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第二章
6話 狂気に囚われて
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「可哀想に……こんな姿にされて。」
ギシ……ギシ……と軋む音に合わせて、声の主が近づいてくる。
この声――聞き覚えがある。
まさか、そんなはずはない。なぜ、この男がここに――。
ひもが解かれ、身体を覆っていた布がゆっくりと剥がされていく。
自由になった瞬間、アメリアは反射的に身を起こし、男と距離を取った。
薄暗い中に立っていたのは、見覚えのある整った顔立ち。
蛇のような目をした男――アレクサンダー王子だった。
「やあ、起きていたんだね。アメリア。」
「……アレクサンダー王子……」
「そんな薄着では寒いだろう。こんなものしかないが、羽織っておきなさい。」
淡々とした口調で上着を差し出すその様子は、まるでここが監禁された馬車の中ではなく、王宮の一室ででもあるかのようだった。
アメリアはその手を見つめ、震える声で問う。
「なぜ……こんなことを。
あなたが関わっているの? テティを――どこへ連れていったの?」
「テティ? ああ、あの侍女のこと?
さあ……君を連れてきた男たちが、どこかに置いてきたんじゃないかな。
殺されるかもしれないけど……」
穏やかな口調のまま、王子は微笑を浮かべた。
その笑みは冷たく、血の気を感じさせなかった。
「そんな……どうして……あなたは――
ユーラシアとロキアの同盟を壊すつもりなのですか?」
問いかけに、彼の口元がわずかに歪む。
暗闇の中で歯だけが青白く浮かび上がり、薄気味悪さを増した。
「同盟? そんなもの、どうでもいい。」
彼は一歩、アメリアへと歩み寄る。
「僕とあなたは――結ばれるべき運命なのです。」
その声には、優しさと狂気が入り混じっていた。
アメリアの背筋を、凍りつくような恐怖が走る。
木製の荷台には、外へ出られないように頑丈な戸が取り付けられている。
木の隙間から漏れるオレンジの光が、夜明けの近いことを告げていた。
床にも小さな隙間があり、そこから冷たい風が吹き上げてくる。
アメリアは立ち上がり、壁際の腰掛けにそっと座り直した。
逃げ場がないと悟ったのだと気づいたアレクサンダーは、満足げに微笑み、彼女の正面に腰を下ろす。
「私をどこへ連れて行くつもりですか?
ユーラシアですか? そこまで誰にも見つからずに逃げ切れるとでも?」
「ふふ……落ち着いてよ、アメリア。
ちゃんと話すから。」
男がニヤニヤと笑う姿に、アメリアは奥歯を噛みしめる。
そして、手を背後に回し――長い髪を少しずつ、静かに抜き取った。
「これから行くのは港だよ。そこから――僕たちの島へ行くんだ。
誰にも邪魔されない、二人だけの場所へ。」
「……島?」
「ああ。陸路の国境を越えるのは、リスクが高すぎるからね。」
たしかに、ユーラシアとの国境を陸路で越えようとすれば半月はかかる。
人目を避ける道を通れば、その倍だ。
だが一番近い港までなら三日あれば着く――。逃げる隙を見つけるには、あまりにも短い。
「あなたは……そこまでして私と結婚したかったのですか?」
「結婚? そんなものはどうでもいい。」
アレクサンダーは薄く笑う。
「君と初めて出会ったときから、僕は決めていたんだ。
君を――ずっと僕のそばに置く、と。」
「……そばに、置く……?」
「ああ。何から話そうか……。
こうして君と、心のままに言葉を交わせる日が来るなんて……本当に幸せだ。」
くっくっくっ……と、喉の奥で笑う王子。
その間にもアメリアは、抜き取った髪を少しずつ荷台の隙間から外へ落としていく。
恐怖に飲み込まれそうになりながらも、かすかな希望に縋るように――。
アメリアはただ、冷静さを失わぬよう必死に自分を制していた。
アレクサンダーは、うっとりとした目でアメリアを見つめながら言った。
「覚えているかい? 僕が君の婚約者候補になった日のことを。
あの日、初めて見た君の美しさを……僕は忘れたことがない。」
静かに語りながら、彼はゆっくりと微笑んだ。
その目に宿るのは愛情ではなく、獲物を見つめる捕食者の光だった。
「だけど……少し太ってしまったね。」
アメリアの顔が引きつる。
「僕はね、君の“骨”が好きなんだ。
肉なんて、いらないよ。」
さらりと告げる口調が、かえって不気味だった。
アメリアの背筋に、氷のような冷たさが走る。
「君との生活のために、ずっと研究していたんだ。
どれだけ食事を減らしたら、人は生きていけるのか――。
何人も、試したよ。命を落とした者もいたけれど……君では失敗しないように気をつけるよ。」
アレクサンダーの口元に、満足げな笑みが浮かぶ。
彼にとって“命”という言葉は、もはや重みを失っていた。
その瞬間、脳裏に前世の最後で現れたアメリア王女の姿が浮かんだ。
――皮と骨だけになった王女。あれは、夫に閉じ込められ餓死したからだったのだ。
この男は、美しい王女の姿も命も奪った“狂気”そのもの。
(……どれほど、恐ろしい思いをしたの……?)
(結婚して、五年。
その間ずっと――人形のように扱われ、まともに食事して生きることすら許されなかったというの…)
アメリアは、全身を震わせた。
恐怖と怒りが入り混じり、胸の奥が焼けるように熱くなる。
涙で滲む視界の中、アレクサンダーを睨みつけ、震える唇で吐き捨てた。
「――絶対に…あなたを許さない。」
ギシ……ギシ……と軋む音に合わせて、声の主が近づいてくる。
この声――聞き覚えがある。
まさか、そんなはずはない。なぜ、この男がここに――。
ひもが解かれ、身体を覆っていた布がゆっくりと剥がされていく。
自由になった瞬間、アメリアは反射的に身を起こし、男と距離を取った。
薄暗い中に立っていたのは、見覚えのある整った顔立ち。
蛇のような目をした男――アレクサンダー王子だった。
「やあ、起きていたんだね。アメリア。」
「……アレクサンダー王子……」
「そんな薄着では寒いだろう。こんなものしかないが、羽織っておきなさい。」
淡々とした口調で上着を差し出すその様子は、まるでここが監禁された馬車の中ではなく、王宮の一室ででもあるかのようだった。
アメリアはその手を見つめ、震える声で問う。
「なぜ……こんなことを。
あなたが関わっているの? テティを――どこへ連れていったの?」
「テティ? ああ、あの侍女のこと?
さあ……君を連れてきた男たちが、どこかに置いてきたんじゃないかな。
殺されるかもしれないけど……」
穏やかな口調のまま、王子は微笑を浮かべた。
その笑みは冷たく、血の気を感じさせなかった。
「そんな……どうして……あなたは――
ユーラシアとロキアの同盟を壊すつもりなのですか?」
問いかけに、彼の口元がわずかに歪む。
暗闇の中で歯だけが青白く浮かび上がり、薄気味悪さを増した。
「同盟? そんなもの、どうでもいい。」
彼は一歩、アメリアへと歩み寄る。
「僕とあなたは――結ばれるべき運命なのです。」
その声には、優しさと狂気が入り混じっていた。
アメリアの背筋を、凍りつくような恐怖が走る。
木製の荷台には、外へ出られないように頑丈な戸が取り付けられている。
木の隙間から漏れるオレンジの光が、夜明けの近いことを告げていた。
床にも小さな隙間があり、そこから冷たい風が吹き上げてくる。
アメリアは立ち上がり、壁際の腰掛けにそっと座り直した。
逃げ場がないと悟ったのだと気づいたアレクサンダーは、満足げに微笑み、彼女の正面に腰を下ろす。
「私をどこへ連れて行くつもりですか?
ユーラシアですか? そこまで誰にも見つからずに逃げ切れるとでも?」
「ふふ……落ち着いてよ、アメリア。
ちゃんと話すから。」
男がニヤニヤと笑う姿に、アメリアは奥歯を噛みしめる。
そして、手を背後に回し――長い髪を少しずつ、静かに抜き取った。
「これから行くのは港だよ。そこから――僕たちの島へ行くんだ。
誰にも邪魔されない、二人だけの場所へ。」
「……島?」
「ああ。陸路の国境を越えるのは、リスクが高すぎるからね。」
たしかに、ユーラシアとの国境を陸路で越えようとすれば半月はかかる。
人目を避ける道を通れば、その倍だ。
だが一番近い港までなら三日あれば着く――。逃げる隙を見つけるには、あまりにも短い。
「あなたは……そこまでして私と結婚したかったのですか?」
「結婚? そんなものはどうでもいい。」
アレクサンダーは薄く笑う。
「君と初めて出会ったときから、僕は決めていたんだ。
君を――ずっと僕のそばに置く、と。」
「……そばに、置く……?」
「ああ。何から話そうか……。
こうして君と、心のままに言葉を交わせる日が来るなんて……本当に幸せだ。」
くっくっくっ……と、喉の奥で笑う王子。
その間にもアメリアは、抜き取った髪を少しずつ荷台の隙間から外へ落としていく。
恐怖に飲み込まれそうになりながらも、かすかな希望に縋るように――。
アメリアはただ、冷静さを失わぬよう必死に自分を制していた。
アレクサンダーは、うっとりとした目でアメリアを見つめながら言った。
「覚えているかい? 僕が君の婚約者候補になった日のことを。
あの日、初めて見た君の美しさを……僕は忘れたことがない。」
静かに語りながら、彼はゆっくりと微笑んだ。
その目に宿るのは愛情ではなく、獲物を見つめる捕食者の光だった。
「だけど……少し太ってしまったね。」
アメリアの顔が引きつる。
「僕はね、君の“骨”が好きなんだ。
肉なんて、いらないよ。」
さらりと告げる口調が、かえって不気味だった。
アメリアの背筋に、氷のような冷たさが走る。
「君との生活のために、ずっと研究していたんだ。
どれだけ食事を減らしたら、人は生きていけるのか――。
何人も、試したよ。命を落とした者もいたけれど……君では失敗しないように気をつけるよ。」
アレクサンダーの口元に、満足げな笑みが浮かぶ。
彼にとって“命”という言葉は、もはや重みを失っていた。
その瞬間、脳裏に前世の最後で現れたアメリア王女の姿が浮かんだ。
――皮と骨だけになった王女。あれは、夫に閉じ込められ餓死したからだったのだ。
この男は、美しい王女の姿も命も奪った“狂気”そのもの。
(……どれほど、恐ろしい思いをしたの……?)
(結婚して、五年。
その間ずっと――人形のように扱われ、まともに食事して生きることすら許されなかったというの…)
アメリアは、全身を震わせた。
恐怖と怒りが入り混じり、胸の奥が焼けるように熱くなる。
涙で滲む視界の中、アレクサンダーを睨みつけ、震える唇で吐き捨てた。
「――絶対に…あなたを許さない。」
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