36 / 36
Scene 16-1
しおりを挟む
地上へ引き摺り下ろそうとする黒い手が、男の背中を離そうとしない、罪を償えと、男の体を引っ張っている。このまま落としてしまっても良いような気がしてくるが、時間的にはあと五分だけ待った方が良さそうだ。つまらなそうに腕時計を眺める俺に男は必死に命乞いをしていた。
「頼む、なんでも言うことを聞くからそれだけはやめてくれ」
都内にある山中プリンスホテルの屋上で、頑丈な椅子にロープで括りつけられた山中は俺に何度も懇願している。身を凍らすような突風が吹くと、顔からサングラスが外れそうになる。山中の先には、東京の夜景が広がっている。地上100メートルの眺めは最高だ、東京の夜景でも見ながら、彼女にプロポーズなんて最高だろう。俺がロープを離せば、山中は背中から椅子ごと下に落っこちる。ロープに括られているお陰で、地面に直撃することはないが、落下の恐怖から逃れられない。国会議員の山中は、この山中プリンスホテルの経営者でもある。山中は、二十年前にこの山中プリンスホテルの建設費を水増しして建設し、資金の一部を横領していた。そして、このホテルはあいつの裏事業の会場でもあった。
「このホテルの三十七階のレストランで、議員秘書をしているお前の息子がプロポーズをするみたいじゃないか」
俺は腕時計を見て、「あと、二分か。俺がこのロープを離すとどうなると思う」と山中に話しかけた。
山中は泣きじゃくり、嗚咽を吐きながら、汚く俺に言い縋った。
「嫌だ、死にたくない。金ならいくらでも払う、やめてくれ。どうして、どうしてこんな目に俺が遭わなくちゃいけないんだ」
「死にやしないさ。今お前がいるのはな、お前の息子が予約しているレストランの座席の真上なんだよ。東京の夜景を見ながらプロポーズなんて素敵だな。俺がロープから手を離すと、ちょうどお前の息子の目の前にお前が吊るされるようになっている。その不正の証拠を携えてな」と山中と一緒に括り付けてある封筒を指差して言った。
「何が書かれてある?」と聞いてくるので、俺は懇切丁寧に山中の悪事を全て話して、「お前の議員生活もお終いだな。老後は独房で慎ましく暮らすんだな」と言うと、
「あの人が必ず助けてくれる。それに警察官僚にも仲間がいるんだ。俺が捕まる訳ねえだろ。無駄なことはよせ、金でも名誉でも何でもくれてやる。何が欲しい」と唾を飛ばした。文字通り必死なのだろう。
警察官僚の方は、明日には片が付く予定だ。お前らの後ろ盾を俺がほっとくとでも思っているのか、俺はサングラスをとり山中に顔を見せつけて、「あと一分か、一本後、下で何が起こるか知っているか?」と声を低くして質問すると、
「お前如月だな。殺人なんて俺がもみ消してやる」見当違いの答えが返ってきた。
「俺は別に無罪になるためにこんなことしているんじゃないんだ。お前の息子、彼女に手紙を送るんだってな、ウエイトレスが運んでくれるらしい。封筒の中身はもちろん、お前の悪事をまとめた文書にすり替えておいた。どうするかな、婚約した男の父親の汚職がバレた上に、恥ずかしい姿で目の前に現れたら。それでもお前の息子たちは変わらぬ愛とやらを誓えるのかな?」と声を硬らせて言うと、腕時計のアラームが鳴ったので、ロープを手放し、山中をホテルの屋上から落とした。
男がホテルの屋上から椅子に座らされたまま吊るされている、そんな不思議な通報があった、と警視庁に報告があった。山中プリンスホテルに向かうと、見物客が吊られた男を一目見るために、ホテルを囲うように集まっていた。現場から離れるように呼びかけている警察を捕まえ、警察手帳を見せ俺は問題のホテルの中に入って行った。テレビ局のヘリが、逆さに吊られた男をライトで照らし、撮影スタッフや報道番組のキャスターは事件を中継している。俺は三十七階のレストランに行き、この事件の関係者だと思われるウェイトレスに事情聴取をしに行った。現場に一番早く駆けつけた交番の刑事からの話だが、このホテルのオーナーである山中の息子が今晩、三十七階のレストランで彼女にプロポーズをする予定だったらしい。サプライズでケーキと手紙が彼女に送られるはずだったが、封筒の中から出てきた物は、彼女への手紙ではなく、婚約者の父の汚職をまとめた文書だったらしい。
窓越しに見える山中の顔は、テレビで見た時より十歳位老けこんでいるように見えた。山中の体には封筒が括り付けられていて、やっぱり宛先は俺宛だった。また如月の仕業だ。芸能事務所の社長の次は、政治家。汚職まみれの権力者ばかり狙った犯行。推定だが、広告代理店の不正スポンサー契約を暴露したのも、あいつの仕業だと、俺は考えている。如月は大きな権力と闘っているように見えるが、メイクアップアップアーティストや病院の院長を殺している。不正を暴くことなく、短絡的に殺すとは思えない。俺の中で如月の犯罪者像がボヤけているのはこのせいだ。如月は十五年前の脚本家殺しの真相を暴け、と言った。やはり、この事件を洗うしか奴の目的を知る術はないのだろう。脚本家夫婦には証人保護のために身分を変えられた子供がいる。明日、その子供の今の身分がわかる、今頃二十三歳くらいだろう。
ウエイトレスからの聴取では大した収穫もなく、俺は山中がパトカーに入っていくところを見届けてから帰ろうとしたところ、パパラッチの中に見覚えのある顔が混じっていることに気がついた。
「おい森田、随分と鼻が利くじゃねえか。内密にホテルに入っていく芸能人のカップルでも追っていたのか」
森田は俺の顔をパシャリと撮り、以前俺が依頼していた調査資料を、皆に見えぬように俺に手渡し、
「たまたまですよ。そんな邪推な顔をしないで、あの政治家、何かやらかしたんですかい?」と情報交換を遠回しに仄めかした。
「あの政治家な、このホテルの開店資金を水増しして、着服したんだとよ。これがあの政治家の汚職内容だよ。横領だけじゃない、違法な接待に収賄、本当に清廉潔白な政治家なんて世の中にはいないのかね」
森田は俺が手渡した資料をペラペラと一通り確認して、
「まあ、政治家なんて清濁呑み込まなきゃやってられない仕事ですからね。叩けばいくらでもボロは出てきますよ。まあ草刈さんが言えた義理じゃないですけどね」と俺を皮肉った。
「お前が言えたことでもねえだろ」
森田は俺に資料を返し、荷物をまとめて、
「俺は、写真の現像に向かわなくちゃいけないんでね。本当に最近は芸能界絡みでいい写真が撮れて、だいぶ懐も潤ってきましたよ。どうです、今度、面白い情報ならいくらでもありますよ」と言うと、酒を飲む仕草をした。
「すまんが、ここ最近忙しくてな」と俺が断ると、
「それは残念。では、また何かの機会に」と言って、群衆の間を縫って帰って行った。
「頼む、なんでも言うことを聞くからそれだけはやめてくれ」
都内にある山中プリンスホテルの屋上で、頑丈な椅子にロープで括りつけられた山中は俺に何度も懇願している。身を凍らすような突風が吹くと、顔からサングラスが外れそうになる。山中の先には、東京の夜景が広がっている。地上100メートルの眺めは最高だ、東京の夜景でも見ながら、彼女にプロポーズなんて最高だろう。俺がロープを離せば、山中は背中から椅子ごと下に落っこちる。ロープに括られているお陰で、地面に直撃することはないが、落下の恐怖から逃れられない。国会議員の山中は、この山中プリンスホテルの経営者でもある。山中は、二十年前にこの山中プリンスホテルの建設費を水増しして建設し、資金の一部を横領していた。そして、このホテルはあいつの裏事業の会場でもあった。
「このホテルの三十七階のレストランで、議員秘書をしているお前の息子がプロポーズをするみたいじゃないか」
俺は腕時計を見て、「あと、二分か。俺がこのロープを離すとどうなると思う」と山中に話しかけた。
山中は泣きじゃくり、嗚咽を吐きながら、汚く俺に言い縋った。
「嫌だ、死にたくない。金ならいくらでも払う、やめてくれ。どうして、どうしてこんな目に俺が遭わなくちゃいけないんだ」
「死にやしないさ。今お前がいるのはな、お前の息子が予約しているレストランの座席の真上なんだよ。東京の夜景を見ながらプロポーズなんて素敵だな。俺がロープから手を離すと、ちょうどお前の息子の目の前にお前が吊るされるようになっている。その不正の証拠を携えてな」と山中と一緒に括り付けてある封筒を指差して言った。
「何が書かれてある?」と聞いてくるので、俺は懇切丁寧に山中の悪事を全て話して、「お前の議員生活もお終いだな。老後は独房で慎ましく暮らすんだな」と言うと、
「あの人が必ず助けてくれる。それに警察官僚にも仲間がいるんだ。俺が捕まる訳ねえだろ。無駄なことはよせ、金でも名誉でも何でもくれてやる。何が欲しい」と唾を飛ばした。文字通り必死なのだろう。
警察官僚の方は、明日には片が付く予定だ。お前らの後ろ盾を俺がほっとくとでも思っているのか、俺はサングラスをとり山中に顔を見せつけて、「あと一分か、一本後、下で何が起こるか知っているか?」と声を低くして質問すると、
「お前如月だな。殺人なんて俺がもみ消してやる」見当違いの答えが返ってきた。
「俺は別に無罪になるためにこんなことしているんじゃないんだ。お前の息子、彼女に手紙を送るんだってな、ウエイトレスが運んでくれるらしい。封筒の中身はもちろん、お前の悪事をまとめた文書にすり替えておいた。どうするかな、婚約した男の父親の汚職がバレた上に、恥ずかしい姿で目の前に現れたら。それでもお前の息子たちは変わらぬ愛とやらを誓えるのかな?」と声を硬らせて言うと、腕時計のアラームが鳴ったので、ロープを手放し、山中をホテルの屋上から落とした。
男がホテルの屋上から椅子に座らされたまま吊るされている、そんな不思議な通報があった、と警視庁に報告があった。山中プリンスホテルに向かうと、見物客が吊られた男を一目見るために、ホテルを囲うように集まっていた。現場から離れるように呼びかけている警察を捕まえ、警察手帳を見せ俺は問題のホテルの中に入って行った。テレビ局のヘリが、逆さに吊られた男をライトで照らし、撮影スタッフや報道番組のキャスターは事件を中継している。俺は三十七階のレストランに行き、この事件の関係者だと思われるウェイトレスに事情聴取をしに行った。現場に一番早く駆けつけた交番の刑事からの話だが、このホテルのオーナーである山中の息子が今晩、三十七階のレストランで彼女にプロポーズをする予定だったらしい。サプライズでケーキと手紙が彼女に送られるはずだったが、封筒の中から出てきた物は、彼女への手紙ではなく、婚約者の父の汚職をまとめた文書だったらしい。
窓越しに見える山中の顔は、テレビで見た時より十歳位老けこんでいるように見えた。山中の体には封筒が括り付けられていて、やっぱり宛先は俺宛だった。また如月の仕業だ。芸能事務所の社長の次は、政治家。汚職まみれの権力者ばかり狙った犯行。推定だが、広告代理店の不正スポンサー契約を暴露したのも、あいつの仕業だと、俺は考えている。如月は大きな権力と闘っているように見えるが、メイクアップアップアーティストや病院の院長を殺している。不正を暴くことなく、短絡的に殺すとは思えない。俺の中で如月の犯罪者像がボヤけているのはこのせいだ。如月は十五年前の脚本家殺しの真相を暴け、と言った。やはり、この事件を洗うしか奴の目的を知る術はないのだろう。脚本家夫婦には証人保護のために身分を変えられた子供がいる。明日、その子供の今の身分がわかる、今頃二十三歳くらいだろう。
ウエイトレスからの聴取では大した収穫もなく、俺は山中がパトカーに入っていくところを見届けてから帰ろうとしたところ、パパラッチの中に見覚えのある顔が混じっていることに気がついた。
「おい森田、随分と鼻が利くじゃねえか。内密にホテルに入っていく芸能人のカップルでも追っていたのか」
森田は俺の顔をパシャリと撮り、以前俺が依頼していた調査資料を、皆に見えぬように俺に手渡し、
「たまたまですよ。そんな邪推な顔をしないで、あの政治家、何かやらかしたんですかい?」と情報交換を遠回しに仄めかした。
「あの政治家な、このホテルの開店資金を水増しして、着服したんだとよ。これがあの政治家の汚職内容だよ。横領だけじゃない、違法な接待に収賄、本当に清廉潔白な政治家なんて世の中にはいないのかね」
森田は俺が手渡した資料をペラペラと一通り確認して、
「まあ、政治家なんて清濁呑み込まなきゃやってられない仕事ですからね。叩けばいくらでもボロは出てきますよ。まあ草刈さんが言えた義理じゃないですけどね」と俺を皮肉った。
「お前が言えたことでもねえだろ」
森田は俺に資料を返し、荷物をまとめて、
「俺は、写真の現像に向かわなくちゃいけないんでね。本当に最近は芸能界絡みでいい写真が撮れて、だいぶ懐も潤ってきましたよ。どうです、今度、面白い情報ならいくらでもありますよ」と言うと、酒を飲む仕草をした。
「すまんが、ここ最近忙しくてな」と俺が断ると、
「それは残念。では、また何かの機会に」と言って、群衆の間を縫って帰って行った。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。
クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。
3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。
ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。
「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる