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4.パーティ2
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ライゾン様が女性に囲まれている男に目配せをする。
「大人気のようね」
確かに長身のイケメン。ラテン系かと思ったが、
「マキュベリ様」
と女たちと話す様子を見るにイタリア系のようだ。見た目が派手なだけで実直な人もいる。見た目の通り軽薄な人もいる。
「おじ様、私はいつものように隅っこにいるわ。恥ずかしいもの」
それが私の仕事開始の合図。
「ああ、わかったよ」
ライゾン様から遠ざかり私はターゲットの近くをわざとゆっくり素通り。初々しさは得意なの。不慣れな感じで壁を見上げる。窓もシャンデリアも美しい。
「そこの君」
来た来た。
「私ですか?」
少しおどおどして彼の瞳を見ずに私は返答した。
「見かけない顔だね」
「あまり得意じゃないんです、こういうところ。今日はおじ様に誘われて来たのですが、やはり皆様お美しくて気後れします」
敢えてたどたどしく話す。
「そう。きれいなのにそんな壁側にいてはもったいない」
彼が私の手を取り、口づけをする。
「きれいだなんて、そんな」
謙遜よりも恥じらっているふうに。
「美しいお嬢さん、一曲踊ってくださいませんか?」
食いつきが早すぎて手ごたえもない。ダンスは得意ではないけれど、踊りながらであれば近くで話せるチャンス。本性を見極めてやる。私はそっと彼の手に自分の手を乗せた。
音楽に合わせて踊る。この人、自分に婚約者がいるってわかっていて私を口説いているのかしら。
「チャーミングだ」
褒め上手というより、こういうのは口から生まれてきたような男と称するべきと前に読んだシャーロットから借りた小説に書いてあったわ。マキュベリ様は家を継がれる方なのよね。立派そうではあるけれど、やはりつないだ手の指まで動かす。撫でているつもりなんでしょうけど、うーん、気持ち悪い。目も私から離さない。
「あなた、おモテになるようですわね」
私は聞いた。
「顔のせいさ。あと最近父の仕事がうまくいってね」
「そうですか」
「君は何も知らないんだな」
にやっと笑った顔がいやらしい。
「あなたに婚約者がいることは知ってるわ」
私は言った。
「そう。でも僕の婚約者は聞き分けがよくて愛妾を持ってもいいと言っていた」
「私になってほしいの?」
優雅なワルツの曲が終わった。
「ああ、是非」
真っ黒確定だわ。愛妾の話もきっと嘘。だからって、この自信家との結婚が避けられない令嬢もいるのだろう。前は彼のような男にこちらが仕立て上げた令嬢もどきを嫁がせたこともあったけど、ライゾン様は近頃そこまでのリスクは負いたくないってよく言う。家ぐるみで協力してくれればいいけれど、一人に嘘をつけばいいわけじゃないから。綻びがいつしか己の足元を掬うことをライゾン様は恐れている。こういうところでうっかり顔見知りになる人の人数なんて、令嬢本人も覚えていない。偽物を嫁がせてもその尻拭いに時間をかけたくないようだ。痛い目に遭ったこともあるのだろう。
「もう一曲踊ろう」
の誘いを断って、そこからは彼の観察。当然、ライゾン様もお酒を飲んで他の方と談笑しながら横目でマキュベリ様を見ていた。
女好きであり、女性からも好かれる。髪がふわふわだからかしら。シャツを着ているのに首元から胸毛が見て取れた。
私と踊ったすぐあとに別の女性へ声をかける。でも横に整列し、大勢で一斉に踊るダンスだった。その人とも親密そうに話す。あの不思議な瞳に見られたら落ちる女は少なくないだろう。緑がかったグレーで吸い込まれそうだった。近くにライゾン様が紛れているから踊る二人の会話を聞き逃さずにいるだろう。
冷静に考えると愛妾っていいわよね。生活が保障された籠の鳥。あと何年かしてこの仕事を続けられなくなったら私はライゾン様の愛妾にしてもらいたい。そんなの無理かしら。自分の出自も知らないんだもの。ライゾン様のことだからもしかしたらもう私にちょうどいい嫁ぎ先を探したりしているのかもしれない。都合がいいと言うほうが正しい。誰かのふりをして愛されるのなんてまっぴら。でもまた昔の生活に戻るよりは自分を偽って生きるほうを私は選択するだろう。
ライゾン様が、
「君を知っている人間が全部死んだら君の勝ちだ」
と言って奴隷を送り出すのを聞いたことがあるけど、それにはどんな意味があるのだろう。
姿かたちは偽っても私は子どもだから、こういう場では正直アルコールの匂いだけで酔ってしまう。長居は禁物だわ。
マキュベリ様以外にも声はかけられたが、そんなのちっとも嬉しくない。春だからいいけれど、夏に近づくと暑くて汗で化粧崩れが心配。すっぴんの私はとてつもなく幼い。
「メアリー、疲れたかい? もう帰るとしよう」
ライゾン様に手を引かれ、会場をあとにする。外は暗く、明け方に帰ったほうが馬車ならば安心だろうが、もう限界。
おこちゃまは眠いの。どうして大人は一晩中遊び惚けていられるのかしら。お酒のせいなのかも私にはわからない。
「顔が赤いな」
ライゾン様が馬車の中で私の頬に触れた。
「人が多かったから」
この手にいつまでも撫でてもらいたいなんて私は欲深い。
「困った」
ライゾン様がため息をつく。マキュベリ様の女好きなんてライゾン様なら一人でも見抜けただろう。
「依頼主へは正直に話すべきよ」
今後の仕事に関わる。
「そうだな」
「好きな人がいたらあんな人と結婚するのかわいそうって思うけど、そうじゃないなら結婚してあの顔を毎日見るのも悪くないわ」
私は言った。彫りが深くて、自分を愛していると勘違いする眼差しだったから。
「確かにいい顔だったな」
とライゾン様も納得。
「それにお金もあるようだし」
男性なのに宝石の入ったすごい指輪をしていた。
「キリーナの結婚相手の顔を楽しみにしているよ」
ライゾン様が言った。
「ずっと先の話だわ」
私は無邪気なふりをしてあなたの手を握る。あんな人に触れられたから、たくさん消毒して。いつか、この手に触れてはいけない日が来るのだろう。子どもだから許される。今だけ、もう少しだけ。
「大人気のようね」
確かに長身のイケメン。ラテン系かと思ったが、
「マキュベリ様」
と女たちと話す様子を見るにイタリア系のようだ。見た目が派手なだけで実直な人もいる。見た目の通り軽薄な人もいる。
「おじ様、私はいつものように隅っこにいるわ。恥ずかしいもの」
それが私の仕事開始の合図。
「ああ、わかったよ」
ライゾン様から遠ざかり私はターゲットの近くをわざとゆっくり素通り。初々しさは得意なの。不慣れな感じで壁を見上げる。窓もシャンデリアも美しい。
「そこの君」
来た来た。
「私ですか?」
少しおどおどして彼の瞳を見ずに私は返答した。
「見かけない顔だね」
「あまり得意じゃないんです、こういうところ。今日はおじ様に誘われて来たのですが、やはり皆様お美しくて気後れします」
敢えてたどたどしく話す。
「そう。きれいなのにそんな壁側にいてはもったいない」
彼が私の手を取り、口づけをする。
「きれいだなんて、そんな」
謙遜よりも恥じらっているふうに。
「美しいお嬢さん、一曲踊ってくださいませんか?」
食いつきが早すぎて手ごたえもない。ダンスは得意ではないけれど、踊りながらであれば近くで話せるチャンス。本性を見極めてやる。私はそっと彼の手に自分の手を乗せた。
音楽に合わせて踊る。この人、自分に婚約者がいるってわかっていて私を口説いているのかしら。
「チャーミングだ」
褒め上手というより、こういうのは口から生まれてきたような男と称するべきと前に読んだシャーロットから借りた小説に書いてあったわ。マキュベリ様は家を継がれる方なのよね。立派そうではあるけれど、やはりつないだ手の指まで動かす。撫でているつもりなんでしょうけど、うーん、気持ち悪い。目も私から離さない。
「あなた、おモテになるようですわね」
私は聞いた。
「顔のせいさ。あと最近父の仕事がうまくいってね」
「そうですか」
「君は何も知らないんだな」
にやっと笑った顔がいやらしい。
「あなたに婚約者がいることは知ってるわ」
私は言った。
「そう。でも僕の婚約者は聞き分けがよくて愛妾を持ってもいいと言っていた」
「私になってほしいの?」
優雅なワルツの曲が終わった。
「ああ、是非」
真っ黒確定だわ。愛妾の話もきっと嘘。だからって、この自信家との結婚が避けられない令嬢もいるのだろう。前は彼のような男にこちらが仕立て上げた令嬢もどきを嫁がせたこともあったけど、ライゾン様は近頃そこまでのリスクは負いたくないってよく言う。家ぐるみで協力してくれればいいけれど、一人に嘘をつけばいいわけじゃないから。綻びがいつしか己の足元を掬うことをライゾン様は恐れている。こういうところでうっかり顔見知りになる人の人数なんて、令嬢本人も覚えていない。偽物を嫁がせてもその尻拭いに時間をかけたくないようだ。痛い目に遭ったこともあるのだろう。
「もう一曲踊ろう」
の誘いを断って、そこからは彼の観察。当然、ライゾン様もお酒を飲んで他の方と談笑しながら横目でマキュベリ様を見ていた。
女好きであり、女性からも好かれる。髪がふわふわだからかしら。シャツを着ているのに首元から胸毛が見て取れた。
私と踊ったすぐあとに別の女性へ声をかける。でも横に整列し、大勢で一斉に踊るダンスだった。その人とも親密そうに話す。あの不思議な瞳に見られたら落ちる女は少なくないだろう。緑がかったグレーで吸い込まれそうだった。近くにライゾン様が紛れているから踊る二人の会話を聞き逃さずにいるだろう。
冷静に考えると愛妾っていいわよね。生活が保障された籠の鳥。あと何年かしてこの仕事を続けられなくなったら私はライゾン様の愛妾にしてもらいたい。そんなの無理かしら。自分の出自も知らないんだもの。ライゾン様のことだからもしかしたらもう私にちょうどいい嫁ぎ先を探したりしているのかもしれない。都合がいいと言うほうが正しい。誰かのふりをして愛されるのなんてまっぴら。でもまた昔の生活に戻るよりは自分を偽って生きるほうを私は選択するだろう。
ライゾン様が、
「君を知っている人間が全部死んだら君の勝ちだ」
と言って奴隷を送り出すのを聞いたことがあるけど、それにはどんな意味があるのだろう。
姿かたちは偽っても私は子どもだから、こういう場では正直アルコールの匂いだけで酔ってしまう。長居は禁物だわ。
マキュベリ様以外にも声はかけられたが、そんなのちっとも嬉しくない。春だからいいけれど、夏に近づくと暑くて汗で化粧崩れが心配。すっぴんの私はとてつもなく幼い。
「メアリー、疲れたかい? もう帰るとしよう」
ライゾン様に手を引かれ、会場をあとにする。外は暗く、明け方に帰ったほうが馬車ならば安心だろうが、もう限界。
おこちゃまは眠いの。どうして大人は一晩中遊び惚けていられるのかしら。お酒のせいなのかも私にはわからない。
「顔が赤いな」
ライゾン様が馬車の中で私の頬に触れた。
「人が多かったから」
この手にいつまでも撫でてもらいたいなんて私は欲深い。
「困った」
ライゾン様がため息をつく。マキュベリ様の女好きなんてライゾン様なら一人でも見抜けただろう。
「依頼主へは正直に話すべきよ」
今後の仕事に関わる。
「そうだな」
「好きな人がいたらあんな人と結婚するのかわいそうって思うけど、そうじゃないなら結婚してあの顔を毎日見るのも悪くないわ」
私は言った。彫りが深くて、自分を愛していると勘違いする眼差しだったから。
「確かにいい顔だったな」
とライゾン様も納得。
「それにお金もあるようだし」
男性なのに宝石の入ったすごい指輪をしていた。
「キリーナの結婚相手の顔を楽しみにしているよ」
ライゾン様が言った。
「ずっと先の話だわ」
私は無邪気なふりをしてあなたの手を握る。あんな人に触れられたから、たくさん消毒して。いつか、この手に触れてはいけない日が来るのだろう。子どもだから許される。今だけ、もう少しだけ。
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