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サイカ姉様の婚儀

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 調理場は城の一階の奥。
「あのう…」
 こっそりと私はドアを開けた。
「王妃様?」
 若そうな料理人見習いが私に気づく。
「いいの、手を止めないで。そのまま」
 うちは飯炊き女ばかりだったが、こっちは男性ばかり。ざわつく料理人たちの中で一人のおじさんが私に声をかける。
「食事の件でしょうか?」
 と恐縮される。コットは偉くても私は違うから。
「はい。夫のために料理をしたくて。3日くらいかかって、日を増すほどおいしくなるような」
 料理長はラティウスと名乗った。コットほどではないけれど、背か高い。こちらの男性はみんな彫りが深い。というか、鼻が高い。ついでに鼻の穴もでかい。
「煮込み料理はいかがでしょうか?」
 少し考えて料理長は答えた。
「いいわね」
 ラティウス料理長はコットの好きな味を教えてくれた。
「王は胡椒などを好みます」
 レシピをまとめている。ほぼ毎日違う食事が出てくるし、私の好みも書き添えられていた。
 有難い。
「邪魔しないから見ていていい?」
 料理の風景って好きなのだ。調理器具を扱う音はサイカ姉様のお菓子作りを思い出す。
「一緒に作りましょう」
「はい、ラティウス料理長」
 見たことのない道具ばかりだ。うちは石臼ですりつぶしていたけれど木の棒に木の凸凹した器でぐりぐり。
 肉は鉄板ではなく串にさして焼く。
「まず、肉をぶった切ります」
「はい」
 包丁がデカい。四角。
「そして野菜もぶった切ります」
「はい」
 することがあると楽しい。皮むきくらいはできるわ。
 アンナは呆れ顔だ。
「王妃が料理なんて聞いたことないですよ」
「夫のためだもの。あなたも好きな人ができればわかるわよ」
 今日も一人で夕食を取る。アンナに同席をお願いしたが、
「決まりなので」
 と一蹴される。王妃だって人間よ。大勢に食べているところを見られるのは嫌だから部屋でしんみり。
 コットがいないとせっかくの料理も味気ない。薄味を希望したのは私だ。コットはお仕事だし、しょうがないわ。どこへ行ったのかは聞かされていない。まだ結婚して数日なのに、あなたとは知り合ったばかりなのに、もう寂しい。今まで私、どうやって生きていたのかしら。頭も体もあなたがいない寂しさに浸食される。

 その肉料理は煮込むほど、味が深くなった。だからコットが帰ってくるのが余計に待ち遠しい。
「リンネット、戻ったぞ」
「おかえりなさいませ」
 抱きつくかと思ったのにコットが近づかない。
「こちらの服にしたのか? よく似合っている」
 と褒めてはくれる。
「ありがとう」
 なんとなく私を欲してぎゅっと抱き締めて離さない人だと勝手に思い込んでいた。エリー姉様のロマンス本の読みすぎね。
「汗臭いから、温泉に入って来る」
 とコットは顔を逸らした。
「はーい」
 よし、その間に食事の準備。
 コットの好きなお肉料理にパン。サラダは酸っぱいドレッシングにニンジンのスープ。私は柘榴のジュースでコットはワイン。こっちは次々に運んでくるスタイルだけど、面倒なので全部並べてもらった。
「いただきましょう」
 と席に着く。
「うん。リンネットは今日まで何をしていたんだ?」
「いろいろよ」
 コットがパンを口に運んで咀嚼を止める。
「料理した者を呼べ」
 コットが口から出したのは爪だった。コットが激怒するから従者たちが一瞬で凍り付く。
「コット、ごめんなさい。たぶん私のだわ。うちの作り方と違ってすごくこねるんだもの。ほら、ここの爪が割れてる」
 右手を私は見せた。
「そなたのなら構わない。そうか、リンネットが作ったのか。あとはどれ?」
「肉と野菜を切りました。調味料の配合もしたわ。サラダもちぎったわ」
 私が話すたび、コットはそれを口に運んだ。
「うん、全部うまい」
「あらあら、そんなに詰め込んだら味が混ざるでしょう」
 コットは王様だから王が怒ると臣下はオロオロしちゃう。
 そうだ。私はコットが怒らないように心掛けよう。仕事のことはわからないけれど、なるたけ平穏に、調和を重んじよう。
 でも、コットの機嫌を取るのってとっても簡単。私が作ったご飯を食べてうんうん頷いている。食事が終われば私の部屋のベッドに腰を下ろす。
「じゃあ私、お風呂に入ってきますね。杖で行くので大丈夫ですよ。疲れているなら先に寝てしまってもいいですからね」
 絶対に待っている気がする。
 こちらは領土が広い分、見回るところも多いのかしら。蒼山はもっとコンパクトで王宮の作りも守りができている。コットって大変ね。それなのに、手のかかる嫁をもらって、苦労するのが好きな人なのかもしれない。
「リンネット、湯あみしたのか? 待ちくたびれたぞ」
 とベッドの上で正座をしていた。
「ごめんなさい。アンナに髪を梳いてもらっていたものだから」
 こっちに来てから髪を切っていない。どれくらいで切るものなのかしら。ベルダ姉様は短いのが好きだし私も婚礼が終わったら切っていいものとばかり思っていた。
「そうか。おいで」
 ベッドに入るとコットが私の割れた爪の箇所を舐めた。
「コット、ごめんなさいね。爪のケアのオイルを置いてきてしまったの。前もサイカ姉様とお菓子を作ったときに同じことがあったわ」
 カトも乳液も見つからずじまい。
「いや、いいのだ。リンネットが料理をすると思わなかったので大きな声を出してすまぬ」
「うちは私たちも割と料理をしていたんです。ラティウス料理長に比べたらおいしくないかもしれませんが、たまに作ってもいいですか?」
「もちろんだ。リンネットの作ったものは愛の味がする」
 コットったら、怖い顔のくせに甘いこと言うのね。あなたに包まれるとすぐに眠たくなってしまうわ。
 あなたがこの数日どう過ごしたのか、私だって聞きたいのに。何人くらいの兵とどっち方面へ赴いたの? 危険なことはなかった? 私はあなたが摘んでくれた花ばかり眺めていたわ。
「リンネット、もう寝てしまうのか。そなたといると夜が短いよ」
おやすみ、コット。私はあなたに包まれると安心してすぐに寝てしまうの。自分でも不思議だわ。あなたのせいなのよ。
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