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第5話「繋がりゆく共謀の輪」
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「確かに、隠れ蓑に使うのはあり得る話だ」
事務所にて。
判明した事実を話して聞かせると、ロランはこちらの見解に頷いてみせた。
「外国籍の人間の不動産登記、つまり土地の取得や使用権の獲得には別途審査がある。入国管理局に確認を取るだけだが、そこに公的な監視があってもおかしくはない。要は、こっそりと所有をするには工夫が必要ということだ」
国内の人間に取得させることが、それに当たる。
「権力の介入――つまり公的機関の臨場や軍の接収を抑制する圧力がかけられないのはデメリットだが、それで国家の監視対象から免れられるのなら、仮想敵国としてはメリットになる」
武器や人員の待機など単に場所としての利点、位置によっては機密情報の奪取や暗殺への利用、また爆発させたり火の手を上げることで、それ自体を混乱や陽動を引き起こす道具とすることもできる。もちろん賃貸契約ならより手軽で安価ではあるが、その都度無関係な人間と繋がりが生じてしまうわけで、元々協力関係にある人間が所有者となっている方が、発覚や通報のリスクを抑えられる。
「今は、フランツさんの上役経由で名義人の資産状況を探っています」
「まあそれしかなかろう。親族でもない限り、本人の同意を回避する手段はない」
対応の妥当さについて認めると、ロランは椅子の肘掛に頬杖をつき、向かいに立つアンリエッタと目を合わせた。
「で、相談というのはなんだ? 先に話して聞かせたということは、この一件に関することなんだろう?」
アンリエッタは頷いて、言う。
「先方の代理人に会いたいと考えています」
今回の案件で言えば、アンリエッタ達は買い手とも代理人とも接触していなかった。けれども売り手側である依頼人に関して言えば少なくとも仲介業者と交渉をしているわけで、口利きしてもらえば接触できる可能性はある。
「……」
元より予想がついていたのか、ロランの表情に驚いた様子はない。ただ、いかにも面倒そうに目を細めていた。
「もちろん今回の案件の処理が終わってから、ですけど」
「是非とも、そうしてくれ。……だが向こうが何もなしで会ってくれるとは限らんだろう。かえって怪しまれる可能性もある」
「はい。ですので、一つご協力をして頂きたく」
「協力?」
「ロラン所長は、マティルド市内に幾つか資産をお持ちと伺っています」
不動産取引の仲介人と面会する用件は何かと言えば、それは当然物件に関することとなる。相手が物件の売り手を探しているのであれば、こちらは商材を用意してやればいい。
ひどく唇を歪ませ、こちらを眺めるロラン。
「私が、手持ちの物件を遊ばせている人間と思うかね?」
「ご契約先に迷惑が掛かるようなら別の手立てを考えます。ですが、本当にどこにもありませんか?」
「……君には私への迷惑も考えて欲しいところだが」
椅子の背もたれに深く身を沈めた彼のことをじっと見つめて、答えを待つ。不服そうに息をついたロランが、やがて口を開いた。
「一つ、あるにはある」
「本当ですかっ? ちなみに、どちらの」
質問に、ロランは机の上を指差してみせる。小首を傾げたアンリエッタに向かって、言った。
「ここだ。この事務所であれば、他に入居者もいない」
あ、と声を上げたアンリエッタに、ロランは再びため息をついた。
数日後。
現れた仲介人はアンリエッタと顔を合わせてもまるで動じず、にこやかな表情を崩しもしなかった。
「おや? ……ああそういえば公書士と名乗っておられましたね。見たところ肩の方もすっかり良くなられたようで、いや何よりです!」
邂逅一番、面食らう他ない言葉である。邂逅と言ったが正確に言えば対面したのはこれで二度目だ。もはや二月近く前のことか、アンリエッタがマティルドまでやってきたその日に路上で揉めて、割り込んだ彼女に怪我を負わせた内の一人が、ロラン公書士事務所には訪れていた。
「……おい、肩の傷ってのはもしかして」
先に入室していたフランツの声が背後から飛ぶ。
「はい、ですが、ええと……」
「おお! そちらはロラン様でございますかっ?」
小柄の体にまん丸の頭を載せた仲介人はいかにも察したふうに顔を輝かせて、こちらの肩越しに室内を覗き込む。アンリエッタが奥に座るフランツを横目に見遣りつつ道を開けてやると、ひょこひょこと中へ足を踏み入れた。
「いやお初にお目にかかります、わたくしクポーと申します。アンリエッタ様とは以前偶然お会いしておりまして、いやはやまさに神の思し召しというべきでしょうか」
なるほどねえ、と不在の家主と間違われたフランツは呟き苦笑する。
「確かに、神様の気まぐれみたいなもんか」
ロランの椅子に腰かけていたのから立ち上がった。玄関の方へ近付いて仲介人を見下ろすと、告げる。
「こちらこそ。良いご縁を期待するぜ、ムッシュー?」
獰猛な笑顔を作ったフランツに、クポー氏はきょとんと目を瞬かせた。
事務所にて。
判明した事実を話して聞かせると、ロランはこちらの見解に頷いてみせた。
「外国籍の人間の不動産登記、つまり土地の取得や使用権の獲得には別途審査がある。入国管理局に確認を取るだけだが、そこに公的な監視があってもおかしくはない。要は、こっそりと所有をするには工夫が必要ということだ」
国内の人間に取得させることが、それに当たる。
「権力の介入――つまり公的機関の臨場や軍の接収を抑制する圧力がかけられないのはデメリットだが、それで国家の監視対象から免れられるのなら、仮想敵国としてはメリットになる」
武器や人員の待機など単に場所としての利点、位置によっては機密情報の奪取や暗殺への利用、また爆発させたり火の手を上げることで、それ自体を混乱や陽動を引き起こす道具とすることもできる。もちろん賃貸契約ならより手軽で安価ではあるが、その都度無関係な人間と繋がりが生じてしまうわけで、元々協力関係にある人間が所有者となっている方が、発覚や通報のリスクを抑えられる。
「今は、フランツさんの上役経由で名義人の資産状況を探っています」
「まあそれしかなかろう。親族でもない限り、本人の同意を回避する手段はない」
対応の妥当さについて認めると、ロランは椅子の肘掛に頬杖をつき、向かいに立つアンリエッタと目を合わせた。
「で、相談というのはなんだ? 先に話して聞かせたということは、この一件に関することなんだろう?」
アンリエッタは頷いて、言う。
「先方の代理人に会いたいと考えています」
今回の案件で言えば、アンリエッタ達は買い手とも代理人とも接触していなかった。けれども売り手側である依頼人に関して言えば少なくとも仲介業者と交渉をしているわけで、口利きしてもらえば接触できる可能性はある。
「……」
元より予想がついていたのか、ロランの表情に驚いた様子はない。ただ、いかにも面倒そうに目を細めていた。
「もちろん今回の案件の処理が終わってから、ですけど」
「是非とも、そうしてくれ。……だが向こうが何もなしで会ってくれるとは限らんだろう。かえって怪しまれる可能性もある」
「はい。ですので、一つご協力をして頂きたく」
「協力?」
「ロラン所長は、マティルド市内に幾つか資産をお持ちと伺っています」
不動産取引の仲介人と面会する用件は何かと言えば、それは当然物件に関することとなる。相手が物件の売り手を探しているのであれば、こちらは商材を用意してやればいい。
ひどく唇を歪ませ、こちらを眺めるロラン。
「私が、手持ちの物件を遊ばせている人間と思うかね?」
「ご契約先に迷惑が掛かるようなら別の手立てを考えます。ですが、本当にどこにもありませんか?」
「……君には私への迷惑も考えて欲しいところだが」
椅子の背もたれに深く身を沈めた彼のことをじっと見つめて、答えを待つ。不服そうに息をついたロランが、やがて口を開いた。
「一つ、あるにはある」
「本当ですかっ? ちなみに、どちらの」
質問に、ロランは机の上を指差してみせる。小首を傾げたアンリエッタに向かって、言った。
「ここだ。この事務所であれば、他に入居者もいない」
あ、と声を上げたアンリエッタに、ロランは再びため息をついた。
数日後。
現れた仲介人はアンリエッタと顔を合わせてもまるで動じず、にこやかな表情を崩しもしなかった。
「おや? ……ああそういえば公書士と名乗っておられましたね。見たところ肩の方もすっかり良くなられたようで、いや何よりです!」
邂逅一番、面食らう他ない言葉である。邂逅と言ったが正確に言えば対面したのはこれで二度目だ。もはや二月近く前のことか、アンリエッタがマティルドまでやってきたその日に路上で揉めて、割り込んだ彼女に怪我を負わせた内の一人が、ロラン公書士事務所には訪れていた。
「……おい、肩の傷ってのはもしかして」
先に入室していたフランツの声が背後から飛ぶ。
「はい、ですが、ええと……」
「おお! そちらはロラン様でございますかっ?」
小柄の体にまん丸の頭を載せた仲介人はいかにも察したふうに顔を輝かせて、こちらの肩越しに室内を覗き込む。アンリエッタが奥に座るフランツを横目に見遣りつつ道を開けてやると、ひょこひょこと中へ足を踏み入れた。
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「確かに、神様の気まぐれみたいなもんか」
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