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第一章
39話 夏の終焉
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「いったい何がどうなったのですか?!」
久しぶりに鉱山の進捗を見に行こうと馬車に乗り込んだ途端、扉が閉まるのを待ちきれず、テティが身を乗り出してきた。
「え……なにがかしら?」
戸惑って首を傾げると、テティはぷくっと頬を膨らませて言う。
「アメリア様とヴァルク様です!
明らかにおかしいですよね? ついこのあいだまでは、まるで新婚のご夫婦のように、どんなにお忙しくても一日に一度は顔を合わせておられたのに……。
今では、おふたりとも避けているように見えます!」
「そ、それはちょっと語弊があるわね……」
アメリアは言葉を選んだ。
自分は決して避けているつもりはない。
けれど、ヴァルクの方は――まるで距離を置くように、必要以上に顔を合わせないよう努めているようだった。
(……考える時間をくれているのだろう)
そう理解してはいても、胸の奥はぽっかりと空いたままだ。
「彼なりの考えがあるのよ。あっ、ねえ、それより……」
アメリアは慌てて話題を変える。
「もし私が結婚してノルディアへ行くことになったら、テティも一緒に来てくれる?」
思いがけない提案に、テティは目を見開いた。
「それは……正式にアメリア様付きの侍女に、ということでしょうか?」
「ええ。あなたとメルディ卿が真剣に交際しているなら、その方が都合がいいでしょ?」
「……」
テティは俯いたまま黙り込み、アメリアが「あ、ごめんなさい。余計なことを――」と言いかけた瞬間、彼女の頬を涙が伝った。
「ごめんなさい、アメリア様……。
私は、マリア様のおそばを離れることはできません……。
リンク様のことを素敵だと思うのも、恋をしたのも本当です。
でも……」
膝を抱え、震える声を押し殺すテティ。
アメリアは慌てて隣に移り、そっと肩に手を置いた。
「そんな、いいのよテティ。
私こそごめんなさい。
いくら素敵な方を見つけたとしても、長年仕えてきたお義姉様から離れるなんて、簡単なことじゃないわよね。
あなたがそばにいてくれたら嬉しいと思っただけで、無理にとは言ってないの。」
テティは涙を拭い、かすかに笑った――けれど、その顔は青ざめていた。
「……本当に、大丈夫?」
「はい。申し訳ありません。取り乱してしまいました。」
「私はあなたの幸せを祈っているわ。」
こくりと頷いたテティを見て、アメリアの胸に静かな感情が広がった。
(マリア様のためにここまで泣けるなんて……)
彼女の忠義が、少しだけ羨ましかった。
前世のカリナは、果たしてアメリアに――ここまで尽くせただろうか。
***
鉱山に到着すると、辺りはいつもより活気づいていた。
乾いた風に鉱石を砕く音が混じり、掛け声と笑い声が絶え間なく響いている。
馬車が止まると同時に、ひときわ大きな声が飛んできた。
「殿下!」
顔を上げると、そこにいたのはガルド・エインハルトだった。
第三部隊の隊長でもある彼が、今は採掘された鉱石を護衛する隊の指揮を任されている。
アメリアに気づくと、彼は少年のような笑みを浮かべた。
「殿下、見てください! 今朝だけでもこれだけの鉱石が出ました!」
彼の指差す先には、輝く鉱石の山が積まれていた。
光を受けて、青と銀の粒が混じり合うようにきらめいている。
「まあ……本当に、こんなに?」
アメリアは思わず息を呑んだ。
「はい! 新しく掘り進めた区画で、ようやく脈が繋がりました。
もう少し掘り進めれば、さらに純度の高い鉱脈に届くかもしれません。」
嬉しそうに語るガルドを見ながら、アメリアの胸に温かいものが広がった。
「時に殿下、もうすぐこの地を去る時が近づいておりますね。」
「ええ、そうね。帰りはエインハルト卿もご一緒出来ますか?」
「はい! と言いたいところですが、残念ながら、お帰りの時は団長と第一部隊だけになりそうです。
婚約の儀も済ませてから戻ると聞いているので、出来ればぜひ拝見したかったのですが……冬支度もあり、こちらも手が離せないので。」
「そうですか……。私が来てしまったことで皆様には面倒をかけますね。」
「何をおっしゃいますか! あなたがいなければ、山崩れで作業員は生き埋めになり、工事は頓挫していたでしょう。
こうして鉱山を掘ることができているのは、すべて殿下のおかげです。まさに救世主ですよ!」
(そこまで言われると、申し訳ない気もするけど……)
未来を知っていたからこそできたこと――そう思うと少し居心地が悪い。
それでも、誰も怪我をしなかっただけでも、ここへ来たかいがあった。
アメリアは、後ろめたさを隠すように笑みを作った。
***
そう、もうこの地を離れなければならない。
美しい新緑の夏は終わり、まもなく極寒の冬がやって来る。
息をすれば喉が凍るような、あの長い夜を思い出し、アメリアは思わず身を震わせた。
次にこの地を訪れるのは――おそらく三年後。
ヴァルクと正式に結婚した後になるだろう。
城の背にそびえ立つエルレイム山を見つめながら、アメリアは未来を想像した。
三年後、彼と共にこの地へ戻って来るのは、果たして“今の自分”なのだろうか。
その問いが胸の奥で静かに波紋を広げる。
この地で生きる未来を思い描くたびに、頭に浮かぶのは――美しい王女の姿。
不意に、ヴァルクが言った言葉が脳裏をよぎる。
『もし――あなたがこの先、他の誰かを愛し、私の元を去ると考えたら……正気でいられる自信がない。』
その言葉は嬉しさと同時に、鏡のように自分の心を映し出した。
(私も――同じなのだ。)
アメリア王女がヴァルクと生きる未来を、心のどこかで拒んでいる。
彼女がヴァルクを受け入れられないのではと考えるのは、言い訳でしかない。
誰よりも私自身が、ヴァルクが“他の誰か”と生きていくことに耐えられないのだ。
――アメリア王女と国のために与えられた人生なのに。
唇を噛みしめ、もう一度、エルレイム山を見つめた。
――これが最後になるかもしれない。
どんな答えでも、彼は受け入れてくれる。
だからこそ――逃げずに王都に戻ったら、ヴァルクに伝えよう。
この地で生きた過去も、そして今も、その山と光景と共に心に刻みつけた。
第一章 完
久しぶりに鉱山の進捗を見に行こうと馬車に乗り込んだ途端、扉が閉まるのを待ちきれず、テティが身を乗り出してきた。
「え……なにがかしら?」
戸惑って首を傾げると、テティはぷくっと頬を膨らませて言う。
「アメリア様とヴァルク様です!
明らかにおかしいですよね? ついこのあいだまでは、まるで新婚のご夫婦のように、どんなにお忙しくても一日に一度は顔を合わせておられたのに……。
今では、おふたりとも避けているように見えます!」
「そ、それはちょっと語弊があるわね……」
アメリアは言葉を選んだ。
自分は決して避けているつもりはない。
けれど、ヴァルクの方は――まるで距離を置くように、必要以上に顔を合わせないよう努めているようだった。
(……考える時間をくれているのだろう)
そう理解してはいても、胸の奥はぽっかりと空いたままだ。
「彼なりの考えがあるのよ。あっ、ねえ、それより……」
アメリアは慌てて話題を変える。
「もし私が結婚してノルディアへ行くことになったら、テティも一緒に来てくれる?」
思いがけない提案に、テティは目を見開いた。
「それは……正式にアメリア様付きの侍女に、ということでしょうか?」
「ええ。あなたとメルディ卿が真剣に交際しているなら、その方が都合がいいでしょ?」
「……」
テティは俯いたまま黙り込み、アメリアが「あ、ごめんなさい。余計なことを――」と言いかけた瞬間、彼女の頬を涙が伝った。
「ごめんなさい、アメリア様……。
私は、マリア様のおそばを離れることはできません……。
リンク様のことを素敵だと思うのも、恋をしたのも本当です。
でも……」
膝を抱え、震える声を押し殺すテティ。
アメリアは慌てて隣に移り、そっと肩に手を置いた。
「そんな、いいのよテティ。
私こそごめんなさい。
いくら素敵な方を見つけたとしても、長年仕えてきたお義姉様から離れるなんて、簡単なことじゃないわよね。
あなたがそばにいてくれたら嬉しいと思っただけで、無理にとは言ってないの。」
テティは涙を拭い、かすかに笑った――けれど、その顔は青ざめていた。
「……本当に、大丈夫?」
「はい。申し訳ありません。取り乱してしまいました。」
「私はあなたの幸せを祈っているわ。」
こくりと頷いたテティを見て、アメリアの胸に静かな感情が広がった。
(マリア様のためにここまで泣けるなんて……)
彼女の忠義が、少しだけ羨ましかった。
前世のカリナは、果たしてアメリアに――ここまで尽くせただろうか。
***
鉱山に到着すると、辺りはいつもより活気づいていた。
乾いた風に鉱石を砕く音が混じり、掛け声と笑い声が絶え間なく響いている。
馬車が止まると同時に、ひときわ大きな声が飛んできた。
「殿下!」
顔を上げると、そこにいたのはガルド・エインハルトだった。
第三部隊の隊長でもある彼が、今は採掘された鉱石を護衛する隊の指揮を任されている。
アメリアに気づくと、彼は少年のような笑みを浮かべた。
「殿下、見てください! 今朝だけでもこれだけの鉱石が出ました!」
彼の指差す先には、輝く鉱石の山が積まれていた。
光を受けて、青と銀の粒が混じり合うようにきらめいている。
「まあ……本当に、こんなに?」
アメリアは思わず息を呑んだ。
「はい! 新しく掘り進めた区画で、ようやく脈が繋がりました。
もう少し掘り進めれば、さらに純度の高い鉱脈に届くかもしれません。」
嬉しそうに語るガルドを見ながら、アメリアの胸に温かいものが広がった。
「時に殿下、もうすぐこの地を去る時が近づいておりますね。」
「ええ、そうね。帰りはエインハルト卿もご一緒出来ますか?」
「はい! と言いたいところですが、残念ながら、お帰りの時は団長と第一部隊だけになりそうです。
婚約の儀も済ませてから戻ると聞いているので、出来ればぜひ拝見したかったのですが……冬支度もあり、こちらも手が離せないので。」
「そうですか……。私が来てしまったことで皆様には面倒をかけますね。」
「何をおっしゃいますか! あなたがいなければ、山崩れで作業員は生き埋めになり、工事は頓挫していたでしょう。
こうして鉱山を掘ることができているのは、すべて殿下のおかげです。まさに救世主ですよ!」
(そこまで言われると、申し訳ない気もするけど……)
未来を知っていたからこそできたこと――そう思うと少し居心地が悪い。
それでも、誰も怪我をしなかっただけでも、ここへ来たかいがあった。
アメリアは、後ろめたさを隠すように笑みを作った。
***
そう、もうこの地を離れなければならない。
美しい新緑の夏は終わり、まもなく極寒の冬がやって来る。
息をすれば喉が凍るような、あの長い夜を思い出し、アメリアは思わず身を震わせた。
次にこの地を訪れるのは――おそらく三年後。
ヴァルクと正式に結婚した後になるだろう。
城の背にそびえ立つエルレイム山を見つめながら、アメリアは未来を想像した。
三年後、彼と共にこの地へ戻って来るのは、果たして“今の自分”なのだろうか。
その問いが胸の奥で静かに波紋を広げる。
この地で生きる未来を思い描くたびに、頭に浮かぶのは――美しい王女の姿。
不意に、ヴァルクが言った言葉が脳裏をよぎる。
『もし――あなたがこの先、他の誰かを愛し、私の元を去ると考えたら……正気でいられる自信がない。』
その言葉は嬉しさと同時に、鏡のように自分の心を映し出した。
(私も――同じなのだ。)
アメリア王女がヴァルクと生きる未来を、心のどこかで拒んでいる。
彼女がヴァルクを受け入れられないのではと考えるのは、言い訳でしかない。
誰よりも私自身が、ヴァルクが“他の誰か”と生きていくことに耐えられないのだ。
――アメリア王女と国のために与えられた人生なのに。
唇を噛みしめ、もう一度、エルレイム山を見つめた。
――これが最後になるかもしれない。
どんな答えでも、彼は受け入れてくれる。
だからこそ――逃げずに王都に戻ったら、ヴァルクに伝えよう。
この地で生きた過去も、そして今も、その山と光景と共に心に刻みつけた。
第一章 完
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(追記2018.07.24)
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