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第3話「子どもたちについて」
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こんなことならとっとと両替商にでも持って行けば――
というのが、依頼人の漏らした嘆きであった。銀行に行ってロランの所へ出向いて、こちらが提示した手間賃は大した額ではないにせよ時間と出費ばかりが嵩んだわけで、その思いはアンリエッタにもよくわかる。
「ああ、ああ。再発行ですか。しばしお待ちを」
商業組合、事務局、応接室。ロランがアンリエッタの紹介と用件を済ませてクーポンの話題を持ち掛けると二つ返事で手続きを始めてもらえたのだから、その思いはいや増した。無論ロランが信用され懇意にしているという所は差し引きすべきなのだろうが、それにしてもすんなりと事は進む。
おいキミ――と事務局長のマルタン氏が部下に声をかけてから、ほんのしばらく。机には四冊の帳簿が用意される。氏はその内の野太い一冊を開いていったん覗き見ると、「ふむ」と唸った。
ページを束で摘まみ、何回か過去へ遡る。事典のように幅広な帳面にはびっしりと数字が印字されていた。
「……」
記録を遡る彼の手がふと止まり、開いたページをじっと見つめる。アンリエッタも帳面を眺めたが、印や略号の書き込まれた記録簿の意味合いの全てを読み取ることはできない。たぶん、取り消し線を意味するであろう線が、幾分多いようには感じた。
再び、事務局長がページをめくる。行き過ぎたのか、今度は未来へ。
「おい、ここだ」
行き当たったページの行の一つと手に持ったクーポンの番号を指で差して確認すると、局長は隣の席、持ち込まれたクーポンの勘定をしていた部下へ声をかける。引き換え不能になっていたのはほとんど一繋がりの発券番号のもので、金額にしておよそ七〇ゲールに相当した。数字に間違いのないことを確認した部下の男はセルロイド板をページの下に敷くと、ペンと定規を手に取り、該当する番号の一群にまとめて斜線を引いた。本来引き換え済であることをチェックするであろう空欄も同様に消し込むと、空いた場所に何かの略号と合計額を縦書きする。
「すごい枚数なんですね」
じっと帳面を眺めていたアンリエッタが口にした。帳簿はやや特殊だが、簡易な書式だ。膨大な行と列の表に〇から九九九までの番号が印字されていて、数字はそこから〇〇〇を挟んでまた一に戻る。たぶんそれらは、発券番号の下三桁に当たるのだろう。帳面の上部に手書きされた数桁の数字が、恐らくは四桁目以降の番号を示しているのだと思われた。ページの終わりの番号が二巡目の五〇〇番なので、片面当たりの番号数は千五百、両面できっかり三千もの発券番号が記帳されていることになる。
事務局長は静かに、けれどもどこか得意げに笑った。
「一ゲール券は嵩張るので困りものでしてな。大人の手でようやっと掴めるこのファイル一冊で二七〇万ゲール、せいぜい四ヶ月分足らずの発券記録にしかなりません」
「に、ひゃ……」
驚愕のままに呻く。仮にアンリエッタの見込み年収を百倍しても、その額には遠く及ばない
運用開始は今から十五年ほど前であると聞いているので、現状でおよそ四十五冊、同様のファイルがある計算になる。加えてクーポンには他に五ゲール券もあるわけで、さてその規模と金額たるやといった所だった。
「確か以前お聞きした限りでは、おおよそ七割程度が一ゲール券だとか」
ロランの言葉に事務局長が頷く。残りの三割が五ゲール券なのだとすれば、ひと月当たりの発行金額は二〇〇万ゲールを優に越える。元々、中央市場の販売促進のために作られたものだと聞いているが、いくら盛況とはいえ毎月そこまでの売り上げはなかろうから、現在は本来の用途を超えて供給されている状態と見なして良いのだろう。
「こんな規模だと、維持管理の費用も相当……」
「答えづらい話を振るんじゃない」
呟きをロランが窘めてくる。ハッハッハッと、事務局長はピンとこなかったアンリエッタとは対照的に哄笑してみせた。
「製造、販売に入出管理。確かに予算と人員を割いているのは事実ですな。しかしこれも、組合員の利益のためですから……」
利益、即ち販売促進だ。実際、クーポンが購買を促す側面というのは確かにあるのだろう。例えば規約上釣り銭が出ないことは客に「あと一品」を買わせることに繋がるし、逆に釣り銭が出ればそれは純粋な店の取り分になる。銀行での交換という手間があることと、中央市場で提示されれば取引を断れないという縛りはあるものの、店主たちの実入りという意味ならそれは間違いなく利益と言える。
というのが、依頼人の漏らした嘆きであった。銀行に行ってロランの所へ出向いて、こちらが提示した手間賃は大した額ではないにせよ時間と出費ばかりが嵩んだわけで、その思いはアンリエッタにもよくわかる。
「ああ、ああ。再発行ですか。しばしお待ちを」
商業組合、事務局、応接室。ロランがアンリエッタの紹介と用件を済ませてクーポンの話題を持ち掛けると二つ返事で手続きを始めてもらえたのだから、その思いはいや増した。無論ロランが信用され懇意にしているという所は差し引きすべきなのだろうが、それにしてもすんなりと事は進む。
おいキミ――と事務局長のマルタン氏が部下に声をかけてから、ほんのしばらく。机には四冊の帳簿が用意される。氏はその内の野太い一冊を開いていったん覗き見ると、「ふむ」と唸った。
ページを束で摘まみ、何回か過去へ遡る。事典のように幅広な帳面にはびっしりと数字が印字されていた。
「……」
記録を遡る彼の手がふと止まり、開いたページをじっと見つめる。アンリエッタも帳面を眺めたが、印や略号の書き込まれた記録簿の意味合いの全てを読み取ることはできない。たぶん、取り消し線を意味するであろう線が、幾分多いようには感じた。
再び、事務局長がページをめくる。行き過ぎたのか、今度は未来へ。
「おい、ここだ」
行き当たったページの行の一つと手に持ったクーポンの番号を指で差して確認すると、局長は隣の席、持ち込まれたクーポンの勘定をしていた部下へ声をかける。引き換え不能になっていたのはほとんど一繋がりの発券番号のもので、金額にしておよそ七〇ゲールに相当した。数字に間違いのないことを確認した部下の男はセルロイド板をページの下に敷くと、ペンと定規を手に取り、該当する番号の一群にまとめて斜線を引いた。本来引き換え済であることをチェックするであろう空欄も同様に消し込むと、空いた場所に何かの略号と合計額を縦書きする。
「すごい枚数なんですね」
じっと帳面を眺めていたアンリエッタが口にした。帳簿はやや特殊だが、簡易な書式だ。膨大な行と列の表に〇から九九九までの番号が印字されていて、数字はそこから〇〇〇を挟んでまた一に戻る。たぶんそれらは、発券番号の下三桁に当たるのだろう。帳面の上部に手書きされた数桁の数字が、恐らくは四桁目以降の番号を示しているのだと思われた。ページの終わりの番号が二巡目の五〇〇番なので、片面当たりの番号数は千五百、両面できっかり三千もの発券番号が記帳されていることになる。
事務局長は静かに、けれどもどこか得意げに笑った。
「一ゲール券は嵩張るので困りものでしてな。大人の手でようやっと掴めるこのファイル一冊で二七〇万ゲール、せいぜい四ヶ月分足らずの発券記録にしかなりません」
「に、ひゃ……」
驚愕のままに呻く。仮にアンリエッタの見込み年収を百倍しても、その額には遠く及ばない
運用開始は今から十五年ほど前であると聞いているので、現状でおよそ四十五冊、同様のファイルがある計算になる。加えてクーポンには他に五ゲール券もあるわけで、さてその規模と金額たるやといった所だった。
「確か以前お聞きした限りでは、おおよそ七割程度が一ゲール券だとか」
ロランの言葉に事務局長が頷く。残りの三割が五ゲール券なのだとすれば、ひと月当たりの発行金額は二〇〇万ゲールを優に越える。元々、中央市場の販売促進のために作られたものだと聞いているが、いくら盛況とはいえ毎月そこまでの売り上げはなかろうから、現在は本来の用途を超えて供給されている状態と見なして良いのだろう。
「こんな規模だと、維持管理の費用も相当……」
「答えづらい話を振るんじゃない」
呟きをロランが窘めてくる。ハッハッハッと、事務局長はピンとこなかったアンリエッタとは対照的に哄笑してみせた。
「製造、販売に入出管理。確かに予算と人員を割いているのは事実ですな。しかしこれも、組合員の利益のためですから……」
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