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フレディの嫁とり

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 翌朝は、誰かが帰るたびにフレディと新妻が見送ってくれた。紅山までは半日もかからないが、エリー姉様の霧山は雪の心配があるしベルダ姉様の金山は距離よりも高さがあるから時間がかかる。
 私とサイカ姉様は同じくらいの時間に帰った。嫁に出たからって、実家の家族が大事じゃないわけではない。疲れていたのか、コットは帰りの馬車でうとうと。コットの腕が私の太腿から離れない。本当にこの幸せは蒼山では感じたことがない。温かくて、少し重たい。愛って、たぶんこれ。
 人によってはお金で感じる人もいるのだろう。色欲に変換する人もいるのかもしれない。私は、これでいい。これがいい。
「寝てたか?」
 気を張っていたからコットもお疲れのよう。
「紅山に着いたら起こすわよ」
「いいや、リンネットを守らねば」
 夫婦って他人なのにね。父様が私を大切にするのはわかるの。血がつながっている子どもだから。コットはもう少し前から私を知っていたようだが、知り会ってからは一年ほど。それなのにあなたは私をすごく大切にしてくれる。それが嬉しい。私の中でもぐんぐんあなたの存在が大きくなる。家族愛に恋心が乗っかって、丸くてふわふわな気持ち。
「フレディが結婚したからこれから実家に帰りづらくなったりするかしら?」
 弟に手紙ばかり書いていたら新妻に文句を言われるかもしれない。義妹だけれど年上なのだ。
「弟だから、まあいいんじゃない? 義父様の側室や後妻がのさばったら面倒だろうけど」
「そうよね」
 だからって、手紙にイネスのことは書けない。イネスは一緒に死にたいほどフレディが好きだったのだろうか。なんとなく、彼女は誰も好きではないように思えた。そう、自分さえも。感情が乏しかったのは生い立ちのせいだろうか。私の足にさえ同情しない不思議な女の子だった。
 私はコットと長く生きたい。迷惑をかけるだろうけれど、たまになら寄りかかって。ずっとこうして手をつないでいましょう。
 私たちの結婚も誰かの犠牲を伴っているのだろうか。馬のエンカを母馬から離してしまった。ああ、せっかく蒼山に行ったのに、マーヤのお墓に行き忘れた。母様のお墓にも。きっとフレディが行ってくれているはず。それをごちゃごちゃ言う嫁なら嫌ってあげる。
「リンネット、紅山だぞ」
「うん」
 最初に見たときはごつごつしたお山だと思ったけれど、住んでみたら歪な感じはしない。
「はぁ、帰って来た。落ち着く」
 皆に挨拶をして部屋でくつろぐ。
「お茶をお持ちしましょうか?」
「アンナも疲れたでしょう? 休んで」
 アンナは私がもらったもの、コットへの貢ぎ物、返礼品などを分けてくれていた。有難い。
 普通ですと言うけれど、私だったら気が回らない。
 足がむくんでいるからベッドに横になった。
「すまん。よくわからないから水だ」
 コットも王様なのにお水を運んでくれる。
「ありがとう。飲ませて」
「ああ」
 その含み笑いを見逃さなかった。こんなことで喜ばなくていいのよ。
 コットからもらう水は生ぬるくて、キスが終わらなくて、ちょっといい服だったから脱がせ方に戸惑っているあなたを見ているのが楽しい。
「こうか? 違う、ややこしいな」
「破かないでよ」
 とプレッシャーをかける。コットの力任せが怖いから最終的には自分で脱ぐ。靴下は脱がせてくれる。大事そうに、愛しそうに。同じようで全然違う体をしている。
「コット、ありがとう」
「蒼山に行ったことか? 弟君の婚儀だから当然だ」
 それだけじゃない。説明したいのにあなたが口を塞ぐからお礼も言えない。あなたとじゃなかったら、こんなことしたいって思わない。絶対に気持ちよくもならない。

 数日後、フレディからお礼の手紙とぶどうが届いた。
『姉様、遠くからお越しいただき夫婦でのご出席ありがとうございました。幸せがぶどうのようにたくさん実ることを願っています』
 もうぶどう以上です。
『あなたも、幸せになってください』
 フレディなら幸せになれるでしょう。困りごとがあったら四人の姉さんに相談すればいい。相談事の種類は適宜、自分で選んでね。フレディの結婚式にも紅山から写真隊が出向いていたのでそれも同封。
 イネスは王妃になるのが怖かったのかもしれない。私だって器じゃない。しかし、間近で父様を見てきた。いきなりは、無理だよ。自分よりも国民優先という考えにはなりっこない。
 フレディの側にいてそれをずっと感じていたのだと思うと同情はするが、フレディを殺そうとした女を許せるわけがない。
 もやもやした私にサイカ姉様から手紙が届く。フレディの妻は正妃としてはいいのかもしれない。イネスもフレディに従って、側室になるチャンスを待てばよかったのだ。しかし、若い彼女にはフレディが結婚すること自体が耐えられなかったのだろう。それもわかる。
 諦めたり、仕方がないと流せるようになるのは年齢を重ねて、そういう経験を積み重ねるしかない。
「また手紙かい?」
 コットがペンを奪う。
「明日にするわ」
 フレディの結婚式での写真隊が評判となり、お金になりそうだとコットは話してくれた。
「うちにしかない技術だと知らなかった」
「姉様方は私たちの結婚式の写真を見たときにびっくりしたそうよ」
「そうなのか」
 結婚式のときの写真を飾っている。一人のとき、それを見て笑ってるなんてあなたは知らないでしょう。
 でもね、それ以上に本物のあなたが好きよ。話しながらあなたの腕毛を撫でて眠るの。あなたはお金を得て私を幸せにしたいと思ってる。しかし、私の幸せはお金では買えません。
 戦いに行ってもいい。でも必ず生きて帰って来ると約束して。
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