魔法のような手足を貴方に

嘉ノ海祈

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2.日常の終わりは突然に

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「…ア…ノア!」

「うわっ!」

 急に方に置かれた手に私は驚き後ろを振り向く。そこには最近よくお世話になっている家族の息子がいた。

「…たく、俺が家に入っても気づかないなんて不用心すぎないか?何度も声をかけてんのに全然反応ないし。何をそんなに考え込んでたんだ?」

「…あははは。ごめんね、ザック。ちょっと昔のことを思い出していたんだ」

「ふーん、まぁ別に無理に聞くつもりはないけど。…はい、これ。ばあちゃんから」

 そう言って差し出された蔓で編まれた籠を私はザックから受け取る。中を確認すると、そこには採れたてであろう卵がいくつか入っていた。

「ありがとう。ちょうど卵切らしてたから助かるわ。…ちょっと待ってね。今、おばあちゃんに渡すもの取ってくるから」

 私は棚から弾性包帯を幾つか取り出すと、紙袋に入れザックに渡した。

「はい。そろそろ予備がなくなる頃だろうから。いつでも追加分は渡すし、お世話になってる分料金もいらないから、勿体ぶらずちゃんと巻くように言ってね。じゃないと、義足がすぐに合わなくなっちゃうから」

「おう。ちゃんと伝えとく。…でも、ほんとお前の義足ってすごいよな。ばあちゃん、ずっと義足は痛いから嫌だって突っぱねてたのに、今じゃ喜んでつけてるよ。ちゃんと立って街を歩いてるばあちゃんの姿、久しぶりに見たわ」

  義足はきちんと断端の形に合わせて作らないと足を痛めてしまう。この世界の義足は木で作った棒を布で巻きつけるだけのものだ。それでは不安定で歩きづらいし、布が擦れて皮膚が傷ついてしまう。

「気に入ってもらえたようでよかったよ。車椅子でも生活はできるけど、やっぱり出来ることが制限されるし。歩くことでしか味わえない喜びも沢山あるからね。かつてのようにとは行かなくても、義足にすることでおばあちゃんが楽しく生活してくれるのが1番だよね」

「そうだな。俺、足を失ってからばあちゃんがいつも悲しそうに外を眺めてるのが辛かったんだ。お前の義足のおかげで、今のばあちゃんは生き生きしてて、一緒にいる俺も嬉しくなる」

「そっか」

 ザックの嬉しそうな表情に、聞いている私までもが嬉しくなる。地球と同じ技術がないこの世界で、同じクオリティの義足を作り出すのは中々に難しかった。でも、お世話になった恩返しをしたくて必死に頑張って作り出した。

「ザックの家族には本当に感謝してるから。少しでも恩返しができているのなら嬉しいよ」
「んなの、気にしなくていいんだぜ。困ったときはお互い様だし、この家だってばあちゃんが住めなくなって処理に困ってたわけだし。寧ろ、お前が使ってくれているおかげで家を取り壊さなくて済むからな。ありがたいくらいだ」
「それでも。この国には頼れる人が誰もいない状況だったから。みなさんの温かさに凄く救われたんだよ」

 本当に人生とは何が起きるのかわからないものだ。まさか、自分が異世界に飛ばされるなんて思いもしなかった。突然、歩いているところに車が突っ込んできて殺されたと思ったら、神様と名乗る人が現れてその若さで黄泉の世界に行くのは早すぎてもったいないからとこの世界に私を送り込んだのだ。何も知らない世界に突然放り出されてどうしようかと戸惑っていたところに、ザックが現れて私を保護してくれた。遠くからやってきて住む場所を探しているとだけ伝えたところ、ザックの両親が今は使っていない空き家を貸してくれたのだ。しかも、右も左もわからない私をザックの家族は親身になって支えてくれた。おかげで、この世界での生活も何とかやっていけるようになってきた。

「つかさ、ずっと気になってたんだけど…それ、なに?」

 ザックの視線をたどるとそこには洗濯物がもぞもぞと動く木桶があった。

「…ああ、洗濯機もどきのこと?」

「せんたくきもどき…?」

「錬金術で色々と試してたら、スライムみたいな生命体を生み出しちゃって。…汚れを食べてくれるから洗濯をお願いしてるの」

 私の言葉に反応してスライムもどきはザックに向かってぷるぷると震えた。多分、挨拶をしているのだろう。

「…まぁ、お前に害がないならいいわ。自動で洗濯してくれるなんて母ちゃんが喜びそうだな」

「そうだね。まだ改良が必要だけど、いずれミレアさんにも渡せればなとは思ってる」

 この世界には特殊能力が存在する。私に与えられた能力は錬金術のようで、色々なものを創造することができる。おかげで、前世の知識を利用して色々なものを再現することができるのだ。勿論、色々と条件があるので簡単にはいかないのだが。

「…じゃあ、用も済んだし帰るわ。またな」

「わかった。気をつけて帰ってね」

「ああ」

 家を出ていくザックを見送り、私は夕食の準備を始めようと竈の準備を始めた。そして、薪が少なくなってきていることに気づく。

「…あ、薪が足りない。小屋に取りに行くか…」

「グルルルル…」

 ふと、一匹の狼が扉から入ってきた。狼は金色の瞳をこちらに向けると静かにこちらに向かって歩いてくる。しなやかに伸びた白い毛が高貴な雰囲気を醸し出していた。

「…あれ?ウル?もう散歩から帰って来たんだ。早いねって、どうしたの?」

 この狼は私の相棒のウル。この家に住み始めて2か月くらい経ったときに森で傷ついて倒れていたところを保護したのだ。そしたら懐かれてしまい、今はこうやって一緒に暮らしている。

「ガゥ…」

 ウルは私の服をバクっと咥えるとそのまま外に向かって歩き出した。私は慌てて咥えられた服を抑える。  

「うわっ、そんなに強く引っ張らないでって…もしかしてついて来いって言ってる?」

「ワふん」

 私の言葉に頷くウルを見て、その解釈が正しいのだと判断する。

「…わかった。ついてくから服は離して。あまり予備がないから切れると困る」

「クぅ」

 ウルは分かったというように咥えていた服を離してくれた。私はウルの後について森へと向かうのだった。
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