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フレディの嫁とり
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次の日は朝食から異変ばかり。
フレディの嫁が朝食の席に現れないことでベルダ姉様の旦那様がにたにたして気持ち悪い。薄毛の髭面が気持ち悪いのではなく、顔にいやらしさが滲み出ている。
朝食を食べようとした瞬間、
「待った」
とフレディが声をあげる。
「なあに?」
フレディが食べ物、そして飲み物の匂いを嗅ぐ。
「毒だ」
とアレック様がフレディの飲み物を指さす。
コットが自分のグラスをくんくん。
「我々の飲み物には入っていないようだ」
どうしてそんなことがわかるのだろう。
父様の従者がやってきて、耳打ちをする。従者は戻るときに、フレディのグラスを持って行ってしまった。
「なんです?」
フレディが恐る恐る尋ねる。
「イネスが自害した」
席を立とうとするフレディを父様が目で制止する。
イネスは入内が叶わないことを知っていたのだろう。義父はいても、他に迷惑をかける者がいないからできたことだ。真面目な門番である彼の命までは取られないとわかっている。
私は私の立場に感謝している。ここで生まれ、王の娘として育ち、他のお山の王の妃になれた。蒼山は食後にコーヒーを飲む。私は朝食を食べ、きっちりそれまで飲んだ。フレディも。それが後継者として彼がするべきこと。
姉としては愛しい人の亡骸に泣きついてほしいと思う。しかし、フレディにはもう伴侶もいる。
「なにもこんな日に死ななくても」
とサイカ姉様の旦那様が部屋に戻りながら口走る。そうは思っても、口にしないのが礼儀だ。
姉妹はそれぞれの部屋に戻って、今日のためにまた着飾る。そんなことがあったばかりのこんな日であっても。
「幸せになるために生きているものだと思っていました」
部屋でキュリナに髪を結ってもらったあとでコットに泣きつく。化粧がよれて、あとでサシャに怒られるだろう。
「そう思える伴侶に出会えることは稀だ」
「コット、好きよ。大好き」
「私もだよ」
二日目の婚儀も滞りなく行われた。異国のフルーツがおいしい。
「海を渡ってくるそうよ」
とサイカ姉様が教えてくれた。
こういう行事があると、私はたいてい父様の脇にいたのだけれど、もう紅山の来賓として招かれているから末席だ。お山としては力があっても私が末娘だから仕方ない。コットも気にしていないようでよかった。
ベルダ姉様の旦那様は歳が上だからそういうことが気になるみたい。サイカ姉様とアレック様が上座にいることが気に入らないご様子。
かわいい女の子が私たちの席にやって来て、コットにダンスを申し込む。
「戴冠式の際、私と踊ってくれたことお忘れですか?」
「覚えているよ」
コットが困り顔になるから、
「いってらして」
と私は答えた。
「私の妹です」
とサイカ姉様の旦那様のリュール様が言った。
そしてもう一人の妹の手を取って、踊りに行った。
「リンネットの旦那様と踊ってるのがウスでリュールと一緒にいるのがスメ」
とサイカ姉様が教えてくれる。
「二人とも美人ね」
「顔だけいい家系なのよ。顔だけね」
とサイカ姉様が強調する。
父様が若い女性を連れ立っている。よく見たら、いとこのハサだった。父様の弟の娘で、まだ二十歳にはなっていない。
「フレディが結婚となれば、もううちで結婚できるのは彼女だけだもの」
とベルダ姉様がやってきて言った。ベルダ姉様の旦那様の姿はない。
私はコットを見つめてしまうのに。
いいな。軽やかに踊れることではない。コットと踊れることが羨ましい。コットが他の女に人の手を取るだけで嫉妬してしまう。どうして姉様方は平気なのだろう。
フレディも。この席の主役を気取って笑っていられる根性を知らぬ間に身につけていた。見習わなくては。
エリー姉様も私の席に来て、義母たちへのお土産を思案中。
「大変ね。うちはそれがないからよかったわ」
とベルダ姉様が言う。
「リュールのおばあ様がまだ生きているけれど、ボケてしまって大変だからって隔離されているわ。もう自分のこともわからないみたい。訪ねるたびに何かくれるのだけれど、次のときにそれをつけて行ったら泥棒呼ばわり。だからもう誰もおばあさまに会いたがらないわ」
サイカ姉様も桃山の家族に苦労している。
私たちのところへ亭山のご両親が挨拶に来てくれた。
「こちらが窺わねばなりませんところ申し訳ありません」
瞬時に切り替わるエリー姉様をさすがだなと思う。思ったほど痩せていない体をぴしっと伸ばす。
「いいえ。蒼山の姉妹はみなお美しいと聞いておりました」
亭山は西の深い森の中のお山だ。この人たちとももう親族。結婚とはそういうもの。
ダンスから戻って来たコットも亭山の当主に挨拶をする。コットは誰とでも話せる。
「今年はもう雪は降りましたか? そうですか。いつぞやは白い絹をありがとうございます。妻のリンネットです。蒼山の娘なんです。足が悪く座ったままですいません。でもかわいいでしょう? もう親戚になりますね。はい、紅山に来ることがあれば寄ってくだサイカ」
意外にも社交的。王様だから当たり前か。でもアレック様はじっとしているし、サイゼン様とリュール様はどこぞへ行ってしまったし、コットって本当に素晴らしい夫だ。
コットが夫であることが誇らしい。紅山に嫁げて本当によかった。姉様たちには口が裂けても言えないけれど、紅山に変な風習がなくてよかった。私は辛いの嫌いだし、人が食べたものに手が付けられないし、足が悪いのに歯も取られたくない。夫以外と寝たくもない。
別に姉様たちの行いが悪かったわけでもないのになぜなの? 姉様たちは私をいじめなかった。一緒に遊べなくても連れ出してくれたりたくさんお話をしてくれた。
フレディだって心優しい弟だ。想い合う人と添い遂げられないうえに、彼女から殺されそうになり、その人が死んだ日にこうして別の女性との婚儀が続いている。
この世界は、頭のいい人が、顔のいい女が、お金のある人が幸せになれるわけじゃない。自分の幸せに向かって着実に歩む人が幸せになれるのだと思う。私もその方法を知らないからコットに出会わなければたぶん不幸せのままだった。
結婚はゴールではない。スタートだ。結婚生活は甘くなどない。知らない土地で、私は運よく大事にされているが、大半は折り合いがつかなかったりするのだろう。私だってきっとコットのお母様がいたら役立たずな嫁の代表格と揶揄されたに違いない。
イネスが亡くなったというのにつつがなく進行してゆく。主賓の挨拶、余興、豪華な食事。昨日と変わらないようで、フレディにはまるで違う今日。弟なのに私よりも先に愛する人を失ってしまった。
恋は愚かではない。私は結婚するまで他に好きな人がいなかったけれど、きっと姉様方は違うのだろう。だから不満が増大するのかもしれない。あの人と結婚していたら別の生き方があったかもしれない。そんなの、たられば。
夜、自然と私の部屋に集まってしまうのは姉様方の習性なのだろう。
「こっちのほうが匂いがいいわね。でもあの人バラ嫌いだから…」
キュリナを招いてサイカ姉様は美液を義母に持って帰りたいらしい。
「こちらが濃厚クリームです。これからの季節にいいですよ」
「ありがとう」
ベルダ姉様とエリー姉様はいいのかしら。
「そうだリンネット、夜着をありがとう。うちでは生理のときでしか着れないけど」
サイカ姉様の生活が見えてこない。
「うちもマットをありがとう。とても温かいわ」
とベルダ姉様も言った。
「姉様こそ金の塊をありがとう」
コットに聞こえぬようこっそり耳打ち。
「いいのよ。たくさんあるんだから」
私が欠伸をすると、
「じゃあ、そろそろ」
とそれぞれの部屋に戻ってしまわれた。
私は急にはっとした。結婚してから四人で会うことなどなかったからこれからもないのかもしれない。貴重な時間だったのではないだろうか。私が結婚するまでだって、大事な時間だったのだ。
「姉様たちといるほうが楽しそうだ」
とコットがぼやく。
「そんなことありませんわ。私の家族はもうあなたなんだし。末娘が笑っていないと色々うまく機能しないのよ」
「リンネットは俺が思っている以上にバカではないのかもな」
「どういう意味?」
コットが珍しくお酒を飲んでいた。私はその匂いだけで酔いそう。
「女はもっと心根の汚いものだと思っていた」
「私はあんまり学校に行けなかったけど、姉様が言うには性格の悪い者がいなければ良い者が引き立たない、と」
「極端な」
「思い通りに生きている人間なんていないわ」
生きることは苦行だという教えもあるらしい。そこまでは思わないが幸せはそれぞれだし、コットの幸せを一番に考えている。コットもきっと同じはず。
「もう寝ましょう。コット、おやすみなさい」
「リンネットはどこででも眠れるな」
あなたがいるからね。コットは枕にもなるし布団にもなる。便利な夫。
姉様と話すのは好きだけれど、あなたと眠るのはもっと好き。だから寂しくなんてない。
フレディの嫁が朝食の席に現れないことでベルダ姉様の旦那様がにたにたして気持ち悪い。薄毛の髭面が気持ち悪いのではなく、顔にいやらしさが滲み出ている。
朝食を食べようとした瞬間、
「待った」
とフレディが声をあげる。
「なあに?」
フレディが食べ物、そして飲み物の匂いを嗅ぐ。
「毒だ」
とアレック様がフレディの飲み物を指さす。
コットが自分のグラスをくんくん。
「我々の飲み物には入っていないようだ」
どうしてそんなことがわかるのだろう。
父様の従者がやってきて、耳打ちをする。従者は戻るときに、フレディのグラスを持って行ってしまった。
「なんです?」
フレディが恐る恐る尋ねる。
「イネスが自害した」
席を立とうとするフレディを父様が目で制止する。
イネスは入内が叶わないことを知っていたのだろう。義父はいても、他に迷惑をかける者がいないからできたことだ。真面目な門番である彼の命までは取られないとわかっている。
私は私の立場に感謝している。ここで生まれ、王の娘として育ち、他のお山の王の妃になれた。蒼山は食後にコーヒーを飲む。私は朝食を食べ、きっちりそれまで飲んだ。フレディも。それが後継者として彼がするべきこと。
姉としては愛しい人の亡骸に泣きついてほしいと思う。しかし、フレディにはもう伴侶もいる。
「なにもこんな日に死ななくても」
とサイカ姉様の旦那様が部屋に戻りながら口走る。そうは思っても、口にしないのが礼儀だ。
姉妹はそれぞれの部屋に戻って、今日のためにまた着飾る。そんなことがあったばかりのこんな日であっても。
「幸せになるために生きているものだと思っていました」
部屋でキュリナに髪を結ってもらったあとでコットに泣きつく。化粧がよれて、あとでサシャに怒られるだろう。
「そう思える伴侶に出会えることは稀だ」
「コット、好きよ。大好き」
「私もだよ」
二日目の婚儀も滞りなく行われた。異国のフルーツがおいしい。
「海を渡ってくるそうよ」
とサイカ姉様が教えてくれた。
こういう行事があると、私はたいてい父様の脇にいたのだけれど、もう紅山の来賓として招かれているから末席だ。お山としては力があっても私が末娘だから仕方ない。コットも気にしていないようでよかった。
ベルダ姉様の旦那様は歳が上だからそういうことが気になるみたい。サイカ姉様とアレック様が上座にいることが気に入らないご様子。
かわいい女の子が私たちの席にやって来て、コットにダンスを申し込む。
「戴冠式の際、私と踊ってくれたことお忘れですか?」
「覚えているよ」
コットが困り顔になるから、
「いってらして」
と私は答えた。
「私の妹です」
とサイカ姉様の旦那様のリュール様が言った。
そしてもう一人の妹の手を取って、踊りに行った。
「リンネットの旦那様と踊ってるのがウスでリュールと一緒にいるのがスメ」
とサイカ姉様が教えてくれる。
「二人とも美人ね」
「顔だけいい家系なのよ。顔だけね」
とサイカ姉様が強調する。
父様が若い女性を連れ立っている。よく見たら、いとこのハサだった。父様の弟の娘で、まだ二十歳にはなっていない。
「フレディが結婚となれば、もううちで結婚できるのは彼女だけだもの」
とベルダ姉様がやってきて言った。ベルダ姉様の旦那様の姿はない。
私はコットを見つめてしまうのに。
いいな。軽やかに踊れることではない。コットと踊れることが羨ましい。コットが他の女に人の手を取るだけで嫉妬してしまう。どうして姉様方は平気なのだろう。
フレディも。この席の主役を気取って笑っていられる根性を知らぬ間に身につけていた。見習わなくては。
エリー姉様も私の席に来て、義母たちへのお土産を思案中。
「大変ね。うちはそれがないからよかったわ」
とベルダ姉様が言う。
「リュールのおばあ様がまだ生きているけれど、ボケてしまって大変だからって隔離されているわ。もう自分のこともわからないみたい。訪ねるたびに何かくれるのだけれど、次のときにそれをつけて行ったら泥棒呼ばわり。だからもう誰もおばあさまに会いたがらないわ」
サイカ姉様も桃山の家族に苦労している。
私たちのところへ亭山のご両親が挨拶に来てくれた。
「こちらが窺わねばなりませんところ申し訳ありません」
瞬時に切り替わるエリー姉様をさすがだなと思う。思ったほど痩せていない体をぴしっと伸ばす。
「いいえ。蒼山の姉妹はみなお美しいと聞いておりました」
亭山は西の深い森の中のお山だ。この人たちとももう親族。結婚とはそういうもの。
ダンスから戻って来たコットも亭山の当主に挨拶をする。コットは誰とでも話せる。
「今年はもう雪は降りましたか? そうですか。いつぞやは白い絹をありがとうございます。妻のリンネットです。蒼山の娘なんです。足が悪く座ったままですいません。でもかわいいでしょう? もう親戚になりますね。はい、紅山に来ることがあれば寄ってくだサイカ」
意外にも社交的。王様だから当たり前か。でもアレック様はじっとしているし、サイゼン様とリュール様はどこぞへ行ってしまったし、コットって本当に素晴らしい夫だ。
コットが夫であることが誇らしい。紅山に嫁げて本当によかった。姉様たちには口が裂けても言えないけれど、紅山に変な風習がなくてよかった。私は辛いの嫌いだし、人が食べたものに手が付けられないし、足が悪いのに歯も取られたくない。夫以外と寝たくもない。
別に姉様たちの行いが悪かったわけでもないのになぜなの? 姉様たちは私をいじめなかった。一緒に遊べなくても連れ出してくれたりたくさんお話をしてくれた。
フレディだって心優しい弟だ。想い合う人と添い遂げられないうえに、彼女から殺されそうになり、その人が死んだ日にこうして別の女性との婚儀が続いている。
この世界は、頭のいい人が、顔のいい女が、お金のある人が幸せになれるわけじゃない。自分の幸せに向かって着実に歩む人が幸せになれるのだと思う。私もその方法を知らないからコットに出会わなければたぶん不幸せのままだった。
結婚はゴールではない。スタートだ。結婚生活は甘くなどない。知らない土地で、私は運よく大事にされているが、大半は折り合いがつかなかったりするのだろう。私だってきっとコットのお母様がいたら役立たずな嫁の代表格と揶揄されたに違いない。
イネスが亡くなったというのにつつがなく進行してゆく。主賓の挨拶、余興、豪華な食事。昨日と変わらないようで、フレディにはまるで違う今日。弟なのに私よりも先に愛する人を失ってしまった。
恋は愚かではない。私は結婚するまで他に好きな人がいなかったけれど、きっと姉様方は違うのだろう。だから不満が増大するのかもしれない。あの人と結婚していたら別の生き方があったかもしれない。そんなの、たられば。
夜、自然と私の部屋に集まってしまうのは姉様方の習性なのだろう。
「こっちのほうが匂いがいいわね。でもあの人バラ嫌いだから…」
キュリナを招いてサイカ姉様は美液を義母に持って帰りたいらしい。
「こちらが濃厚クリームです。これからの季節にいいですよ」
「ありがとう」
ベルダ姉様とエリー姉様はいいのかしら。
「そうだリンネット、夜着をありがとう。うちでは生理のときでしか着れないけど」
サイカ姉様の生活が見えてこない。
「うちもマットをありがとう。とても温かいわ」
とベルダ姉様も言った。
「姉様こそ金の塊をありがとう」
コットに聞こえぬようこっそり耳打ち。
「いいのよ。たくさんあるんだから」
私が欠伸をすると、
「じゃあ、そろそろ」
とそれぞれの部屋に戻ってしまわれた。
私は急にはっとした。結婚してから四人で会うことなどなかったからこれからもないのかもしれない。貴重な時間だったのではないだろうか。私が結婚するまでだって、大事な時間だったのだ。
「姉様たちといるほうが楽しそうだ」
とコットがぼやく。
「そんなことありませんわ。私の家族はもうあなたなんだし。末娘が笑っていないと色々うまく機能しないのよ」
「リンネットは俺が思っている以上にバカではないのかもな」
「どういう意味?」
コットが珍しくお酒を飲んでいた。私はその匂いだけで酔いそう。
「女はもっと心根の汚いものだと思っていた」
「私はあんまり学校に行けなかったけど、姉様が言うには性格の悪い者がいなければ良い者が引き立たない、と」
「極端な」
「思い通りに生きている人間なんていないわ」
生きることは苦行だという教えもあるらしい。そこまでは思わないが幸せはそれぞれだし、コットの幸せを一番に考えている。コットもきっと同じはず。
「もう寝ましょう。コット、おやすみなさい」
「リンネットはどこででも眠れるな」
あなたがいるからね。コットは枕にもなるし布団にもなる。便利な夫。
姉様と話すのは好きだけれど、あなたと眠るのはもっと好き。だから寂しくなんてない。
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