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Scene 4-1
しおりを挟むテレビ局の喫煙所でタバコを吸って帰った俺が楽屋の扉を開けると、ヒステリックになった女が由依に掴み掛かっていた。女は、深夜帯の人気バラエティ番組でゲストとして呼ばれていた。撮影中はあんなに楽しげに会話していた二人だったが、俺の目の前の二人は、髪を乱し、死に物狂いで取っ組み合っている。俺は自販機で買った缶コーヒーをその辺に置いて、由依から引き剥がすために女を羽交締めにすると、女は、離せ、と俺に叫び、由依に向かっては「アバズレ、ヤリマン女今度週刊誌にお前の情報売ってやる」とか、「どうせ今度の大河のゲスト出演も体でとったんだろ」みたいな汚い言葉を何度もハスキーな声で発して、俺の胸元で暴れ回っていた。脂肪のついていない細く白い腕を奇怪に動かすと、派手に装飾された爪が俺の顔を引っ掻きそうになる。外に漏れる女の叫び声を聞いたギャラリーが楽屋の前に集まり始めていた。ギャラリーをかき分けて、テレビ局の警備員と女の担当マネージャーが暴れている女を取り押さえて、そのまま、別室へ連れて行った。マネージャーは俺に何度も頭を下げて、女の元へ向かっていった。
当事者のくせに一連の様子を平然とした表情で乱れた髪を後ろで留めて観察していた由依に俺は話しかけた。
「あの女に何かしたんですか?」
「あの女ね。この前転落死した男の彼女なの。随分入れ込んでたんだって。なんか、寝た日の次の日の様子が変で彼のことをあの女が問い詰めたら、私と寝たこと白状しちゃったんだって。死んだ理由も私がやり捨てしたからショックで自殺したんだって言い張って」
由依は、意味不明、と言ったポーズをして、
「アイツが自殺したのは私のせいじゃないでしょ。あの女に魅力がないのがいけないのよ。私と寝る前のあの男の顔覚えてる。すごい自信なさげだったでしょ。男にとってあの女なんて、別に好きでもなんでもないけど、優しくしてれば簡単にヤらしてくれる都合と顔が少しいいだけの女だったのよ。それをそのまま言ったら、急に掴みかかってきて」と主張した。
「何もそこまで言わなくても」
「それに私がいい役とっているのは、実力じゃなくて体売ってるからって言い張るのよ。なんなのあの女」由依は不貞腐れながら台本を広げる。
俺は、醜いなあ、と思いながら話を聞いていると、「何よそのその顔。くだらないって思ってるんでしょ」と由依は俺を指摘し急に何か閃いたよう顔をして、「はい、私を心の中で馬鹿にした罰として、キサラギには明日の撮影の読み合わせに付き合ってもらいまーす」と言って、もう一つの台本を手渡してきた。
不自然な程タバコの匂いが染みついた台本を広げると、指示されたページには相変わらず、びっしりと赤色の綺麗な字でメモが書き込まれていた。俺は由依の書き込みを頼りに、セリフを読むと、ダメダメもっと気持ちをこめて最初から、と叱られた。俺がもう一度長いセリフを話している様子を、ペンを咥えて由依は静観していた。耳につけた大きな真珠のピアスは耳朶で一層白く輝き、紅い唇の下から覗かせるボールペンを甘噛みする白い前歯はたたなる薄氷のように汚れなく艶やかだった。俺が一通りセリフを言い終わると、俺から台本をとって、眉間に皺を寄せて書き込みを始める。キャップと鼻とまつ毛の先っぽが一直線に繋がる。俺がその様子に見惚れていると、ニヤニヤしながら、台本を閉じて俺に手渡してきた。
「さっきのページ開いて」
俺は、ペラペラと、ざらざらした紙の感触を指先に感じながら、先ほどのページを開くと、俺が読み上げたセリフの下の空白に大きな赤い文字で『下手くそ!!』と書いてあった。どうしようもないイタズラに辟易して、怪訝な顔をして由依の方を見ると、俺が文句を言う隙も与えず勝ち気な表情を湛え、次のセリフを読み上げた。
途中から俺への演技指導に変わっていった読み合わせを終えて、楽屋を後にしてテレビ局の駐車場に向かう道中、エレベーターを黙って待っていると、急に面白い話をして、と由依は俺に命令してきた。エレベーターを待っていると、ピンと上擦った音を立て、エレベータが開き、スーツを着た五人組の男と、アイドル風の女が数人乗っているのを見て、くだらない話を思いついた。
俺は酔っ払った女友達が言ってたんだけど、と前置きをしてレザボアドッグスという映画の冒頭部分を又聞き話のように話してやった。マドンナのLike A Virgine、なんでこの曲がこのタイトルなのか知っているか?、と由依に聞いた。由依は、知らない、と首を振るので、話を続けようとすると、何人かはここでその話をするのかよ、と俺の方を見てきた。端的に言うと、デカイチンコのやつとヤったヤリマン女があまりの痛さに初めてヤった時を思い出すからだ、と俺は必要以上に大声で説明してやった。エレベーターは急に気まずい雰囲気で満たされた。何人かはうつむき、会話していたやつも急に言葉を失い、空気が強張り、息苦しすら覚えるほどだった。目的の階で降りて二人きりになりしばらく黙りこくっていると、我慢していたものが噴き出し、思い切り二人で気まずそうにしている奴らの様子を思い出してゲラゲラ下品に笑った。
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