知ったかぶりのヤマネコと森の落としもの

あしたてレナ

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知ったかぶりのヤマネコ

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『ニシダカやま』のふもとには川が流れています。『知識ちしきの川』とよばれるその川は美しくすきとおっており、太陽の光をびると森の緑をはんしゃしてヒスイ色にかがやきます。
 川では一年中、魚たちが泳ぎ回り、たくさんの動物もおとずれます。水がおいしいのはもちろんですが、「『知識ちしきの川』の水を飲むと、頭がくなる」といううわさがあるのです。
 そんな『知識ちしきの川』の近くにずっと住んでいる動物はとても頭がく、"森の賢者けんじゃ"とよばれています。

「プゴッ! ここの水はとってもおいしいね! これでおいらも頭がくなるかなぁ」
「なんだか頭がさえてきた気がするね!」
「ネズミくん、イノシシくん、もうすぐ"森の博士はかせ"の住んでいる森に入るんじゃないかい」
「"賢者けんじゃ"ね」
「ようし! それじゃあおいしいものをさがしながら行ってみよう!」

 三びきは川にそって歩き出しました。
 しばらく歩くと、どこからともなくしめった風がふいてきます。あたりはたくさんのシダや長いツルの植物が生え、木にはおいしそうなバナナやマンゴーが実っています。

「プゴッ! どうしてこんな時季じきにバナナがあるんだろう!」
 イノシシは目をかがやかせます。
「待ってよ、イノシシくん。あのまいごになったときのことを、まさかわすれてないだろうね?」
「わ、わすれてないよ! とってもいいにおいのバナナがあるから気になっただけだよ!」
「ふむ……たしかにおかしいね。ここはまるでジャングルのようだ。温帯雨林おんたいうりん……いや、熱帯雨林ねったいうりんだったかな」
 しめった風はあたたかく、空気はむしむしとしています。

「"森の賢者けんじゃ"はこのへんに住んでいるのかなあ」
 三びきが話していたそのとき――。

「わしをおさがしかね?」

 おじいさんのような声が、上からふってきました。
 三びきがそろって見上げると、木の上に一頭のゴリラがすわっています。顔にはたくさんのしわがあり、ゴリラがとても長生きしていることがわかりました。
 しかし、ゴリラの動きはおじいさんとは思えないほどすばやく、ひょいひょいと木からおりてきて、あっという間に三びきの元へやってきました。
 知ったかぶりのヤマネコはゴリラを観察かんさつし、ちょっぴりこわがりのネズミは少しだけ後ろに下がり、食いしんぼうのイノシシはきょうみしんしんでたずねます。
「おじいさんが"森の賢者けんじゃ"?」
 ゴリラは三びきの顔を見たあと、ゆっくりと答えました。
「そうよぶ者もおるのう」
「ち、ちがうんですか?」
 ネズミがおずおずと言います。
 するとゴリラは声を出してわらいました。
賢者けんじゃなんてたいそうなものじゃあない。なあに、少しばかり長生きをしているだけじゃよ。さて、きみたちはどうしてわしをさがしていたのかね?」

 ヤマネコはゴリラにぼうしを見せました。
賢者けんじゃどの、この緑色のものはいったいなんでしょう?」
「黄色だってば」
「ああ、そうだ、黄色だ」
 ゴリラはヤマネコとネズミのやりとりを聞き、それからぼうしを見つめます。
「ふむ……」
 少し考えたあと、ゴリラはどこからか小さなメガネを取り出しました。そして、それをヤマネコにわたしました。
「きみ、これをかけてごらん」
「これは……?」
「メガネというものじゃよ。ほら、そこを鼻にかけて……そうそう……」
 メガネはヤマネコの顔にぴったりの大きさです。
賢者けんじゃさま、どうしてヤマネコくんにメガネを?」
 ネズミとイノシシはふしぎそうにヤマネコの顔をのぞきこみ……。

「ええっ!?」
 おどろいてしりもちをついてしまいました。
 ヤマネコは二つの目からぽろぽろとなみだをこぼしていたのです。ネズミもイノシシも、ヤマネコがいているのをはじめて見ました。
「ヤ、ヤマネコくん、どうしていているの……?」
 ネズミがたずねると、ヤマネコはなみだでぬれた顔ににっこりとえがおをつくりました。

「ハイビスカスとブーゲンビリアの色はにている。と言ってもさまざまな色があるんだね。プルメリアはこんなにかわいらしい花だったのか。わたしは知らなかった。世界はこんなに色あざやかだったんだ……ほら、これはバナナと同じ色だ」
 そう言って自分が持っているぼうしをうれしそうに見つめます。
 ネズミとイノシシにはなにがなんだかわかりません。

「それは"メガネ"じゃよ」
?」
 イノシシが目をまん丸にして聞き返しました。
「そうじゃよ、かれにはずっと見わけられない色があった。それをこのメガネで、わかるようにしたんじゃ」
「そうなの!? ヤマネコくん!」
 ネズミの問いかけに、ヤマネコはとてもうれしそうに答えます。
「そうなんだ。わたしはずっと、世の中は緑色と青色の二色だと思っていた。みんなの言う、黄色や赤色なんてわからなかった。全部、緑色や青色と同じに見えていたんだ」
「そうだったんだ……」
「プゴ……そんなこと知らなかったよ」
「ああ、わたしも、こんなにさまざまな色であふれているなんて知らなかった!」

 ヤマネコはこれまでにないほど晴れやかな顔をしています。毛先についたなみだがきらりと光りました。
 反対に、ネズミとイノシシは暗い顔をしています。
「おや、どうしたんだい? 二人とも」
「ぼ、ぼく……知らなかったよ。ヤマネコくんが、緑と青しか見えていなかったなんて」
「おいらも……」
「ごめんね、ヤマネコくん」
「ごめんよ、ヤマネコくん」
 二ひきはうつむいてしまいました。今にもき出しそうです。

 しかし、そんな暗い気持ちをふきばすように、ヤマネコは明るく、けれどしんけんに言いました。
「おたがいさまだよ、ネズミくん、イノシシくん。わたしだって、色がわからないことをだれにも言っていなかった。言わなかったらわかるわけがないんだ。わたしだって悪かった。ごめんよ、二人とも」
 そしてネズミとイノシシを順番じゅんばんにぎゅっとだきしめました。二ひきもヤマネコをだきしめます。
 ネズミとイノシシは知ったかぶりをするヤマネコのことがやっと少しわかりました。

 三びきのやりとりを見守っていたゴリラはしずかに口を開きました。
「自分たちに見えているものがかならずしも正しいわけではないということじゃよ。ヤマネコのぼうや、そのメガネはきみにあげよう。きっと、きみの世界をもっとゆたかにしてくれるじゃろう」
「ありがとうございます、博士はかせどの」
賢者けんじゃさまだってば」
「ああ、そうだった。ごめんよ」
 三びきは声を出してわらい合いました。ゴリラもわらいました。

「さて」
 ゴリラが話題をかえるように切り出します。
「その黄色いものがなにか、じゃったかな」
「ブブッ! そうそう! すっかりわすれてた!」
賢者けんじゃどの、この黄色いものはなんなのですか?」
「それは、"ぼうし"というものじゃよ」
「ぼうし……」
「そうじゃ、暑い日や寒い日に頭にかぶるものじゃよ」
「そうかあ! これはぼうしっていうんだ!」
 イノシシはぼうしをあらためて見て、鼻を鳴らします。
「頭にかぶるんだね! たしかにお星さまにぴったりの形だ」
 ネズミが合点がてんがいったようにうんうんとうなずきます。
「あのとがった頭の先はうんと冷えそうだものね。ようし、それじゃあ早くお星さまにとどけてあげよう」
 ヤマネコは冬の寒空さむぞらにうかぶ星を思い、この落としものをとどける旅に今一度、心をふるい立たせます。

 三びきは思いおもいに声を上げると、ゴリラに向き直りました。
賢者けんじゃさま、ありがとうございました」
「おいらたち、この落としものを急いでとどけに行くよ!」
賢者けんじゃどの、このメガネはありがたくちょうだいします」
「ああ、旅の無事をいのっておるよ」
 あいさつを終えると、三びきは『ニシダカやま』の頂上ちょうじょうを目指してふたたび歩き出しました。
 頭の中は、ぼうしを落としてしまって寒さにこごえる星のことでいっぱいです。

 ヤマネコ、ネズミ、イノシシを見送ったゴリラは「はて」と気のぬけたような声を出しました。
「あの子らはお星さまにぼうしをとどけると言ったかのう……あれは人間のものじゃと思うんじゃが……」

 そうです。三びきは人間がぼうしをかぶることを知らなかったのです。
 森の中に人間がやってくることはありますが、そう多くはありませんし、動物たちは人間が森に入ったと気づくと巣あなにかくれてしまうのです。
 寒い季節きせつとなればなおさらのこと。巣の中でじっとしているので、やわらかな毛糸のぼうしをかぶった人間と出会うことなどないのです。
 
 ゴリラは目をとじて少し考えました。
 しかしすぐに「まあいか」とにこやかに三びきの後ろ姿すがたを見つめ、元いた木に登ってしまったのでした。

 知ったかぶりのヤマネコ、ちょっぴりこわがりのネズミ、食いしんぼうのイノシシの落としものをとどける旅。いろいろなことに気づき、見つけ、ひろいあつめながら三びきの旅はあとちょっとだけつづきます。
 
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