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Scene 15-4
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ハルヨは雪が積もり真っ白になった駐車場に停めてある真っ赤なプリウスの鍵を開けた。彼女は安心して運転席に乗り込んだ。運転席に乗り込むと珍しくタバコを吸い、車内に紫煙を燻らせ始め、エンジンをかけ、フロントガラスの雪をワイパーで落とすと、車の前に現れた俺と目が合った。
「タバコなんて珍しいじゃねえか」俺は後部座席にすぐさま乗り込み、鏡越しのハルヨに拳銃を見せびらかして、彼女の体に銃口を向けた。
「裏家業の仕事を一つ終えると一本吸うことにしているの。救急車に乗っていたのは、あなたじゃなかったのね。キサラギ」
「ああ、その辺にいた救命医を脅して、俺の血まみれの白衣を着せて運転させた。皆が血まみれの白衣の方に目を奪われていたからな。俺の顔なんて覚えていなかった。よくあるだろ、銀行強盗の強盗犯に特徴的な刺青が入っていると、その刺青だけが印象に残って、顔の方はうまく覚えられないって話。普通の格好をしていれば、簡単に裏口から脱出できた」
「そう、まさか私の方が出し抜かれるとはね。で、私をどうするの、あなたが引き金を引けば、私の命はないんでしょ」
「いくつか質問に答えてもらう。由依をなんで殺した」
「あなたが暴こうとしているものを知る恐れがあったからよ」
「質問を変えよう。由依をレイプ犯から救い、計画に乗ったあんたがどうして、命令通りに由依を殺せたんだ。あんたは由依を気に入っているように見えた、女優とメイクの関係を超えるほど。あんたは由依に愛情すらあっただろう、それなのに、あんたはどうして由依を殺せたんだ」
ハルヨのタバコの吸い方はあまりになめらかだった。口にタバコを運ぶ仕草も、煙と息を吸い込むタイミングも、良い女が気取ってタバコを吸っている時のように滑らかな所作だった。彼女は俺に命を握られていたが、全く狼狽える様子はなかった。自分が不審な行動をとるか、情報を話すまで殺されない自信があるのだろう。
「少し長い話をしてもいい?」
「構わない」
「私にはね、七歳上の兄がいたの。ウチは父が早くに死んだせいで家計が苦しくて、母は水商売で私と兄を育てた。兄は早々にグレて、学はないけど腕っ節だけはあったから、すぐに地元の暴力団に入って悪さばかりしていたわ。あれは私が十二歳の頃、うだるように暑い日に綺麗なアパートの一室で、一人で学校の宿題をしていたら、インターホンが鳴ったの。訪問客は大家だった。とても人の良い大家でね、私たち兄妹によくしてくれたわ。アイスを持ってきたから、入っていい?って聞かれた。私は大家の目的なんて知らず、部屋に招き入れたの。今でも、思い出すと身の毛がよだつわ。大家の臭い汗と息、気持ち悪い生暖かい肉質。私は十二歳の頃、大家に無理やり犯されたの。あの暑い日、叫ぶことも抵抗することもできず、強引にレイプされた。行為が終わると、お前の母親や兄に、このことを言ってみろ、ただじゃおかないと言われた。家に一人でいるときは、いつも大家の言いなりになっていたわ。私の運命を変えたのはこの後、身も心もボロボロになった頃、兄が一人の女を連れてきたの。組織の殺し屋だと紹介されたわ。半ば信じられなかったけど、その人に私をレイプしたやつを殺したいから殺しの技術を教えてほしいって言ったら、簡単に引き受けてくれたわ。二年後、殺しの技術を身に付けた私は大家を殺しに行った。大家の命乞いのすえに衝撃的な事実を聞かされた。母と兄がね、家賃の肩代わりに私の体を差し出していた、と。私が死ぬほど辛い目に遭っている裏で、大家と母と兄は結託していたの。私は自殺に見せかけて大家を殺した後、兄と母も殺したわ。誰も信用できなくなった。一人で生きていくこともできない私は、組織に命じられるまま人を殺して生活していた。二十歳を過ぎた頃ね、今のメイクアップアーティストの仕事を始めたのは。成人した身寄りのない娘が仕事もせずに、一人で生きていくのは不自然だから、と表向きの仕事を私に与えてくれた。そんなことは建前で、組織は芸能界に殺し屋が必要だったの、芸能界の汚職について知り過ぎたプロデューサーや俳優を殺すために。メイクは彼らとパーソナルスペースが近い分、簡単に信用を勝ち取れるの。私はメイクの仕事をしながら、芸能関係専門の殺し屋になっていた。裏家業にどっぷり浸かり、男と寝るのが死ぬほど怖い私は普通の家庭の幸せなんて知ることになるなんて想像もしなかった。そんな私に三十手前のころ、言い寄ってくる男がいたの。今の旦那ね。テレビ局のディレクターをしている。真摯に好意を伝えてくる彼に、男の体にトラウマがあることを伝えたわ。それで終わりだと思ったら、何でか知らないけど結婚を前提に交際を申し込まれた。いずれ愛想も尽きるだろうと思っていたんだけど、そのまま交際は続いて、結婚にまで至った。完全に心を許した旦那となら、と思って何度か試しに寝ようとしてみたけど完全にダメだった。私は裸の旦那に触られただけで、発狂しそうになったわ、途中でその場で吐いたこともあった。それでも旦那は私のことを見捨てず、二人とも子供が好きだったから、養子を持とうと提案してきたの。我が子のように愛した息子はスクスク素直に育ってくれた。旦那と息子は私に日常の幸せを与えてくれた」
ハルヨは一通り話すと、一旦、黙りこくった。俺は鏡越しにハルヨを睨みつけ、「話が見えてこないが」と脅すと、
「キサラギは、自分や他人の命なんかより、大切な物ってあると思う?」とハルヨは俺に質問した。
俺は知っている、自分のことをかなぐり捨てても、守りたいもの、手に入れたいものが世の中にあることを。知っていたが、俺はハルヨの質問を否定した。
「俺にはわからないな。俺はいつだって自分が一番大事さ」
ハルヨは俯いて、そう、と言って物寂しそうにした。
「あなたならわかると思ったけど。私が由依を殺したのはね、単純に家族より由依の命の方が軽かったからよ。私はあの人に由依を殺すように命令されたの、もちろん断ったけど。要求を受け入れなければ、息子と旦那の命はないって言われたわ。もちろんあの人は本気よ。だから、彼女を殺した。計画に乗ったのも、あなたが何を企んでいるか探り、計画を潰すため。ただあなたは慎重だから、仲間の誰にも計画の全容を話さなかったし、自分が死んだ後のパターンまで用意しているようだったから、簡単に手を出せなかった」
「それじゃあ。俺はずっとあんたらに踊らされていたってわけか」
「そういうことになるわね。それで私のことはどうするの、本気で由依のことを好きだったあなたは私のことを殺したいほど憎いんじゃないの?」
「そうだな、あんたの言う通りだ。それに由依だけじゃない、あんたは、この病院にカレンまで連れてきたんだ。彼女は死ぬ必要がなかった」
「カレンを連れてきたのは、簡単よ。攫えばあなたは必ず助けに行く、と思ったから」
「俺が、助けに行かなかったら、どうするつもりだったんだ。俺はカレンなんて利用しているだけに過ぎなかったのに」
「馬鹿ね。キサラギはあの場面で必ず助けに行くわよ。あなたはそういう男。というより、どうでも良かったの、失敗しても、成功しても、私にはどちらでも良かった」
「どういうことだ?」
「あなたがカレンを助けに行かないで、仁科から手術記録を手に入れれば、あの人は後ろ盾を失い、組織は解体され、私は裏稼業から足を洗って、家族も無事解放される。カレンを助けに行ってあなたから情報を手に入れれば、あの人の要求を満たせる。それでしばらくは平穏に暮らせる。ただそれだけ。どう?まだ質問はある?」
「質問はまだある、由依のことはどう思っていた」
「由依ね。由依のことは妹のように可愛がっていたわ。素直じゃないけど、心の底はとても優しくて。普通の愛情が欲しいって点で似たようなものを感じていた。レイプ犯を密告したのも彼女を守るため。せっかくいい人に巡り会えた彼女の人生を台無しにするわけには行かなかった。加賀美陽子の名誉のために言っておくけど、あの人は吉村や映画関係者からレイプ計画を持ちかけられた時、必死に抗議したのよ。まあ、加賀美事務所もそんなに大きな事務所じゃないから、簡単に意見は揉み消されたけど。良かったわ、彼女が私と同じにならなくて」
「そこまで可愛がっていたのに、どうして彼女を殺した」
「息子と旦那の命の方が私には大事って言ったでしょ、ただそれだけ。さあ、どうするの?殺しなさいよ、あなたくらい、いい男に殺されるなら私も本望よ」
ハルヨは声高らかに、自分を殺せと俺に乞うように命令したが、俺は彼女を殺せなかった。そんな俺の判断を見抜いてか、ハルヨはバッグの中を物色し始めた。
「私を殺せないでしょ。そうなると思っていたわ。ただ、それだけが私にとっては、厄介なの。本来であれば、あなたは病院の地下で院長殺しの汚名を着せられて殺される予定だった。しかし、生き残った。私が内通者だと知っている時点で、私はあなたに利用される恐れがあると判断される。私はもう死ななければならないの。この青いカプセルがわかる」
その青いカプセルが何なのかは、俺にはすぐにわかった。ハルヨは情報を漏らさないために自死するつもりなのだ。俺が制する間も無く、彼女はカプセルを口に放り込み、躊躇せずに飲み込んだ。喉仏が上下に動くと、ハルヨの体はブルブルと震え始め、俺は毒を吐き出させようと、ハルヨの口に腕を突っ込もうとした。ハルヨは死にかけの女とは思えない凄まじい力で俺の腕を掴んで、口から血を垂らして俺に言った。
「これでいいの。あなたを始末できずに、私が生きていることがあの人に知れれば、必ず家族に被害が及ぶ。カレンと由依のことは本当に申し訳ないと思っているわ」
ハルヨは目を虚にしながらも、訴えるように俺を見つめて、最後に言い残した。
「これで私の罪が許されるって訳じゃないけど、あなたに言うわ。一ヶ月後、二月の十九日。郷田組が保有している都内の倉庫で大きな麻薬取引が行われる。詳細は私のバッグの中のメモ帳に書かれている。それをあなたは潰しなさい。その麻薬取引が潰れれば、郷田組は臓器売買なんかより大きな資金源を失う」
ハルヨは眠るように死んだ。最後に家族のことを考えていたのか、彼女の顔はとても穏やかで幸せそうだった。
その日から、俺は玉城由依、仁科院長、近衞ハルヨ殺害の凶悪犯として本格的に警察に追われるようになった。
「タバコなんて珍しいじゃねえか」俺は後部座席にすぐさま乗り込み、鏡越しのハルヨに拳銃を見せびらかして、彼女の体に銃口を向けた。
「裏家業の仕事を一つ終えると一本吸うことにしているの。救急車に乗っていたのは、あなたじゃなかったのね。キサラギ」
「ああ、その辺にいた救命医を脅して、俺の血まみれの白衣を着せて運転させた。皆が血まみれの白衣の方に目を奪われていたからな。俺の顔なんて覚えていなかった。よくあるだろ、銀行強盗の強盗犯に特徴的な刺青が入っていると、その刺青だけが印象に残って、顔の方はうまく覚えられないって話。普通の格好をしていれば、簡単に裏口から脱出できた」
「そう、まさか私の方が出し抜かれるとはね。で、私をどうするの、あなたが引き金を引けば、私の命はないんでしょ」
「いくつか質問に答えてもらう。由依をなんで殺した」
「あなたが暴こうとしているものを知る恐れがあったからよ」
「質問を変えよう。由依をレイプ犯から救い、計画に乗ったあんたがどうして、命令通りに由依を殺せたんだ。あんたは由依を気に入っているように見えた、女優とメイクの関係を超えるほど。あんたは由依に愛情すらあっただろう、それなのに、あんたはどうして由依を殺せたんだ」
ハルヨのタバコの吸い方はあまりになめらかだった。口にタバコを運ぶ仕草も、煙と息を吸い込むタイミングも、良い女が気取ってタバコを吸っている時のように滑らかな所作だった。彼女は俺に命を握られていたが、全く狼狽える様子はなかった。自分が不審な行動をとるか、情報を話すまで殺されない自信があるのだろう。
「少し長い話をしてもいい?」
「構わない」
「私にはね、七歳上の兄がいたの。ウチは父が早くに死んだせいで家計が苦しくて、母は水商売で私と兄を育てた。兄は早々にグレて、学はないけど腕っ節だけはあったから、すぐに地元の暴力団に入って悪さばかりしていたわ。あれは私が十二歳の頃、うだるように暑い日に綺麗なアパートの一室で、一人で学校の宿題をしていたら、インターホンが鳴ったの。訪問客は大家だった。とても人の良い大家でね、私たち兄妹によくしてくれたわ。アイスを持ってきたから、入っていい?って聞かれた。私は大家の目的なんて知らず、部屋に招き入れたの。今でも、思い出すと身の毛がよだつわ。大家の臭い汗と息、気持ち悪い生暖かい肉質。私は十二歳の頃、大家に無理やり犯されたの。あの暑い日、叫ぶことも抵抗することもできず、強引にレイプされた。行為が終わると、お前の母親や兄に、このことを言ってみろ、ただじゃおかないと言われた。家に一人でいるときは、いつも大家の言いなりになっていたわ。私の運命を変えたのはこの後、身も心もボロボロになった頃、兄が一人の女を連れてきたの。組織の殺し屋だと紹介されたわ。半ば信じられなかったけど、その人に私をレイプしたやつを殺したいから殺しの技術を教えてほしいって言ったら、簡単に引き受けてくれたわ。二年後、殺しの技術を身に付けた私は大家を殺しに行った。大家の命乞いのすえに衝撃的な事実を聞かされた。母と兄がね、家賃の肩代わりに私の体を差し出していた、と。私が死ぬほど辛い目に遭っている裏で、大家と母と兄は結託していたの。私は自殺に見せかけて大家を殺した後、兄と母も殺したわ。誰も信用できなくなった。一人で生きていくこともできない私は、組織に命じられるまま人を殺して生活していた。二十歳を過ぎた頃ね、今のメイクアップアーティストの仕事を始めたのは。成人した身寄りのない娘が仕事もせずに、一人で生きていくのは不自然だから、と表向きの仕事を私に与えてくれた。そんなことは建前で、組織は芸能界に殺し屋が必要だったの、芸能界の汚職について知り過ぎたプロデューサーや俳優を殺すために。メイクは彼らとパーソナルスペースが近い分、簡単に信用を勝ち取れるの。私はメイクの仕事をしながら、芸能関係専門の殺し屋になっていた。裏家業にどっぷり浸かり、男と寝るのが死ぬほど怖い私は普通の家庭の幸せなんて知ることになるなんて想像もしなかった。そんな私に三十手前のころ、言い寄ってくる男がいたの。今の旦那ね。テレビ局のディレクターをしている。真摯に好意を伝えてくる彼に、男の体にトラウマがあることを伝えたわ。それで終わりだと思ったら、何でか知らないけど結婚を前提に交際を申し込まれた。いずれ愛想も尽きるだろうと思っていたんだけど、そのまま交際は続いて、結婚にまで至った。完全に心を許した旦那となら、と思って何度か試しに寝ようとしてみたけど完全にダメだった。私は裸の旦那に触られただけで、発狂しそうになったわ、途中でその場で吐いたこともあった。それでも旦那は私のことを見捨てず、二人とも子供が好きだったから、養子を持とうと提案してきたの。我が子のように愛した息子はスクスク素直に育ってくれた。旦那と息子は私に日常の幸せを与えてくれた」
ハルヨは一通り話すと、一旦、黙りこくった。俺は鏡越しにハルヨを睨みつけ、「話が見えてこないが」と脅すと、
「キサラギは、自分や他人の命なんかより、大切な物ってあると思う?」とハルヨは俺に質問した。
俺は知っている、自分のことをかなぐり捨てても、守りたいもの、手に入れたいものが世の中にあることを。知っていたが、俺はハルヨの質問を否定した。
「俺にはわからないな。俺はいつだって自分が一番大事さ」
ハルヨは俯いて、そう、と言って物寂しそうにした。
「あなたならわかると思ったけど。私が由依を殺したのはね、単純に家族より由依の命の方が軽かったからよ。私はあの人に由依を殺すように命令されたの、もちろん断ったけど。要求を受け入れなければ、息子と旦那の命はないって言われたわ。もちろんあの人は本気よ。だから、彼女を殺した。計画に乗ったのも、あなたが何を企んでいるか探り、計画を潰すため。ただあなたは慎重だから、仲間の誰にも計画の全容を話さなかったし、自分が死んだ後のパターンまで用意しているようだったから、簡単に手を出せなかった」
「それじゃあ。俺はずっとあんたらに踊らされていたってわけか」
「そういうことになるわね。それで私のことはどうするの、本気で由依のことを好きだったあなたは私のことを殺したいほど憎いんじゃないの?」
「そうだな、あんたの言う通りだ。それに由依だけじゃない、あんたは、この病院にカレンまで連れてきたんだ。彼女は死ぬ必要がなかった」
「カレンを連れてきたのは、簡単よ。攫えばあなたは必ず助けに行く、と思ったから」
「俺が、助けに行かなかったら、どうするつもりだったんだ。俺はカレンなんて利用しているだけに過ぎなかったのに」
「馬鹿ね。キサラギはあの場面で必ず助けに行くわよ。あなたはそういう男。というより、どうでも良かったの、失敗しても、成功しても、私にはどちらでも良かった」
「どういうことだ?」
「あなたがカレンを助けに行かないで、仁科から手術記録を手に入れれば、あの人は後ろ盾を失い、組織は解体され、私は裏稼業から足を洗って、家族も無事解放される。カレンを助けに行ってあなたから情報を手に入れれば、あの人の要求を満たせる。それでしばらくは平穏に暮らせる。ただそれだけ。どう?まだ質問はある?」
「質問はまだある、由依のことはどう思っていた」
「由依ね。由依のことは妹のように可愛がっていたわ。素直じゃないけど、心の底はとても優しくて。普通の愛情が欲しいって点で似たようなものを感じていた。レイプ犯を密告したのも彼女を守るため。せっかくいい人に巡り会えた彼女の人生を台無しにするわけには行かなかった。加賀美陽子の名誉のために言っておくけど、あの人は吉村や映画関係者からレイプ計画を持ちかけられた時、必死に抗議したのよ。まあ、加賀美事務所もそんなに大きな事務所じゃないから、簡単に意見は揉み消されたけど。良かったわ、彼女が私と同じにならなくて」
「そこまで可愛がっていたのに、どうして彼女を殺した」
「息子と旦那の命の方が私には大事って言ったでしょ、ただそれだけ。さあ、どうするの?殺しなさいよ、あなたくらい、いい男に殺されるなら私も本望よ」
ハルヨは声高らかに、自分を殺せと俺に乞うように命令したが、俺は彼女を殺せなかった。そんな俺の判断を見抜いてか、ハルヨはバッグの中を物色し始めた。
「私を殺せないでしょ。そうなると思っていたわ。ただ、それだけが私にとっては、厄介なの。本来であれば、あなたは病院の地下で院長殺しの汚名を着せられて殺される予定だった。しかし、生き残った。私が内通者だと知っている時点で、私はあなたに利用される恐れがあると判断される。私はもう死ななければならないの。この青いカプセルがわかる」
その青いカプセルが何なのかは、俺にはすぐにわかった。ハルヨは情報を漏らさないために自死するつもりなのだ。俺が制する間も無く、彼女はカプセルを口に放り込み、躊躇せずに飲み込んだ。喉仏が上下に動くと、ハルヨの体はブルブルと震え始め、俺は毒を吐き出させようと、ハルヨの口に腕を突っ込もうとした。ハルヨは死にかけの女とは思えない凄まじい力で俺の腕を掴んで、口から血を垂らして俺に言った。
「これでいいの。あなたを始末できずに、私が生きていることがあの人に知れれば、必ず家族に被害が及ぶ。カレンと由依のことは本当に申し訳ないと思っているわ」
ハルヨは目を虚にしながらも、訴えるように俺を見つめて、最後に言い残した。
「これで私の罪が許されるって訳じゃないけど、あなたに言うわ。一ヶ月後、二月の十九日。郷田組が保有している都内の倉庫で大きな麻薬取引が行われる。詳細は私のバッグの中のメモ帳に書かれている。それをあなたは潰しなさい。その麻薬取引が潰れれば、郷田組は臓器売買なんかより大きな資金源を失う」
ハルヨは眠るように死んだ。最後に家族のことを考えていたのか、彼女の顔はとても穏やかで幸せそうだった。
その日から、俺は玉城由依、仁科院長、近衞ハルヨ殺害の凶悪犯として本格的に警察に追われるようになった。
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