花カマキリ

真船遥

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Scene 9-1

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 玄関で立ち尽くす玉城由依に、僕は
「そんなところに立ってないで、早くウチに入って。紅茶で良いですか?ちょっと前に知り合いにいいやつをもらったんだ」と言った。
 僕は、何も言わずじっと下を向いている玉城由依を尻目に、棚からティーポッドを取り出し、紅茶の準備を始めた。また来てくれるかな、と淡い期待を込めて購入した茶葉の入った缶のテープを爪で剥がす。缶の蓋を開き、頑丈なビニール袋を開けると、いい匂いの粒子が溢れ出てくる。開け立ての新鮮な香りだ。
「大変なんだね」
 とりあえず、声をかけてみると、「週刊誌のこと知ってるんだね」と、か細い声で答える。うん、と言って頷いて、カップに注がれた紅茶をテーブルに置いて、「飲みなよ。落ち着くよ」と言うと、彼女はようやく部屋に上がり、席について紅茶を啜った。
「あったかい」とほっとしたのか、気持ちが溢れるように言った。
「何があったの?」と僕は質問すると、彼女は気まずそうにして、何から話せば良いか決めあぐね、
「あのね。週刊誌に書いてあった脚本家の田代さんって人ね。殺されたの、多分、私のせいで」
 僕は言葉を失い、口に持っていこうとするティーカップを急停止させると、揺れた水面から紅茶が溢れ、ソーサーを汚した。付き合っていた脚本家が死んだ?。
「どう言うこと?」もう一度聞き返すと、
「上手くは言えないの、ただ私のせいで殺されたの」と言う。
「事件について詳しく知っているの?」と訊くと、何も言わずに、大きく首を振った。
 僕は彼女の言っている意味がわからないが、憔悴している彼女の姿は、その言葉に妙な説得力を与えていた。心なしか、泣き腫らした後のように見え、なんだかすごく疲れているようだった。
「状況がよく飲み込めないけど。きっと、玉城さんのせいじゃないよ。彼氏さんが死んじゃったんだね。辛いよね」
「トシくんは、優しいんだね。ただ誤解しないで欲しいんだけど、田代さんは彼氏じゃないの、ちょっと説明するのが難しいんだけど」と言い訳するように、説明するのが難しい関係という言葉を平気で使う。僕には知らない彼女の姿。嫌な想像で頭が埋め尽くされてしまう。
「ショックだった?」と彼女は気弱く言う、僕には、この前キスしたせいで期待しちゃったの?、と聞こえてくる。僕は込み上げてくる恥ずかしい気持ちを紅茶の匂いで和らげて、「玉城さんの熱愛報道でショックを受けない男の人なんていないよ」と当たり障りのないことを言う。ショックだったに決まっているじゃないか。
「そう」と玉城由依は肩を落とす。
 住んでいる世界が違うと思っていた人の再来、そして、僕には知らない彼女の世界、小説やテレビでしか知らないような出来事がこの数十分であれこれ起こる。この部屋にこのまま彼女を置いていたら、気分が変になりそうだ。この部屋から彼女だけ置いて逃げ出したい。
 彼女が一杯目の紅茶を飲み干した頃に、
「色々考えてみたんだけど、女の子を僕の部屋に置いておくわけにはいかないから、喫茶店まで歩けるかな?。やっぱり僕の部屋には置いていけないよ。ごめんね」と彼女に問いかける。
 僕がお世話になっている喫茶店の二階と三階で店長夫婦は暮らしている。僕が昔、ここに引っ越してくる前、店長夫婦に、亡くなった息子の部屋で暮さないか、と提案されたことを思い出した。僕は店長に彼女を預けた方がいいと考えた。常識的に考えても、その方がいいはずだ。
「大丈夫。これ飲んだら落ち着いた。こちらこそごめんなさい、無理言っちゃって」
「ううん、全然大丈夫だよ。それに、玉城さんが急にやってきたら、店長もきっと喜ぶと思うよ。いつもお世話になってるから、たまには、お礼しないと。思わぬサプライズプレゼントができた」とはぐらかして、二人で部屋を出た。
 徒歩十五分の距離を二人とも何も話さず、うっとしい熱帯夜をくぐり抜け、喫茶店の裏口の前に着いた。インターホンを鳴らすと、はーい、と店長の奥さんの声がインターホン越しに聞こえてきて、安倍です遅くにすみません、と言うと、パジャマ姿の店長が僕達を出迎えた。
「これは驚いた」
 店長は玉城由依の姿を見て、目をパチクリさせている。僕が、彼女を連れてきた事情を簡単に説明すると、綺麗に片付けてある店長の息子の部屋に僕達を連れて行った。
「息子が使っていた、部屋なんだけどいい?」と店長の奥さんが玉城由依に訊く。
「いえ、むしろ無理言っているのはこちらの方なのに、こんないい部屋を使わせていただいて。本当にありがとうございます」
「服はどうしようかしら。私ので良いかしら」
「サイズが合わないよ、身長が違いすぎるだろ」店長の奥さんは玉城由依より10cmくらい小さい。
「お構いなく。私このままでも大丈夫なので」
「ご飯とお風呂は?」奥さんはにこやかな笑顔で訊くと、
「まだです」と思い出したように答える。
「トシくんは、どうする?ご飯は食べた」
 お腹は空いているが、できれば早く家に帰りたいので、「僕は大丈夫です」と答えた。
「そう、夕飯の残りがあるから、私用意してくるわね」
 奥さんはキッチンに向かい、三人だけになると、「あの僕はこの辺で」と切り出すと、
「あの、本当にごめんなさい。何から何まで」と玉城由依は僕と店長に申し訳なさそうに言った。
 階段を降りようとする途中、玉城由依が「あの明日は、何時ごろに来るの?」と僕に声をかけた。
「朝の八時前だよ」と僕が振り返って言うと、「そうなんだ。また明日」と言って、小さく僕に手を振った。彼女はこの日初めて笑った。何か背負っているように見えた彼女の笑顔を見て、僕はちょっとだけ安心した。
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