悪魔の隣りでお昼寝させて~幼い私があなたをお慕いしていることは誰にも内緒です~

吉沢 月見

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5.ベリー摘み

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 私の気持ちはライゾン様に知られてはならない。歳が20近く離れているからではなく、恋かどうかも私にすらわからないものだから。きっと今、心の内を伝えたとしても、エサを与えられたペットが飼い主に懐くようなものと捉えるに違いない。

 私が大人になれば、正確には17歳の歳の差なんてたいしたことではないはず。結婚を嫌がって逃亡した令嬢は30以上年上の子爵の後妻になるのが耐えられなかったからだし、10歳しか離れていないのに豪商に嫁いだ人も嫌々だったわ。

 歳の差って重要なのかしら。大事なのは相手を好きで、相手も自分を大切にしてくれることだけだと思うけど。
 今日は馬車で山の近くまでライゾン様とエルダーベリー摘み。厄介な仕事をひとつこなすとこうしてお出かけをして、まるでそれが私への謝罪かお給金のように思う。実際にはライゾン様の家に置いてもらってるのだからお金なんてもらえない。

 私と出かけたって、あなたはつまらないのでしょう。他の女の人と出かけていることは知っている。仕事の一環なのか、趣味なのか遊びなのか、子どもの私にはわからない。

「ライゾン様、手が止まってるわ」

 私は言った。

「二日酔いなんだ」

 知ってる。馬車の中にもお酒の匂いが残っていた。

「昨日、遅かったですものね」

「仕事だ」

 本当かしら。私以外の女の人と一緒のほうが楽しいの? なにをするの? 愛を囁いたりするのかしら。

「ライゾン様ってどういう女の人が好きなの?」

 今まで、聞いたことがなかった。

「普通の人がいい。欲深くなくて、会話ができる人」

「見た目はどうでもいいのね」

「そうだな。こつこつベリーを摘むことに飽きない人がいいかな。キリーナ、そんなに取ってどうするの?」

 もう壺いっぱいになってしまう。

「ジャムでしょ、ケーキにジュース。それから…」

 指折り数える私をライゾン様は横目で見て笑った。私はひとつの作業を集中してするのが嫌いじゃない。


「完熟しているものじゃないと毒があるからな」
 ライゾン様ったらベリー摘みの手を止めて、仰向けになって空を眺めている。

 疲れているのかしら。この間の仕事なんて誰に成り代わるでもなく、人を仕立てるでもなくマキュベリ様の人となりを観察するだけでたくさんお金ももらえた。令嬢はなんとか結婚を逃れたようだった。きっとライゾン様がいい縁談をあてがったのだろう。奴隷商より結婚相談所のほうが儲かるのではないだろうか。

「ライゾン様、サボらないで」

 ぼんやりしているのに、ずっと私を見ている。恥ずかしいわ。

「お前を見ていないと心配なんだよ。人攫いにあったらどうする?」

 いつまで子ども扱いするのかしら。

「こんな山にまで悪い人は来ないわ」

 虫や鳥しかいないような田舎だ。

「山賊がいるかもしれん」

「もう、そんなに子どもじゃないもの」

 私だって思ってる。ずっと子どものままだったらあなたと一緒にいられる。でも、違うのでしょう? 呼吸のたび、成長しているのかしら。胸はちっとも膨らまない。

 靴のサイズが大きくなった。服も。メイドのシャーロットさんは喜んでくれるけど、私は彼女の顔色を窺って同調するしかない。

 シャーロットさんは40歳くらいで、ライゾン様よりも年上。マナーに厳しくて、あんなに広いお屋敷をほぼ一人で掃除して美観を保っているのは尊敬に値する。

 料理を作る通いのおばさんは気分屋で雨が降った日は来ない。だからシャーロットさんは家事全般をこなしている。

「キリーナ、あんまりたくさん取って帰るとシャーロットがいい顔しないぞ」

 ライゾン様が言う。

「そんなことないわ。去年は喜んでくれたもの」

 去年は幾度か取りに行った。ジャムにすれば日持ちもする。

「そろそろ昼飯にしよう」

 ライゾン様がバスケットを広げる。

「はーい」

 サンドイッチとフルーツ。シャーロットさんが作ってくれたものだわ。彼女もベリー摘みに誘ったのに断られた。母親というよりは頼りになる姉の感覚に近い。

「ん、このサラミちょっと辛いぞ」

 ライゾン様がサンドイッチを頬張りながら言った。

「そんなに子ども扱いしないで」
 と返答したものの、本当に胡椒が強くてむせてしまった。

 ライゾン様の横顔、好き。というか、いつからか正面の顔を見るのが恥ずかしくて横顔ばかり眺めている。

「この辺りに家を建てるのもいいな」

 ライゾン様が飛んでゆく鳥を見て目を細める。

「別荘があるじゃない」

 管理人さんまでいる。お金持ちは社交界シーズンには街に住み、それが終わると田舎へ引っ込む人が多いらしい。優雅ね。ライゾン様も別荘を幾つか持っている。ライゾン様が好きな別荘は湖が近くていつも霧がかっていて幻想的。

「あそこは遠い」

 会社があるから離れられないのだろう。仕事に季節は関係ない。

「社長さんは大変ね」

「キリーナは大きくなったらなにになる?」

 考えたこともない。

「ライゾン様が決めて」

 サンドイッチの最後のひと口を私は口に放り入れた。

「なんにでもなれるさ」

 それなら、あなたと共に。そう言いたいところだけれど、自分の人生がどうなるのかもわからないのにライゾン様にくっついているわけにもいかない。
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