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第二章
3話 過去を辿る灯
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「やっぱり、もう一度思い出さないとダメね……!」
すっかり夜も更けた頃、アメリアは書斎に籠った。
蝋燭の炎が小さく揺れ、影が壁に滲む。
彼女は机の前に座り直し、深く息を吐いた。
なぜ――あの時、人々は王都を捨てて逃げねばならなかったのか。
その原因を突き止めることが、いまの未来を守る手がかりになるはずだ。
城が落ち、王都が炎に包まれた夜。
誰も真実を知らなかった。
人々は逃げ惑い、生き延びることしかできなかった。
遠く離れたノルディアへ辿り着いたとき、王家が滅んだという事実だけが突きつけられた。
――だが、本当にそうだったのか?
「城で……何が起きたのかしら。」
アメリアはそっと目を閉じた。
次の瞬間、まぶたの裏に柔らかな陽光と懐かしい声が浮かぶ。
空気の匂いも、風の温もりも――確かにそこにあった。
――あれは、長女が生まれた頃。
まだ王都で暮らしていたときのことだ。
⸻
「はぁぁ……可愛いっ! 産まれたばかりの子どもって、こんなに可愛いのねぇ!」
侍女仲間だったシーリーンが祝いの品を抱え、揺り籠の中の娘を見つめてため息を漏らした。
「ふふ、可愛いでしょう? 夜は怪獣みたいに泣いて大変だけどね。」
家事に追われながらも、どこか幸せそうに微笑む若き母――
カリナだった頃の記憶が、アメリアの頭の中で再生されていた。
王宮を離れてからの年月が、その表情を少し柔らかくしたのか。
穏やかに、幸福に満ちた日々の記憶だった。
「いいじゃない! カリナがお暇を言い渡された時は同情したけど、結果的には良かったのかもねぇ。
私なんて……第一王子様の宮に仕えることになったのはいいけど、お給料は上がらないし、縁談なんて誰も声をかけてくれないのよ。」
シーリーンは昔から恋多き女だった。
王宮に出入りする貴族や騎士たちの噂の的。
だが、華やかな頃も長くは続かない。
彼女の笑みの奥には、かすかな焦りが滲んでいた。
「最近は、良い方はいないの?」
「……実はね、庭師のワトソンを覚えてる?」
「ええ、もちろん。アメリア様の温室も、彼がいつも丁寧に世話してくれてたわ。」
「その彼から、一緒に故郷へ帰らないかって言われたの。」
頬を染めながら、シーリーンは小さく笑った。
「えっ、ワトソンってあなたのこと好きだったの!?」
「うーん、あなたがいた頃はどうかしら?
見た目が地味で、女も知らなそうだったから、全然興味なかったのよね……」
「酷いこと言うわね。」
カリナが苦笑しながらたしなめると、シーリーンは肩をすくめた。
「でもね、そういう人の方がいいのかもしれない。
駆け引きや嫉妬で心を乱されることもないし……
それに――王宮も、いつまでも安全とは言えないかもしれない。」
「……それって、どういう意味?」
シーリーンは声を潜めた。
「アメリア王女のことよ。まったく公の場に姿を見せないまま、もう何年?
結婚して四年も経つのに、孫の話も聞かないじゃない。
噂では、王が密偵をユーラシアへ送ったそうなの。
もし本当なら、もうすぐ姫様の近況がわかるかもしれない……
みんな、監禁されているんじゃないかって言ってるの。」
「そんな……! アレクサンダー王子は、あんなに優しく姫様に接しておられたのに……」
「全部、演技だったのかもね。
とにかく、その密偵が戻ったら姫様を救い出すための精鋭隊が送られるって噂よ。
そうなれば――同盟も終わりね。」
その言葉が落ちた瞬間、娘が大きな泣き声をあげた。
「それに……ダリオン王子夫妻には子どもがなかなか出来ないし、カリオン王子も結婚しないままで……後継問題もどうなることやら。」
「あら、でもダリオン様たちの仲の良さは王宮でも評判だったわ。
カリオン様も……いずれ良き方を迎えるはず。第一王子殿下ですもの、色々とお考えがあるのよ。」
そう言うと、シーリーンは何も返さなかった。
娘の泣き声だけが、静まり返った部屋に響いた。
やがて、温もりに包まれた娘は再び眠りにつく。
シンとした静けさが広がり、遠くで風が窓を叩く音がした。
――あのあと、他愛もない話をして、シーリーンは帰っていった。
彼女は幸運にも、アメリア王女の訃報が届く前に庭師と結婚し、別の街へ移ったのだ。
たしか南の方、港に近い街だっただろうか。
前の人生では、彼女を見送って以来、一度も会うことはなかった。
王家が滅んだ後、ロキアでは領地を捨てる貴族も少なくなかったが――
シーリーンは、無事に生き延びられただろうか。
もしかして、今のシーリーンに会えれば、何か思い出すきっかけになるかもしれない。
あの頃、姫様の近況を確かめようと、彼女に何度も手紙を書いていた。
もう一度、話してみることで――奥底に沈んだ記憶が、少しでも浮かび上がるかもしれない。
すっかり夜も更けた頃、アメリアは書斎に籠った。
蝋燭の炎が小さく揺れ、影が壁に滲む。
彼女は机の前に座り直し、深く息を吐いた。
なぜ――あの時、人々は王都を捨てて逃げねばならなかったのか。
その原因を突き止めることが、いまの未来を守る手がかりになるはずだ。
城が落ち、王都が炎に包まれた夜。
誰も真実を知らなかった。
人々は逃げ惑い、生き延びることしかできなかった。
遠く離れたノルディアへ辿り着いたとき、王家が滅んだという事実だけが突きつけられた。
――だが、本当にそうだったのか?
「城で……何が起きたのかしら。」
アメリアはそっと目を閉じた。
次の瞬間、まぶたの裏に柔らかな陽光と懐かしい声が浮かぶ。
空気の匂いも、風の温もりも――確かにそこにあった。
――あれは、長女が生まれた頃。
まだ王都で暮らしていたときのことだ。
⸻
「はぁぁ……可愛いっ! 産まれたばかりの子どもって、こんなに可愛いのねぇ!」
侍女仲間だったシーリーンが祝いの品を抱え、揺り籠の中の娘を見つめてため息を漏らした。
「ふふ、可愛いでしょう? 夜は怪獣みたいに泣いて大変だけどね。」
家事に追われながらも、どこか幸せそうに微笑む若き母――
カリナだった頃の記憶が、アメリアの頭の中で再生されていた。
王宮を離れてからの年月が、その表情を少し柔らかくしたのか。
穏やかに、幸福に満ちた日々の記憶だった。
「いいじゃない! カリナがお暇を言い渡された時は同情したけど、結果的には良かったのかもねぇ。
私なんて……第一王子様の宮に仕えることになったのはいいけど、お給料は上がらないし、縁談なんて誰も声をかけてくれないのよ。」
シーリーンは昔から恋多き女だった。
王宮に出入りする貴族や騎士たちの噂の的。
だが、華やかな頃も長くは続かない。
彼女の笑みの奥には、かすかな焦りが滲んでいた。
「最近は、良い方はいないの?」
「……実はね、庭師のワトソンを覚えてる?」
「ええ、もちろん。アメリア様の温室も、彼がいつも丁寧に世話してくれてたわ。」
「その彼から、一緒に故郷へ帰らないかって言われたの。」
頬を染めながら、シーリーンは小さく笑った。
「えっ、ワトソンってあなたのこと好きだったの!?」
「うーん、あなたがいた頃はどうかしら?
見た目が地味で、女も知らなそうだったから、全然興味なかったのよね……」
「酷いこと言うわね。」
カリナが苦笑しながらたしなめると、シーリーンは肩をすくめた。
「でもね、そういう人の方がいいのかもしれない。
駆け引きや嫉妬で心を乱されることもないし……
それに――王宮も、いつまでも安全とは言えないかもしれない。」
「……それって、どういう意味?」
シーリーンは声を潜めた。
「アメリア王女のことよ。まったく公の場に姿を見せないまま、もう何年?
結婚して四年も経つのに、孫の話も聞かないじゃない。
噂では、王が密偵をユーラシアへ送ったそうなの。
もし本当なら、もうすぐ姫様の近況がわかるかもしれない……
みんな、監禁されているんじゃないかって言ってるの。」
「そんな……! アレクサンダー王子は、あんなに優しく姫様に接しておられたのに……」
「全部、演技だったのかもね。
とにかく、その密偵が戻ったら姫様を救い出すための精鋭隊が送られるって噂よ。
そうなれば――同盟も終わりね。」
その言葉が落ちた瞬間、娘が大きな泣き声をあげた。
「それに……ダリオン王子夫妻には子どもがなかなか出来ないし、カリオン王子も結婚しないままで……後継問題もどうなることやら。」
「あら、でもダリオン様たちの仲の良さは王宮でも評判だったわ。
カリオン様も……いずれ良き方を迎えるはず。第一王子殿下ですもの、色々とお考えがあるのよ。」
そう言うと、シーリーンは何も返さなかった。
娘の泣き声だけが、静まり返った部屋に響いた。
やがて、温もりに包まれた娘は再び眠りにつく。
シンとした静けさが広がり、遠くで風が窓を叩く音がした。
――あのあと、他愛もない話をして、シーリーンは帰っていった。
彼女は幸運にも、アメリア王女の訃報が届く前に庭師と結婚し、別の街へ移ったのだ。
たしか南の方、港に近い街だっただろうか。
前の人生では、彼女を見送って以来、一度も会うことはなかった。
王家が滅んだ後、ロキアでは領地を捨てる貴族も少なくなかったが――
シーリーンは、無事に生き延びられただろうか。
もしかして、今のシーリーンに会えれば、何か思い出すきっかけになるかもしれない。
あの頃、姫様の近況を確かめようと、彼女に何度も手紙を書いていた。
もう一度、話してみることで――奥底に沈んだ記憶が、少しでも浮かび上がるかもしれない。
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