伝えし言葉

pulun

文字の大きさ
上 下
1 / 10
1

最後の言葉

しおりを挟む
 その瞬間ゆらは潤んだ瞳をゆっくりと閉じた「みんな、、ありが、、と、ぅ」

突然深い暗闇に置き去りにされた僕たちは、ゆらの最後の言葉を決して忘れまいと誓った

僕たちはこれから、ゆらのいない人生をずっと歩まなければならない

明日ゆらから頼まれた手紙をあいつに届けなくてはいけない

ああ、どうして僕は、こんな役を引き受けてしまったのだろう。心の底からあの日の自分を憎んだ

あいつは何も知らずに笑っているのか、僕は冷静にゆらの手紙をあいつに渡すことが出来るのだろうか

不安と怒りで僕はあてもなく走り出していた

 ゆらには美しい姉が1人いる。ゆらとはまるで雰囲気が違い快活で、いつも周りには数人の取り巻きを引き連れている

一方で悪い噂もあった。そんな姉をゆらは「悪い人じゃないのよ、ただ辛い事からああやって瞳を背けているだけなの」と

僕はゆらの事がいつも不憫だった。なぜゆらだけ、、なぜ、、

気がつけば僕はあいつのいる店のある駅に着いていた

どうやってここまで来たのか、、全く記憶がない

あいつがいるのは大通りの有名な骨董屋だ。僕はゆらにこの手紙を預けられてから、あいつに渡さずに破り捨ててしまおうと、何度も何度も考えた

もしも、あいつが笑っていたら、、、そう考えると怒りで体が震えた

 店の前、ゆっくりと重い扉を開けた。来客を知らせる鈴の音が僕の緊張を押し上げていく

薄暗い店内を見渡すと、店の隅の方になんだか店とは不釣り合いな若い男が1人いる

あいつではなかった

少し歩いて奥へと進んだ。きらびやかなライトアップされた中央から若い女の子が立ってこちらを覗き込んでいる

僕は思い切って話しかけた

「こちらに樫夜木さんはいませんか?」

きょとんとした目で僕を見ている。当たり前だ。この女の子が店員なのか客なのか、それさえも僕にもわかっていない

見ず知らずの人間に突然話しかけられたらこういう反応になるのは、少しもおかしな事ではない

「ねぇ、お母さん、この人だあれ?」

そこには女の子と僕しかいないのに、女の子は誰かに話しかけている

「お母さんのお友だち?」

僕は自分で全身から血の気が引くのがわかった。顔は真っ青だろう。きっとこの子には見えている”お母さん”がここに確かにいるのだ

僕は躊躇しながら女の子に話しかけた

「お名前なんていうの?」

女の子は元気な声で答えてくれた

「かやぎ みらい!!」

樫夜木、、僕は頭を整理するために一旦その場を離れることに決めた

ぼう然とする中また鈴の音と重い扉が僕の心拍数を上げてくる





しおりを挟む

処理中です...