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第二章 悪魔と精霊

第十五話 情けよりも、謀りごと。

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アラン】

 「優、今日はちょっくら、鬼退治に行ってくるぞ。てことで、今日は頼んだぞ。」

 騎士の一人に訓練を任せた。今日はテュアリーから頼まれた優へ刺客を送ろうとしていた、貴族をとっちめることになっている。

 「どこか、戦いに行くのか?」

 担ぐようにした大剣のダーインスレイブは、早くも血を欲しているらしく、魔力をじわじわと滲ませていた。それに気づいた優が、ちょこっと首を傾げて尋ねて来た。

 「心配しなくても、俺様は強いから平気だぞ。」

 身長差で、自然と上目遣いをしている優が可愛くて、思わず頭を撫で回した。彼は嫌がるようにその手から逃れると、むすっと頬を膨らませた。

 「心配するなら、敵の方だよ。アランはどうせ殺したくても、殺せないだろうから。」

 なかなか可愛い顔で、辛辣なことを言ってくれる。しかし、それさえもギャップ萌えであり、ドMモードなアランは、胸をキュンキュン、口は不気味にニタニタさせてしまう。

 「来るな……!」

 その様子から身の危険を感じた優が逃げようとするが、無理やり手を捕まえると、その甲にキスを落とした。

 「マジ、やめて……。」

 顔を紅く染めて否定されても、全く嫌がってるように見えないどころか、照れ隠しのようにすら感じられる。たじたじになっている優は、思わず抱きしめたくなるくらい可愛い。

 ちゅくっ

 思わず握っていた優の手を引いて、側に抱き寄せた。手では満足できずに、唇を重ね合せる。

 「その、将軍。仲が宜しいのはわかりますが、あまり、イチャツカナイデクダサイ。……目のやり場に、困りますので。」

 これから訓練をつけようとしていた騎士の方が、参ったように目を逸らして忠告した。なんとかアランを振りほどいた優は、愕然とした顔する。

 「じゃあな、帰りを待ってろよ。」

 「二度と帰ってこなくていいから! それに、仲良くないから!! 早く行って!!!」

 我に返って恥ずかしさで顔を隠しながら叫んでる様子も、もう少し見ていたかった。しかし、本当に残念ながら、時間も押して来ているので、仕方なく優に背を向けた。


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 軍の各訓練所に設置されているワープゾーンを利用したアランは、都の街を歩いていた。

 「さて、久々の都だな。相変わらず、人は多いし、空気はマズイな。」

 まるでクリスタリア国全体をぎゅっと圧縮して体現しているのが、この都だった。行き来する人々の身分の違いも、視界に見える。

 このクリスタリアは、国のトップに王族がいて、その下に貴族たちがおり、支えている平民が大勢いる。さらにその下に奴隷や難民もいる。

 平民はその活躍によって、貴族になることができる。『スピネル』の難民であったアランは、今現在は騎士の大将として、貴族と同じ身分の高さをもっている。逆に貴族でも落ちぶれたとなれば、一気に潰されることがある。

 ……もちろん、そんな役目を一番しているのは『影の姫様』こと、テュアリーだ。『貴族殺し』とも『チャンスの女神』とも呼ばれている。少女姿のバケモノだと思いつつも、一番アランをワクワクさせてくれるのは事実だ。アランが好きそうな戦いの場を用意してくれるのは、多分あの女しかいないだろう。

 「性奴隷か……。女もアレじゃぁ、つまんねぇな。」

 横目で檻に幽閉された女達を見た。目の生気はなく、死んだ魚のようである。奴隷商と思われる男達が、いくつかの馬車を急き立てて貴族の屋敷へと向かっているようだった。あんまり気分がのらない光景だったので、性格が腐ってるアランは、商人だけでなく奴隷も含めてダーインスレイブを抜きたくなった。しかし、これからの仕事を考えると今目立つ訳にはいかない。

 アランは難民は這い上がりの例があるが、ただ、貴族のオモチャや労働力である奴隷はそのような這い上がりは許されていない。

 クリスタリアには昔から奴隷がいるが、それでも近年、奴隷の数は少なくなった。持っているのは当然貴族たちなのだが、ある男によって奴隷の数は急激に少なくなることになる。

 ラス・カサス

 かの男の活躍により、奴隷の実態が暴かれ、特に性的または労働による残酷さが公となった。王族は、奴隷を持っていた貴族たちを、落ちぶれているということで処分させた。

 そして、このラス・カサスというのが、実は優の父親であるのだが、そのために落ちぶれ貴族の残りや奴隷商人が、未だに子孫である優を恨んでいる。アランからすれば、そんな面倒なことをよくまぁしたもんだとも思う。

 「まぁ、もしかしたら、これから向かう落ちぶれ貴族に案内してくれるかもな。」

 歩くのが怠く感じたアランは、一番最後を走っていた馬車に近づくと、ひょいっと檻に手をかけて、お邪魔させてもらうことにした。

 檻の中に居た女達は、こちらを驚いたように見て来る。その中でも、一番まだ目の光が残って居た女が近づいてきた。

 「ねぇ、助けて。わたし、イヤだ、こんなの。」

 ボロ切れを纏った難民らしき女が、スピネルの言葉で話しかけてきた。どうやら、スピネルから逃れてきたのはいいが、運悪く奴隷商人に捕まってしまったのだろう。

 「この馬車がどこに向かってるのか、わかるか?」

 懐かしくも、苦い思い出が残る母国語で返す。女は言葉が通じたことに、少しだけだ嬉しそうだった。

 「言葉、わかるのね! 馬車の行き先、わからないけれど、わたし、妹、養うために、行かないと。」

 同じスピネル出身だからといって、自己中心的で、個人主義のアランが同情を起こす気はない。

 ただ、一応それでも奴隷が良くないとは思っている。人として魂があるのに、彼らは物で、奴隷という身分のため、差別は多い。たったそれだけで、チャンスが平等にないのは、不愉快だった。

 しかし、まだ、法で裁けるわけでもなく、必要以上に手出しするのは難しい。それに下手に逃しても、決して幸運も訪れなければ、差別の中で彼らに這い上がる機会さえ与えるのは困難だ。

 「俺様も計画があるから、約束はできない。それに、烙印が押されてしまっている以上、どこで暮らすのも難しいぞ。」

 女の手と背中には、奴隷としての紋様が烙印されてしまっている。こうなってしまっては、どこで生きるにしても、いつ奴隷商人に捕まるかとビクビクしなければいけないし、多くの差別を受けるだろう。

 「わたし、まだ、手を出されてない。烙印、仕方ない。でも、女としてを、失いたくない。」

 そのキラキラした眼を見ても、アランはすぐに首を縦には振らなかった。彼女一人を目の前の檻から出すのは造作もない。ただ、それだけでは本当の意味で救いにはならないと直感的に感じた。

 彼女の明るい未来の可能性を、剣筋の通るべき道を見極めるように、頭の中で模索しつつ尋ねる。

 「名前は?」

 「リン・チュウ。スピネル、南東の民族。」

 でも、彼は傭兵上がりの、自分の楽しみを最優先にさせる、歪んだ心を持つアランでもある。彼の脳裏には、自分がもっとも興奮できて、かつ、一応彼女の要求を満たす方法を思いついていた。

 「そうか。なら、おまえを性奴隷にはしないようにはしてやってもいい。ただし、俺様の元で、おまえの妹も含めて奴隷とはなるがな。」

 唇に満面の不気味な笑みを浮かべ、眼は計算高く鋭い光を宿していた。まさに、取引で誘惑してくる悪魔のように。
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