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19.偽りのマリア1
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いい日ばかりでもない。
ライゾン様が出かけて行ったばかりだというのに、その日はお昼すぎ帰ってきたからきっとトラブルがあったに違いない。会社では話せないことを家に持ち帰り、裏家業を手伝ってくれる人間を集める。こういうことがあるから使用人は口が堅い人ではないとだめなのだ。
子どもの私の意見など必要ないだろうに呼ばれた。私にも出動の必要があるということ。
状況を秘書のフランクさんが伝える。
「半年ほど前にリントン家に送り込んだマリアから手紙が届いた。『夫の弟に言い寄られて困っている。昔の約束を忘れたのか?と脅迫されている。助けてください』という内容だ」
「手紙が来たのが一ヶ月前。いつも通りに庭師を潜り込ませたが本人が家にいないそうだ。未だにマリアとはコンタクトが取れていない」
とライゾン様が伝える。
「ちょっとケガをして記憶がないとでも言えばいいものを。どうして嘘のひとつもつけないのかしら」
ミランはそう言うけれど、嘘をついたらまたその嘘を記憶し嘘をつき続けなければならない。
マリアのことは覚えている。うちで預かってシャーロットさんにマナーを叩き込まれていたから。私よりちょっと年上で、スプーンの使い方さえ知らない女の子だった。背筋を伸ばしてスープが飲めるまでに一ヶ月もかかった。
「ここでは誰もあなたのスープは奪わない」
と私が忠告したほどだ。人を疑わなければ生きられない人生だったのだろうと推測する。
優雅にダンスを踊れるまでに二ヶ月。文字を習得し、ありとあらゆることを覚えさせ、半年以上うちにいたと記憶している。辛い過去を持つ彼女ならば成り代わりの結婚でも幸せに暮らしていると思っていた。
「心配ですね」
スティーブさんも夫人として家での振る舞いを教えたからフランクの手紙を横目で見つつ落ち着かない。私が仕事に出かけているときも神に祈りを捧げていると聞いたことがある。優しい人なのだ。
マリアが自分の意志で逃げているのならいいけれど、本当のことがバレたならきっと夫か、その言い寄られている夫の弟にひどいことをされているのかもしれない。家を追い出されただけならライゾン様を頼るだろうし。恐らくはどこかで監禁されているに違いない。
ライゾン様の目が私に向けられる。
「キリーナ、お前はバンズ子爵の家に行ってその昔の約束について聞いてこい。そのあとでリントン家に侍女として潜り込ませる」
バンズ子爵は本物のマリアの生家。
「わかりました」
もしかしたら一刻を争う事態なのかもしれない。正体がバレそうになった偽のマリアは自分を助けるために頭を働かせただろうか。そういう悪知恵をライゾン様はつけさせない。普通の人にも身を守るために護身術は必要だわ。
マリアが結婚を嫌がったから偽のマリアをライゾン様が用意した。彼女の家からたくさんの報酬を得たに違いない。
私はバンズ子爵の家に出向き、本当の彼女を知っている家族に事情を聞かねば。そう思っていたら屋敷に本人がいたのでびっくり。確か、貧しい男と逃げたはず。
「その男にすぐに捨てられました。お金のない私には興味なかったみたい。愛なんて幻想ね」
出戻ってきた娘を匿っているともライゾン様の耳に届いていないので、この家の人たちは使用人含め口が堅いようだ。
「あなたの許嫁だった弟にあなたの身代わりのマリアは言い寄られているようで。彼について覚えていることありますか?」
私は聞いた。
「彼の弟? 子どもに会ったきりですね。湖の近くの別荘でよく一緒に遊びました。おとなしい子で、悪い印象はありません」
嘘をついているふうではない。この家に閉じこもっているものの美しい令嬢のままだ。偽のマリアに似ていると私は思ってしまった。どうしても先に知り合った人のほうが印象に残る。
「でもあなたに成り代わった子のピンチなんです」
口を開いたのは彼女の弟だった。
「覚えています。僕と同じ年だったと思います。姉のことを彼はよく見ていた」
「そうなの? 私は許嫁に嫌われてはいけないとばかり幼いのに考えてしまって。ああ、でも彼から一度小さな花束をもらったわ」
思い出したかのように本物のマリアが言った。
「花?」
花言葉だろうか。種類によって違うし色や本数にもよるらしい。それが仮に愛を伝えたものだとしても本人にここまで伝わっていなければ無意味。
「私が今更のこのこゆく出てわけにはいかないし」
偽っての結婚が露呈すれば大問題。貴族の婚姻は王の許しが必要となる。それを偽装したとなれば家の取り潰しもある。それよりもライゾン様が関わったことがバレるのは食い止めなければ。
それだけの情報でリントン家に入り込むのは不安でしかない。真実がわからない。偽物のマリアが死んでいれば実家に連絡が入るだろう。それがないということは生きているに違いない。
ライゾン様が出かけて行ったばかりだというのに、その日はお昼すぎ帰ってきたからきっとトラブルがあったに違いない。会社では話せないことを家に持ち帰り、裏家業を手伝ってくれる人間を集める。こういうことがあるから使用人は口が堅い人ではないとだめなのだ。
子どもの私の意見など必要ないだろうに呼ばれた。私にも出動の必要があるということ。
状況を秘書のフランクさんが伝える。
「半年ほど前にリントン家に送り込んだマリアから手紙が届いた。『夫の弟に言い寄られて困っている。昔の約束を忘れたのか?と脅迫されている。助けてください』という内容だ」
「手紙が来たのが一ヶ月前。いつも通りに庭師を潜り込ませたが本人が家にいないそうだ。未だにマリアとはコンタクトが取れていない」
とライゾン様が伝える。
「ちょっとケガをして記憶がないとでも言えばいいものを。どうして嘘のひとつもつけないのかしら」
ミランはそう言うけれど、嘘をついたらまたその嘘を記憶し嘘をつき続けなければならない。
マリアのことは覚えている。うちで預かってシャーロットさんにマナーを叩き込まれていたから。私よりちょっと年上で、スプーンの使い方さえ知らない女の子だった。背筋を伸ばしてスープが飲めるまでに一ヶ月もかかった。
「ここでは誰もあなたのスープは奪わない」
と私が忠告したほどだ。人を疑わなければ生きられない人生だったのだろうと推測する。
優雅にダンスを踊れるまでに二ヶ月。文字を習得し、ありとあらゆることを覚えさせ、半年以上うちにいたと記憶している。辛い過去を持つ彼女ならば成り代わりの結婚でも幸せに暮らしていると思っていた。
「心配ですね」
スティーブさんも夫人として家での振る舞いを教えたからフランクの手紙を横目で見つつ落ち着かない。私が仕事に出かけているときも神に祈りを捧げていると聞いたことがある。優しい人なのだ。
マリアが自分の意志で逃げているのならいいけれど、本当のことがバレたならきっと夫か、その言い寄られている夫の弟にひどいことをされているのかもしれない。家を追い出されただけならライゾン様を頼るだろうし。恐らくはどこかで監禁されているに違いない。
ライゾン様の目が私に向けられる。
「キリーナ、お前はバンズ子爵の家に行ってその昔の約束について聞いてこい。そのあとでリントン家に侍女として潜り込ませる」
バンズ子爵は本物のマリアの生家。
「わかりました」
もしかしたら一刻を争う事態なのかもしれない。正体がバレそうになった偽のマリアは自分を助けるために頭を働かせただろうか。そういう悪知恵をライゾン様はつけさせない。普通の人にも身を守るために護身術は必要だわ。
マリアが結婚を嫌がったから偽のマリアをライゾン様が用意した。彼女の家からたくさんの報酬を得たに違いない。
私はバンズ子爵の家に出向き、本当の彼女を知っている家族に事情を聞かねば。そう思っていたら屋敷に本人がいたのでびっくり。確か、貧しい男と逃げたはず。
「その男にすぐに捨てられました。お金のない私には興味なかったみたい。愛なんて幻想ね」
出戻ってきた娘を匿っているともライゾン様の耳に届いていないので、この家の人たちは使用人含め口が堅いようだ。
「あなたの許嫁だった弟にあなたの身代わりのマリアは言い寄られているようで。彼について覚えていることありますか?」
私は聞いた。
「彼の弟? 子どもに会ったきりですね。湖の近くの別荘でよく一緒に遊びました。おとなしい子で、悪い印象はありません」
嘘をついているふうではない。この家に閉じこもっているものの美しい令嬢のままだ。偽のマリアに似ていると私は思ってしまった。どうしても先に知り合った人のほうが印象に残る。
「でもあなたに成り代わった子のピンチなんです」
口を開いたのは彼女の弟だった。
「覚えています。僕と同じ年だったと思います。姉のことを彼はよく見ていた」
「そうなの? 私は許嫁に嫌われてはいけないとばかり幼いのに考えてしまって。ああ、でも彼から一度小さな花束をもらったわ」
思い出したかのように本物のマリアが言った。
「花?」
花言葉だろうか。種類によって違うし色や本数にもよるらしい。それが仮に愛を伝えたものだとしても本人にここまで伝わっていなければ無意味。
「私が今更のこのこゆく出てわけにはいかないし」
偽っての結婚が露呈すれば大問題。貴族の婚姻は王の許しが必要となる。それを偽装したとなれば家の取り潰しもある。それよりもライゾン様が関わったことがバレるのは食い止めなければ。
それだけの情報でリントン家に入り込むのは不安でしかない。真実がわからない。偽物のマリアが死んでいれば実家に連絡が入るだろう。それがないということは生きているに違いない。
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