悪魔の隣りでお昼寝させて~幼い私があなたをお慕いしていることは誰にも内緒です~

吉沢 月見

文字の大きさ
1 / 49

1.籠の中の鳥

しおりを挟む
 籠の鳥は窮屈だと言う人がいる。でもさ、飼われていれば自分で餌を取らなくていいし、寒くて凍えることもない。具合が悪くなったらお医者様に診てもらうこともできるかもしれない。
 自由に羽ばたくか、はたまた籠の中で安住を手に入れるか。人間の人生もそれと近しい。親が金持ちで周りが優秀ならば自分は息を吸うだけでいいんだもの。

 ピチチチ。小鳥に餌を与えるのは日課ではない。気まぐれだ。野生のこの鳥は私の餌ばかり食べていては生きられなくなってしまうから。

「キリーナ。おや、君はまた野生の鳥に餌を与えていたのか? そんなに鳥が好きなら籠とヒナを買ってこようか? 飼うといい」

 ライゾン様の言葉に私は強く首を振る。

「私、まだ子どもだもの。生き物を飼うって責任がいるでしょう? お金だってかかるし」

 窓辺に食べ残しのパンのカスを置いて、それを鳥がついばむのを見ているくらいでいいの。今日はアカゲラまで来ていた。

「そうか」

 私の頭に手を置くこの人は、当主のライゾン様。私を養ってくれている人。親ほど年が離れているけれど、家族ではない。親なしの私をいつからか家に住まわせてくれた恩人。

 あの頃の記憶はひどすぎて、あんまり覚えていない。寒くてお腹が空いていた。ライゾン様は気の抜けた顔をしているけど、これでも立派な会社の社長なの。

 大昔の貴族様はそれだけで生きられたらしいが、昨今の不況も相まって爵位を持って様々なお仕事をする人も少なくない。大金持ちの商人に爵位が与えられるケースもあるらしい。ライゾン様も一応は貴族。

 王都のちょっと郊外にあるお屋敷で私とライゾン様は暮らしている。そろそろ春になりそうなのに寒い日が続いていた。


 ライゾン様が私の目を見て言葉を選んでいらっしゃる。視線が鋭いから、殺気を感じて鳥は飛んで行ってしまった。

「その顔はお仕事ね、ライゾン様」

 私は言った。ライゾン様は私に仕事の依頼をするとき、やや気まずそうな態度をするからからわかってしまうの。

「キリーナは鼻が利くな」

 私はまだ11歳で、食べるものにも困っていたせいかこの間までは同い年の女の子と比べても背が小さかったほうなのに、このお屋敷に住むようになって普通の生活を送っていたら急に女の人みたいな体つきになって自分でも困っているところ。

 ライゾン様のお仕事は表向き奴隷商。と言っても、貧困層の人たちに常識を教え、きちんとしたところ勤めさせて食べるものに困らない生活を保障している。と同時に裏ではしたくない結婚から逃げたい令嬢の代わりを用立てたりお金持ちのために愛人を見繕ったり、とにかくいろんな仕事をしているみたい。恋人と逃げたい本人や、まだ身分制度に拘ってあんな家に嫁がせたくないという侯爵夫人からの依頼を受け、代わりの人間を斡旋して会社は莫大な利益を受けている。

「今回、私は何を?」

 先月は結婚間近の辺境伯のロリ好きを私に見極めさせたり、その前は婚約者の気持ちを令嬢から逸らしてほしいとか、そんなことばっかり。

「男爵の息子と婚約した家から彼の女癖を調べてほしいと」

 よく依頼される仕事だ。

「潜入捜査ね」

 パーティか家のお食事会へ呼ばれるのかしら。ライゾン様とのお出かけは心躍る。昨年までは娘設定が多かったけれど、このところは同伴者としてエスコートしてくれるから嬉しいの。

「急で悪いが明日の夜に。昼過ぎにはミランが来る。令嬢に見られるくらいに仕上げてもらえよ」

 ライゾン様、そんなに頭を撫でられては困ります。彼が私を好きなのはこのくるくるの髪だけなのかもしれない。家では撫でまわすくせに外に行ったら別人のように腕を組むだけ。

 ライゾン様が懐中時計を取り出す。

「ライゾン様、お出かけ?」

 私は聞いた。彼は夜になると出かける。日中も仕事で屋敷にいないことが多い。男の人は忙しいらしい。

「ああ。これも仕事の一環さ」

 男の人はポーカーや葉巻を集まって吸って情報交換をするそうだ。あの会社が儲かっている、あそこの家はもう没落しそうと噂を聞くのも彼の仕事につながること。

「いってらっしゃい」
 と階段を下りるライゾン様に手を振って見送る。子どもじみてる? それとも女房面?

「いってきます。早く寝ろよ」

 なんていつまでも子ども扱い。拾われた身だからしょうがないわね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...