている。小さいのに」
「馬と話せるお方ですか?」
「ただの婆だ。馬の気持ちを考えているだけ。今は、風が気持ちいいって顔してる」
 婆が歩くと馬がわらわらとついてくる。慕われていることに間違いはないみたい。
 そうか。私もコットに愛されたいから自分ができることをしてみよう。
「アンナ、こちらの服を着たいわ。みんな着ているから」
 私はコットの計らいなのか、蒼山から持って来た服を着ていた。でも、それでは浮いてしまう。
「ご用意いたします」
 こちらの服はツーピース。出かけるときは更に長いベストのようなものを羽織る。女性はきれいな帯をする。
 蒼山では女でも小刀を携帯するように言われたが、こちらはない。兵士の数が多いから領土内は安心らしい。それでもコットは国境付近によく赴いている。
 あの人のためになにができるかしら。
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