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エリー姉様の輿入れ

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 コットは武闘派だと思っていたけれど、商才もあるらしい。
 カットした羊の毛でもふもふの服を作るの。それを冬前までに作って寒い地方に売るそうだ。だから夏の間が繁忙期。おかげで紅山は儲かっている。よって民衆たちも潤っているようだ。
 作って加工して売ることができれば全部が自分たちの利益になると、以前、本の虫のフレディが言っていた。蒼山は果物がたくさん採れる。しかしながらジャムを作るための砂糖や瓶は他のところから買っていた。そのふたつを蒼山で用意できればと学生なのに弟は常々知恵を絞っているようだった。
 紅山のお皿も有名で、同じ形、大きさなの。どうやって作るのかと工房を覗きに行ったら、粘土を型にはめ込んでいた。蒼山では糸で切っていたからびっくりしたわ。
「その土地で昔からの技法がある。土も違うし」
 とコットは言うけれど、楽なほうがいい。
 アンナの弟のハイエツも城に顔を出す。私の杖を改良して脇の下が痛くならないようにもふもふを巻きつけてみた。
「これからの季節は蒸れませんか?」
「樹脂はどうだろう?」
 とコットと話し合っている。
 トルル元大尉もカトもどきを完成させた。
 国が豊かだと住民も活き活きしている。
 コットは王として有能なのだろう。だったら、きちんと軍を作って王自らが真っ先に戦いに出ることを慎んでくれないかしら。

 私宛に蒼山から荷が届き、コットが私の部屋に運んでくれた。木の大きな箱に旬の果物がずっしり。
「蒼山はこの季節はたくさん果物が取れるのよ」
 私の好きな物ばかりをきっとフレディが選んでくれたのだろう。
「うちだって」
 コットが甘すぎる匂いに顔をしかめる。
「ネクタリンが柔らかくなってるわ。コットはきっと梨が好きよ」
「食べたことあるよ。しゃりっとしたものだろう?」
 ベリーに枇杷まで。
「リンネット、これは手紙じゃないか?」
 コットが内蓋から外してくれる。
「こんなところに紛らすなんて。あら…」
 手紙を広げて驚いた。てっきり秘密の知らせかと思った。
「どうした?」
「エリー姉様の結婚が決まったらしいわ。霧山だって」
 コットが私の頭を撫でる。
「蒼山よりも更に遠くなってしまうな」
 そうだった。霧山は蒼山の北で、紅山は蒼山のずっと西。どんなに天気がよくてもお山の形も見えないだろう。サイカ姉様が嫁いだ桃山は紅山からはもちろん、蒼山からも見えない。
「天気がよければ蒼山からはたまに霧山が見えるの。だから大丈夫よ」
 フレディがエリー姉様を遠くには行かせたくなかったのだろう。
「しかし、あそこは一年の半分以上が冬だぞ。うちよりも冬が厳しい」
 コットが言った。
「そうなの?」
「今は夏だからいいが」
 梨を剥いてあげるとコットはぱくぱく食べた。皮を剥くのが追いつかないほどの速さで食べてしまう。
「ねえコット、私も食べたいわ」
「すまない。貸してごらん、剥いてあげる」
「コット、皮剥けるの?」
「もちろん」
 するするっと上手。
「うちの父様はナイフも持たなかったわ」
「はい、お食べ」
 おいしい。
「悪くなってしまわないように、みんなで食べてとお城の人たちに伝えて」
「ああ」
 ジャムにするにも限度がある。
 コットは私が手紙を書けるように紙を広げてくれる。
『エリー姉様、ご結婚おめでとうございます』
 そこで筆が止まってしまった。
「どうした?」
 コットが聞く。
「『結婚できてよかったですね』って書こうとして、なんか上から目線ぽいから手が止まっているところ」
「素直に気持ちを書いたらいいのに」
「むつかしいのよ」
 おめでとうと伝えたいだけ。一番上のエリー姉様の嫁ぎ先がようやく決まって父様は胸を撫でおろしているかだろうとかどうでもいい。
「姉妹もなかなかややこしいな」
「そうなの」
 コットは小さいときにお兄様を亡くされたトラウマの持ち主。この五年の間にご両親と妹さんを亡くされて、腐りきった政治をする前王を倒して王になった強い人。
「うちは古くから霧山とは国交があるんだ」
 コットが糖分でべとつく手をふきんで拭ってくれる。
「遠いのに、そうなの?」
「向こうが不作ならば小麦を送り、こちらが困ったときは米を送ってくれる」
「大事よね」
 民が飢えることのないように備蓄はしていても寒冷や水害などはどうにもならない。
「コット、蒼山が困ってもそうしてね」
「当然だ」
 四人の娘たちを嫁にやって、蒼山の父は安心を得ているのかもしれない。悪いことじゃない。ずっと前から行われてきたことだ。
 サイカ姉様の結婚相手のところじゃなくてよかったとほっとしているのはエリー姉様も同じだろうが、もっとひどい慣習もあるだろう。
 私は足が動かないから、父が便宜を図ってくれたのだろうか。コットが選んでくれたなんて嘘かもしれない。
「コット」
 名前を呼べば抱き締めてくれる。エリー姉様は毛深い人は嫌いと言っていた。だめよ、誰にもあげない。

『自分が霧山にいるなんて嘘のようです。
 わかっていたけれど、とても質素な暮らし向きです。住まいが木というか、藁っぽいというか。まるで、原始時代です。椅子もないし。枕も硬い。
 学校もないのよ。
 なにもかもが蒼山と違います。
 ごはんは一日二回で、しかも大皿を回すシステムだから嫁に来たばかりの私は最後に残飯のようなものを食べています。でもお腹がすくから食べちゃうの。辛いものが多いから甘党のリンネットは暮らせないわね。
 唯一の救いは夫がイケメンです。塩顔ですが、整っています。そっけないですが、それも面白くなってきました。
 私を迎えるときに花の首飾りをくれました。それが大事なものに思えます。
 面倒なのは義理の母が三人います。小姑もいます。乳母とメイドが似ていて区別がつきません』
 エリー姉様の手紙は淡々と状況が綴られていた。文脈からすると、周囲は面倒だが夫の顔だけ好きというところだろうか。結婚に浮かれていないところがエリー姉様らしい。
「救いがあるのは大事よね」
 コットも頷く。私だって足が悪いのにコットは好いてくれている。
 エリー姉様からの贈り物は見たこともない鳥の羽だった。
「こんな羽根の鳥がいるってことよね。どれだけ大きいのかしら」
 私の顔よりも羽が大きい。青いし、光ってる?
 コットの首をそれでこちょこちょしたら、
「やめろ」
 と笑いだした。
「くすぐったいの苦手?」
「当たり前だ。やめないとこうするぞ」
 押し倒されて私に大男のあなたが乗っかっているのにどうして重くないのだろう。本気で怒らないコットが好き。たまにする大笑いも好き。エリー姉様も笑っているといいのだけれど。
 エリー姉様の結婚式はもう済んでいるようだった。紅山に通達は来ない。お互いに連絡を取らないのに信頼しているなんて、不思議な関係だ。
『私もたまに目が覚めて蒼山にいないことにびっくりする自分がいます。夫のイビキがうるさいのに苦じゃないし。
 そちらは甘味が少ないとのことなので焼きメレンゲを送ります。こちらのお茶は緑なので、それも送ります』
『お菓子とお茶をありがとう、リンネット。
 知らなかったけど、どうやらこの手紙、検閲されてるみたい。姉妹でももう違うお山だから仕方がないわね。
 うちの旦那様のアレックは王ではなくお館様と呼ばれています。私は夫人です。エリー夫人。慣れなくて、恥ずかしいです。
 冬は寒いと聞いているけれど、おかげで夏は快適です。かき氷というものを食べました。甘かったです』
 手紙を広げていると、
「またどこかの姉様からか?」
 とコットがため息をついた。
「うん、エリー姉様から。結婚をしたばかりのときは不安なのよ。あの堅物のお姉様が慣れない土地で頑張るっているんだもの、応援しなくちゃ」
 コットが手紙を盗み見るから、渡した。隠していることなんて私にはないもの。
「水が豊富なのでトイレがいつも水で流れています。
 蒼山よりも標高が高いです。真夏には光る虫が飛ぶそうです。それは死者の蘇りとされていて、殺してはいけないそうです」
 エリー姉様の手紙をコットが読んでも姉様の声に聞こえる。
「コットは霧山行ったことある?」
 私は蒼山にいたとき、遠くに見える霧山が見えると明日も晴れるなと天気予報代わりにしていた。
「ああ。真面目な人たちだよ。青っぽい民族衣装で派手ではないがまとまった集団だ。あまり文明を取り入れず男でも耳に飾りをしていた。あ、あれがうまかったな、腐った排せつ物のような見た目のしょっぱいもの」
 コットの例え方に笑ってしまう。
「腐豆かしら。うちにもあったわ」
 豆を腐らせて作る調味料のようなものだ。ラティウス料理長に聞いてみたら腐豆を絞った汁ならわかるらしい。
 コットがうまいと言ったから食べさせてあげたい。しかし、材料すらわからない。
「その汁とカスごと発酵させるのかしら?」
 私もそれの作り方まではわからない。蒼山ではとにかく大きな樽で作っていた。
「作ってみましょう」
「はい」
 念のため、
『エリー姉様、腐豆の作り方知ってる?』
 と手紙を書いてみた。向こうの検閲官もこんな手紙を見ても無意味だと早く気づかないかしら。私たちは、姉妹は絶対に敵になれない。しかしコットとの間柄ももう絶対。
 ラティウス料理長となんとかそれっぽものを作ってコットと食べた。
 パン、腐豆、チーズと重ねる。
「どうかしら? おいしい?」
「ああ。我々の結婚のようだな」
 コットは自分ではうまい例えだと思ったらしく、私を膝においてご機嫌だった。口の中で咀嚼してぐちゃぐちゃになっていい味になるということだろうか。
「明日でもよかろう」
 というコットを放置して、エリー姉様にお返事を書く。姑よりも小姑が厄介らしい。
「私もあなたがもらってくれなかったらフレディのお嫁さんにとって小姑だったのよ」
 この足を貶されても嫌だし不憫に思われるのも違う。要するに私は面倒な小姑になったに違いない。
 コットと手をつないで手紙を書いていたら、コットが紙を押さえてくれるの。
『エリー姉様、お会いできる日を楽しみにしております』
 小さな頃、草笛を教えてくれたのはエリー姉様だった。物がないなら、機転を利かしてなんとかしているはず。でもエリー姉様のきれいな髪を維持するために私からではなくフレディから椿油を送らせよう。そうすれば蒼山と霧山の結束も強くなるはず。蒼山にいたときはみんなに守られているだけの私が姉様たちの心配をしているなんて不思議な話ね。
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