いつかペンと制度の力で 〜公書士アンリエッタ〜

ktktkenji

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エピローグ「そしてペンと制度の力で」

ep-1「一室、暗躍した二人」

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「一体、どういうおつもりなんでしょうね」
 久方ぶりの対面、労い代わりに渡したカフェ・オ・レを口にしながら、フォンはそんなことを言った。
「そいつは、俺のことを言ってんのかい?」
 マティルド市内、間借りするとあるアパルトマンの一室。陽射しに満ちた二階の窓辺に立ってカップに口付ける彼女は、問い返したフランツに首を振る。
「確かに隊長に向かって言ったとしても間違いではありませんが。そちらは不思議なわけではなく呆れているだけなので、少し違います」
「へっ、そーですかい」
 そう言ってちくちくと突ついてきた言葉を跳ね除けると、フランツは腕を枕にしてベッドに転がった。
 ずっと調査を続けていたそれまでとは打って変わって、ここひと月の展開は目まぐるしいものだったが、今はようやくひと段落着いたと言えるところまで来ていた。
 ルウィヒの突き止めた手がかりを元に、あちらの人間の不法行為を検挙し研究所の解体に着手。一件の関係者の差配をはじめとした諸々の始末をフランツは執り行う。また、それとともに、先立って得ていた新たな協力者と連携し軍部開発局とハーヴェル側の工作員を誘導、兄妹の争奪戦を演出した。結果、あちらの国の仕業と偽装する形で、フォンは二人と共に市外へ脱出し、東の国境を目指しつつ十数日に渡って潜伏。以降は彼女の外見では目立つと判断し、別の人間に兄妹を任せてフランツの下へ帰還、今に至る。
 一連の作戦行動はもちろん上司の命令と許可のもと行ったもので、その主たる目的は、マティルド市内でのハーヴェルの工作を制御することと、イスタ軍部開発局の発言力を低減させることにある。だが、しかしながら、どうもその範囲内にはない意図を備えた指示も、そこには存在していた。
 兄妹とその周辺人物の処遇に関することが、それに当たる。
「前にも言ったろ、室長ボスの考えは俺にもよくわからん」
「それにしてもです。ただの田舎娘ですよ。少しばかり学があるにしても、わざわざ関わりを続ける程のものではないでしょう?」
 愚痴めいた意見はとはいえ否定するところもなく、フランツは口を挟まない。
「あの兄妹の力のことも。特に気にかけてはいないのだと思ってました」
「それは実際、そうだったと思うぞ。さほど興味がないから、あんなわけのわからん男との取引も許した」
 任せる、好きにしろ、と。報告に対する返答がその程度だったのは、こちらの判断を信用したからではなくどうでも良かったからだろう。
 オッテンバール。
 その男の存在については、アンリエッタから元々聞き及んでいた。医療器具の仲介販売を生業として、発明家を自称する十九歳の青年。家族はおらず、現在は運河沿いの物置小屋を改装したらしい家に住む。交友関係は医師や薬剤師を始めとした医療関係者が主で、他には、国内外の実業家や研究者とで書簡のやり取りをしたり、そうした伝手で知った技術や実験を、資産家や庶民相手に披露したりなどしているらしかった。行動に多少法規を逸脱する側面はあれど、敵対勢力との関係については認められない。書簡の内容の監視こそ継続しても、直接接触を試みることは、ついになかった。
 ――やあ、おチビども。
 だからフランツが彼と対面したのは、以前アンリエッタの母親が来訪したのに鉢合った際、頼まれてレームとルウィヒを外に連れ立った時が最初だ。
 ――とするともしかして、あなたがフランツって人?
 ちょうど良かった。そう不敵に笑う。取引しないかと持ちかけられる。こちらのことを知っているふうなのは何故なのかと思ったが、どうも隣にいる少女が原因らしかった。
 あちらの目的は、魔法である。ルウィヒのことを見て興味が湧いたから、これまでの研究について知りたいという。成果を根こそぎ奪うにはこちらにくみするのが得策だろうと、それで協力を持ち掛けてきたというわけだった。要望が叶うのなら、情報操作とかく乱のために働いてやっても良いと。つまりは研究所と接触し騙すための手駒になってくれるというのが、こちらにもたらされる見返りだった。
 フランツはひと言、「話にならん」と返す。
 確かにそれは、レームとルウィヒの所在をダシに使えばある程度通るであろう方策ではあった。さらに言えば、今現在の状況と辻褄を合わせられそうな一般人を工作員化できるというのは、実際利点がある。
 が、それとこの怪しげな男を味方として信用できるのかということは、全くの別問題だ。敵のスパイをやらせるなど、どうぞ背中を撃ってくださいと頼むのに相違ない。
 ――僕の素行調査なんてのは、もうとっくに終わってるものだと思ったけど。
 疑わしさをそのまま指摘してやれば、オッテンバールは見てきたようにそう言った。
 ――大体、騙し騙されなんて基本じゃないか。こっちの目的は教えてやったんだ。それでどう動くかなんてのは、そっちだって、十分推測が立つはずだろ?
 やり取りをいかにも面倒そうにしながら、オッテンバールは挑発的に首を傾けた。無駄な問答は御免だ、とでも言うみたいに。
 舌打ちを返すフランツ。
 知ったふうな口利きやがる。
 腹に募ったいけ好かなさをその一回の悪態で収めると、フランツは青年にケチを付けるのを諦め、提案を了承する。賢明だとでも言いたげに頷いて、オッテンバールは笑った。
 ――ま、使いようさ。僕は、あんたが思うほど悪い手札じゃない。
 抜かせ。
 あの時彼が付け足して来た売り文句を思い出すと、あんぐりと舌を出したくなるフランツである。
 といって働きぶりは、悪くない。
 高ぶるという程ではないくらいに驕った若者を演じて、あちらへ都合良く情報を漏らした。明確な調査対象デコイの設置はハーヴェル側の工作員の尻尾を掴むのに役立ったし、彼らを開発局の連中と鉢合わせになるよう誘い出して、あちらの国に兄弟たちが奪取されたことを偽装する助けにもなった。急進気味の開発局の顔に泥を塗ることが主目的だった上司の気まぐれで、「今後も研究対象たちと接触させろ」という要求までが通ってしまったのは少し面白くなかったが、それでも、報酬分の働きをこなしたことを認めるべきでは、あった。
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