17 / 36
Scene 9-1
しおりを挟む
玄関で立ち尽くす玉城由依に、僕は
「そんなところに立ってないで、早くウチに入って。紅茶で良いですか?ちょっと前に知り合いにいいやつをもらったんだ」と言った。
僕は、何も言わずじっと下を向いている玉城由依を尻目に、棚からティーポッドを取り出し、紅茶の準備を始めた。また来てくれるかな、と淡い期待を込めて購入した茶葉の入った缶のテープを爪で剥がす。缶の蓋を開き、頑丈なビニール袋を開けると、いい匂いの粒子が溢れ出てくる。開け立ての新鮮な香りだ。
「大変なんだね」
とりあえず、声をかけてみると、「週刊誌のこと知ってるんだね」と、か細い声で答える。うん、と言って頷いて、カップに注がれた紅茶をテーブルに置いて、「飲みなよ。落ち着くよ」と言うと、彼女はようやく部屋に上がり、席について紅茶を啜った。
「あったかい」とほっとしたのか、気持ちが溢れるように言った。
「何があったの?」と僕は質問すると、彼女は気まずそうにして、何から話せば良いか決めあぐね、
「あのね。週刊誌に書いてあった脚本家の田代さんって人ね。殺されたの、多分、私のせいで」
僕は言葉を失い、口に持っていこうとするティーカップを急停止させると、揺れた水面から紅茶が溢れ、ソーサーを汚した。付き合っていた脚本家が死んだ?。
「どう言うこと?」もう一度聞き返すと、
「上手くは言えないの、ただ私のせいで殺されたの」と言う。
「事件について詳しく知っているの?」と訊くと、何も言わずに、大きく首を振った。
僕は彼女の言っている意味がわからないが、憔悴している彼女の姿は、その言葉に妙な説得力を与えていた。心なしか、泣き腫らした後のように見え、なんだかすごく疲れているようだった。
「状況がよく飲み込めないけど。きっと、玉城さんのせいじゃないよ。彼氏さんが死んじゃったんだね。辛いよね」
「トシくんは、優しいんだね。ただ誤解しないで欲しいんだけど、田代さんは彼氏じゃないの、ちょっと説明するのが難しいんだけど」と言い訳するように、説明するのが難しい関係という言葉を平気で使う。僕には知らない彼女の姿。嫌な想像で頭が埋め尽くされてしまう。
「ショックだった?」と彼女は気弱く言う、僕には、この前キスしたせいで期待しちゃったの?、と聞こえてくる。僕は込み上げてくる恥ずかしい気持ちを紅茶の匂いで和らげて、「玉城さんの熱愛報道でショックを受けない男の人なんていないよ」と当たり障りのないことを言う。ショックだったに決まっているじゃないか。
「そう」と玉城由依は肩を落とす。
住んでいる世界が違うと思っていた人の再来、そして、僕には知らない彼女の世界、小説やテレビでしか知らないような出来事がこの数十分であれこれ起こる。この部屋にこのまま彼女を置いていたら、気分が変になりそうだ。この部屋から彼女だけ置いて逃げ出したい。
彼女が一杯目の紅茶を飲み干した頃に、
「色々考えてみたんだけど、女の子を僕の部屋に置いておくわけにはいかないから、喫茶店まで歩けるかな?。やっぱり僕の部屋には置いていけないよ。ごめんね」と彼女に問いかける。
僕がお世話になっている喫茶店の二階と三階で店長夫婦は暮らしている。僕が昔、ここに引っ越してくる前、店長夫婦に、亡くなった息子の部屋で暮さないか、と提案されたことを思い出した。僕は店長に彼女を預けた方がいいと考えた。常識的に考えても、その方がいいはずだ。
「大丈夫。これ飲んだら落ち着いた。こちらこそごめんなさい、無理言っちゃって」
「ううん、全然大丈夫だよ。それに、玉城さんが急にやってきたら、店長もきっと喜ぶと思うよ。いつもお世話になってるから、たまには、お礼しないと。思わぬサプライズプレゼントができた」とはぐらかして、二人で部屋を出た。
徒歩十五分の距離を二人とも何も話さず、うっとしい熱帯夜をくぐり抜け、喫茶店の裏口の前に着いた。インターホンを鳴らすと、はーい、と店長の奥さんの声がインターホン越しに聞こえてきて、安倍です遅くにすみません、と言うと、パジャマ姿の店長が僕達を出迎えた。
「これは驚いた」
店長は玉城由依の姿を見て、目をパチクリさせている。僕が、彼女を連れてきた事情を簡単に説明すると、綺麗に片付けてある店長の息子の部屋に僕達を連れて行った。
「息子が使っていた、部屋なんだけどいい?」と店長の奥さんが玉城由依に訊く。
「いえ、むしろ無理言っているのはこちらの方なのに、こんないい部屋を使わせていただいて。本当にありがとうございます」
「服はどうしようかしら。私ので良いかしら」
「サイズが合わないよ、身長が違いすぎるだろ」店長の奥さんは玉城由依より10cmくらい小さい。
「お構いなく。私このままでも大丈夫なので」
「ご飯とお風呂は?」奥さんはにこやかな笑顔で訊くと、
「まだです」と思い出したように答える。
「トシくんは、どうする?ご飯は食べた」
お腹は空いているが、できれば早く家に帰りたいので、「僕は大丈夫です」と答えた。
「そう、夕飯の残りがあるから、私用意してくるわね」
奥さんはキッチンに向かい、三人だけになると、「あの僕はこの辺で」と切り出すと、
「あの、本当にごめんなさい。何から何まで」と玉城由依は僕と店長に申し訳なさそうに言った。
階段を降りようとする途中、玉城由依が「あの明日は、何時ごろに来るの?」と僕に声をかけた。
「朝の八時前だよ」と僕が振り返って言うと、「そうなんだ。また明日」と言って、小さく僕に手を振った。彼女はこの日初めて笑った。何か背負っているように見えた彼女の笑顔を見て、僕はちょっとだけ安心した。
「そんなところに立ってないで、早くウチに入って。紅茶で良いですか?ちょっと前に知り合いにいいやつをもらったんだ」と言った。
僕は、何も言わずじっと下を向いている玉城由依を尻目に、棚からティーポッドを取り出し、紅茶の準備を始めた。また来てくれるかな、と淡い期待を込めて購入した茶葉の入った缶のテープを爪で剥がす。缶の蓋を開き、頑丈なビニール袋を開けると、いい匂いの粒子が溢れ出てくる。開け立ての新鮮な香りだ。
「大変なんだね」
とりあえず、声をかけてみると、「週刊誌のこと知ってるんだね」と、か細い声で答える。うん、と言って頷いて、カップに注がれた紅茶をテーブルに置いて、「飲みなよ。落ち着くよ」と言うと、彼女はようやく部屋に上がり、席について紅茶を啜った。
「あったかい」とほっとしたのか、気持ちが溢れるように言った。
「何があったの?」と僕は質問すると、彼女は気まずそうにして、何から話せば良いか決めあぐね、
「あのね。週刊誌に書いてあった脚本家の田代さんって人ね。殺されたの、多分、私のせいで」
僕は言葉を失い、口に持っていこうとするティーカップを急停止させると、揺れた水面から紅茶が溢れ、ソーサーを汚した。付き合っていた脚本家が死んだ?。
「どう言うこと?」もう一度聞き返すと、
「上手くは言えないの、ただ私のせいで殺されたの」と言う。
「事件について詳しく知っているの?」と訊くと、何も言わずに、大きく首を振った。
僕は彼女の言っている意味がわからないが、憔悴している彼女の姿は、その言葉に妙な説得力を与えていた。心なしか、泣き腫らした後のように見え、なんだかすごく疲れているようだった。
「状況がよく飲み込めないけど。きっと、玉城さんのせいじゃないよ。彼氏さんが死んじゃったんだね。辛いよね」
「トシくんは、優しいんだね。ただ誤解しないで欲しいんだけど、田代さんは彼氏じゃないの、ちょっと説明するのが難しいんだけど」と言い訳するように、説明するのが難しい関係という言葉を平気で使う。僕には知らない彼女の姿。嫌な想像で頭が埋め尽くされてしまう。
「ショックだった?」と彼女は気弱く言う、僕には、この前キスしたせいで期待しちゃったの?、と聞こえてくる。僕は込み上げてくる恥ずかしい気持ちを紅茶の匂いで和らげて、「玉城さんの熱愛報道でショックを受けない男の人なんていないよ」と当たり障りのないことを言う。ショックだったに決まっているじゃないか。
「そう」と玉城由依は肩を落とす。
住んでいる世界が違うと思っていた人の再来、そして、僕には知らない彼女の世界、小説やテレビでしか知らないような出来事がこの数十分であれこれ起こる。この部屋にこのまま彼女を置いていたら、気分が変になりそうだ。この部屋から彼女だけ置いて逃げ出したい。
彼女が一杯目の紅茶を飲み干した頃に、
「色々考えてみたんだけど、女の子を僕の部屋に置いておくわけにはいかないから、喫茶店まで歩けるかな?。やっぱり僕の部屋には置いていけないよ。ごめんね」と彼女に問いかける。
僕がお世話になっている喫茶店の二階と三階で店長夫婦は暮らしている。僕が昔、ここに引っ越してくる前、店長夫婦に、亡くなった息子の部屋で暮さないか、と提案されたことを思い出した。僕は店長に彼女を預けた方がいいと考えた。常識的に考えても、その方がいいはずだ。
「大丈夫。これ飲んだら落ち着いた。こちらこそごめんなさい、無理言っちゃって」
「ううん、全然大丈夫だよ。それに、玉城さんが急にやってきたら、店長もきっと喜ぶと思うよ。いつもお世話になってるから、たまには、お礼しないと。思わぬサプライズプレゼントができた」とはぐらかして、二人で部屋を出た。
徒歩十五分の距離を二人とも何も話さず、うっとしい熱帯夜をくぐり抜け、喫茶店の裏口の前に着いた。インターホンを鳴らすと、はーい、と店長の奥さんの声がインターホン越しに聞こえてきて、安倍です遅くにすみません、と言うと、パジャマ姿の店長が僕達を出迎えた。
「これは驚いた」
店長は玉城由依の姿を見て、目をパチクリさせている。僕が、彼女を連れてきた事情を簡単に説明すると、綺麗に片付けてある店長の息子の部屋に僕達を連れて行った。
「息子が使っていた、部屋なんだけどいい?」と店長の奥さんが玉城由依に訊く。
「いえ、むしろ無理言っているのはこちらの方なのに、こんないい部屋を使わせていただいて。本当にありがとうございます」
「服はどうしようかしら。私ので良いかしら」
「サイズが合わないよ、身長が違いすぎるだろ」店長の奥さんは玉城由依より10cmくらい小さい。
「お構いなく。私このままでも大丈夫なので」
「ご飯とお風呂は?」奥さんはにこやかな笑顔で訊くと、
「まだです」と思い出したように答える。
「トシくんは、どうする?ご飯は食べた」
お腹は空いているが、できれば早く家に帰りたいので、「僕は大丈夫です」と答えた。
「そう、夕飯の残りがあるから、私用意してくるわね」
奥さんはキッチンに向かい、三人だけになると、「あの僕はこの辺で」と切り出すと、
「あの、本当にごめんなさい。何から何まで」と玉城由依は僕と店長に申し訳なさそうに言った。
階段を降りようとする途中、玉城由依が「あの明日は、何時ごろに来るの?」と僕に声をかけた。
「朝の八時前だよ」と僕が振り返って言うと、「そうなんだ。また明日」と言って、小さく僕に手を振った。彼女はこの日初めて笑った。何か背負っているように見えた彼女の笑顔を見て、僕はちょっとだけ安心した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。
クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。
3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。
ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。
「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる