悪魔の隣りでお昼寝させて~幼い私があなたをお慕いしていることは誰にも内緒です~

吉沢 月見

文字の大きさ
2 / 49

2.ライゾン様の屋敷に暮らすキリーナ

しおりを挟む
 私はライゾン様の屋敷で、執事のスティーブとメイドのシャーロットと暮らしている。ちょっと郊外だからそこそこ広く、社交の場からは会社のほうが近いのかライゾン様は帰らないこともある。

「キリーナ様、ご夕食の時間です」

 シャーロットは幾度言っても私をキリーナ様と呼ぶ。私なんぞ、数年前まで裏路地で死にかかっていたというのに。

「今日も一人? たまには二人も一緒にどう?」

 テーブルに着きながら私は言った。

「いけません。キリーナ様は使用人ではないのですから。さぁ、こちらに」

 スティーブはライゾン様よりもおじさんで、ライゾン様がいない日は三人でテーブルを囲んだらいいと思うのだけれど、二人とも私のうしろに立って椅子を引いたり食事を運んだりしてくれる。目上だから『さん』と敬称をつけて呼ぶだけでもスティーブに叱られる。

 私がライゾン様の妹か本当の娘ならよかったのだ。私なんてどこの馬の骨なのか自分でもわからない身の上。だから二人に丁重に扱われるほど違和感が生じる。それにも慣れつつあるけれど、二人は私がライゾン様に拾われたことを知っているのにどうして下に見ないのだろう。不思議。

 カシャっとフォークを動かす音がちょっと大きいだけでスティーブの息が止まるのがわかる。ゆっくりやれば大丈夫。シャーロットさんの頑張れが背後から伝わる。

 もしかして私は本当にライゾン様の家族になってしまっているのかしら。実のところ、私は彼の養女になっているのかさえわからない。知りたくないの。

 私は彼を慕っている。それは認めよう。でも愛なのかはわからない。私が子どもだからそれは仕方のないこと。

「ごちそうさま」

 ごはんを食べてしまえばすることがない。もう少し大人になった令嬢たちはパーティ三昧なのだろうが、実際の私の年齢の女の子たちって何をしているのかしら。自室でおとなしくしてるけど、たまには外に出てみたい。

 でも外が危ないことは充分に知っている。あの日も人攫いから逃げていたところをライゾン様に助けてもらった。ごはんをもらえると聞いて教会にたくさんの子どもたちが集まっていた。しかし、身なりを整えた子たちが一人、また一人と協会からいなくなる。そのうちに私も選ばれ、久しぶりにお風呂に入れてもらえてきれいな服を着た。
 連れて来られた邸宅で私は人形として扱われた。

「人形は動くな」
 とその家の主人は私が呼吸をするのも嫌がり、
「人形の頬は腫れない」
 と暴力をふるった。そんなところにいられるはずもなく、逃げたものの行く当てがなかった。着ているものも浮浪者に奪われ、似たような境遇の子たちと集まって息を潜めて生きていたが、病気で死んでしまう子もいたし、優しい人に引き取られた子もたぶんいた。

 私だけが残った。愛想がなかったからだと思う。当時ねぐらにしていた小屋を追い出され、
「男だと思ってたら女の子なんだな。ちょうどお前のような子を探してた」
 と街の外れでごろつき捕まった。足は速くないほう。でも小さいから、大人たちは私を捕まえられなかった。私だけが抜けられる壁の場所を記憶していたから。

 裸足で走り続けて知らない道まで来たとき、
「お嬢ちゃん、大丈夫?」
 と声をかけられた。優しい声だった。
「お嬢ちゃんじゃないわ」
 突っぱねるように私は言った。と同時にお腹が鳴った。もうずっと鳴ることはなかったのに、お店があるのか嗅覚が反応した。

「はははっ。この辺の子? お母さんかお父さんのところまで連れて行ってあげるよ」
 とその人は私と同じ目線にしゃがみこんで言ってくれた。

「いないの」
 私は答えた。

「本当に?」

「死んだと思うわ」

 二人とも細くなって、骨みたいになってゆくのを見るのが辛くて私は逃げ出したのだ。

「じゃあ君は一人で生きているの?」

「そうよ。悪い?」

 盾をついたわけじゃない。そういう口調だった。かっぱらいをしたこともあるし、物乞いも日常。

「悪くはないけど。もう夜は冷えるしおじさんのところに来る? 部屋もあるしごはんもあるよ」

 今までだってそう言って悪い人にそそのかされたことがあった。

「行かない。いい人の保障がないから」

 もう騙されるのはうんざり。痛いのも寒いのも嫌なの。自分で回避しなければ搾取されるだけ。

「ってことは俺が悪い人の保証もないということだね」

 ライゾン様のにって笑った顔、あのときから弱いのよね。

 家に連れて来られて、ノミだらけの体をシャーロットが洗ってくれた。お腹いっぱいに食べることが初めてに近くて、すぐにお腹が痛くなってしまった。ふかふかのベッドで眠って、あれからあっという間に三年が経った。この家に来てから文字を習ったり、マナーを叩き込まれた。それが後々の自分のためだって、もう充分すぎるほど私は理解をしている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

処理中です...