49 / 117
第二章
8話 逃亡の果て
しおりを挟む
「はあ……はあ……」
息遣いだけが、森の中に響いていた。
昼のはずなのに、木々が鬱蒼と生い茂り、光はほとんど差し込まない。
背中に剣を突きつけられ、ただひたすら歩かされる。
もうどれほど歩いたのかも分からない。
アレクサンダーの息は荒く、足取りはふらついていた。
だがそれでも、狂気のような執念だけで前に進んでいる。
馬車の中で靴を失い、裸足の足裏は石と枝で裂けていた。
血の跡が後ろへ続く。
それでも止まれば、すぐに剣が背に押し付けられる。
「もう……やめましょう。このままじゃ港になんて辿り着けないわ。
あなたの従者も殺されたじゃない……他にも仲間がいるの……王宮から私を誘拐した協力者みたいに」
「……協力者? ああ、そうだね。
この国は、君が思っているより馬鹿が多い。
おかげで――君をこの手にできた。」
「…ユーラシアはこんなこと、承知しているの? またロキアと戦うつもりなの?」
「ふっ、まさか。僕はもう、国から見放されている。
唯一の価値は“王女の婚約者”だった。それも奪われた。
――もう、帰る場所なんてないんだよ。」
朦朧とする中、アメリアは思考を巡らせる。
(やっぱり……協力者は王宮の中にいる。
彼が従者を二人しか連れていなかったのも……まともな部下がいないんだわ。
最初から、この男は“国”も捨て、“私”だけを連れて逃げるつもりだったんだ……)
「それで……どうするつもりなの?」
木々の切れ間から陽が差した。
森を見下ろせる小高い丘に出ると、アメリアはその場に崩れ落ちた。
遥か遠く、霞む地平線の先に港の白い帆が見えた。
だが――とても歩ける距離ではない。
もう、足は動かない。体中が痛みで軋んでいた。
(こんなところで……死ぬわけにはいかないのに……)
アメリア王女に託された「国を救う」という使命。
それよりも、今は“生き延びる”ことさえ危うい。
――十年先の死を知っていたから、未来を変えたと思っていたのに。
むしろ、自分が引き寄せてしまったのかもしれない。
“アメリアの死”を。
この男の狂気を甘く見ていたのだ。
アレクサンダーは崖際に立ち、あたりを見渡した。
「……あいつらも追ってきてなさそうだな。
ねえ、アメリア――ここで一緒に死のうか?」
「は……?」
思わず顔を上げる。
彼の声は穏やかで、まるで恋人に語りかけるようだった。
「僕はずっと不思議だったんだ……君がヴァルクを選んだことが。」
(今さら何を……?)
アレクサンダーは遠くを見つめながら、ぽつりと続けた。
「ねえ……君は、本当にアメリア・ド・ロキアなのかい?」
ドクン――心臓が大きく跳ねた。
「僕らの関係は……悪くなかったと思っていた。
なのに、婚約者を選んだ時、君は僕をまるで知らない人みたいに拒んだ。
その後に再会した時もそうだ。あの目……まるで“別人”を見るようだった。
以前の君なら、そんな表情はしなかった。」
ゆっくりと、彼がこちらを振り返る。
その瞳は、まるで底の見えない湖のように揺れていた。
「……誰なんだい? 君は、僕の知っている“アメリア”じゃない。」
アメリアは息を呑む。
頭の中が真っ白になった。
誰も気付かなかったことを言い当てたのがこの男だとは…それでもそれを認めるわけにはいかない。
アメリアは唇を噛み、睨みつけた。
アレクサンダーの口元が、ぞっとするほど優しく歪む。
「でもいいよ。どんな君でも構わない。
“今の君”を、僕が手に入れられるなら――」
「こっちは嫌!!
いいかげんにして!!
私にはやるべきことがあるのよ!!」
絶対にこいつを殺さないと。
人生で初めて、人を殺す決意をした。
アレクサンダーの手にある剣をどうしたら奪えるのか、頭を回転させる。
「アメリア、大丈夫。僕と一緒に旅立とう?」
「近づかないで……!
私は――ヴァルクと生きるの!!」
アレクサンダーの瞳に怒りが浮かび上がった瞬間、
狼の遠吠えが森に響いた。
(――シンシア?)
アメリアはその声を合図に立ち上がる。
限界を超えた脚をどうにか動かして走り出した。
慌ててアレクサンダーが剣を振り回し追ってくる。
必死で走り続けるが崖の端に足を取られ、地面が崩れる。
落ちる――
そう思った瞬間、体がふわりと浮いた。
「アメリア!!」
耳を裂くような怒鳴り声。
あの低く、力強い声――。
気づけば、馬の背に乗せられ、硬い胸の中に抱きとめられていた。
腕の中の温もり、焦げたような匂い。
抱きしめられたいと、何度も夢見た感触だった。
「……ヴァルク……ヴァルク!」
確かにヴァルクだった。
アメリアは確かめるように、彼の胸にしがみつく。
「はあ……間に合ったな……」
ヴァルクは片腕で彼女を抱きしめ、低く呟いた。
その声は確かに――震えていた。
息遣いだけが、森の中に響いていた。
昼のはずなのに、木々が鬱蒼と生い茂り、光はほとんど差し込まない。
背中に剣を突きつけられ、ただひたすら歩かされる。
もうどれほど歩いたのかも分からない。
アレクサンダーの息は荒く、足取りはふらついていた。
だがそれでも、狂気のような執念だけで前に進んでいる。
馬車の中で靴を失い、裸足の足裏は石と枝で裂けていた。
血の跡が後ろへ続く。
それでも止まれば、すぐに剣が背に押し付けられる。
「もう……やめましょう。このままじゃ港になんて辿り着けないわ。
あなたの従者も殺されたじゃない……他にも仲間がいるの……王宮から私を誘拐した協力者みたいに」
「……協力者? ああ、そうだね。
この国は、君が思っているより馬鹿が多い。
おかげで――君をこの手にできた。」
「…ユーラシアはこんなこと、承知しているの? またロキアと戦うつもりなの?」
「ふっ、まさか。僕はもう、国から見放されている。
唯一の価値は“王女の婚約者”だった。それも奪われた。
――もう、帰る場所なんてないんだよ。」
朦朧とする中、アメリアは思考を巡らせる。
(やっぱり……協力者は王宮の中にいる。
彼が従者を二人しか連れていなかったのも……まともな部下がいないんだわ。
最初から、この男は“国”も捨て、“私”だけを連れて逃げるつもりだったんだ……)
「それで……どうするつもりなの?」
木々の切れ間から陽が差した。
森を見下ろせる小高い丘に出ると、アメリアはその場に崩れ落ちた。
遥か遠く、霞む地平線の先に港の白い帆が見えた。
だが――とても歩ける距離ではない。
もう、足は動かない。体中が痛みで軋んでいた。
(こんなところで……死ぬわけにはいかないのに……)
アメリア王女に託された「国を救う」という使命。
それよりも、今は“生き延びる”ことさえ危うい。
――十年先の死を知っていたから、未来を変えたと思っていたのに。
むしろ、自分が引き寄せてしまったのかもしれない。
“アメリアの死”を。
この男の狂気を甘く見ていたのだ。
アレクサンダーは崖際に立ち、あたりを見渡した。
「……あいつらも追ってきてなさそうだな。
ねえ、アメリア――ここで一緒に死のうか?」
「は……?」
思わず顔を上げる。
彼の声は穏やかで、まるで恋人に語りかけるようだった。
「僕はずっと不思議だったんだ……君がヴァルクを選んだことが。」
(今さら何を……?)
アレクサンダーは遠くを見つめながら、ぽつりと続けた。
「ねえ……君は、本当にアメリア・ド・ロキアなのかい?」
ドクン――心臓が大きく跳ねた。
「僕らの関係は……悪くなかったと思っていた。
なのに、婚約者を選んだ時、君は僕をまるで知らない人みたいに拒んだ。
その後に再会した時もそうだ。あの目……まるで“別人”を見るようだった。
以前の君なら、そんな表情はしなかった。」
ゆっくりと、彼がこちらを振り返る。
その瞳は、まるで底の見えない湖のように揺れていた。
「……誰なんだい? 君は、僕の知っている“アメリア”じゃない。」
アメリアは息を呑む。
頭の中が真っ白になった。
誰も気付かなかったことを言い当てたのがこの男だとは…それでもそれを認めるわけにはいかない。
アメリアは唇を噛み、睨みつけた。
アレクサンダーの口元が、ぞっとするほど優しく歪む。
「でもいいよ。どんな君でも構わない。
“今の君”を、僕が手に入れられるなら――」
「こっちは嫌!!
いいかげんにして!!
私にはやるべきことがあるのよ!!」
絶対にこいつを殺さないと。
人生で初めて、人を殺す決意をした。
アレクサンダーの手にある剣をどうしたら奪えるのか、頭を回転させる。
「アメリア、大丈夫。僕と一緒に旅立とう?」
「近づかないで……!
私は――ヴァルクと生きるの!!」
アレクサンダーの瞳に怒りが浮かび上がった瞬間、
狼の遠吠えが森に響いた。
(――シンシア?)
アメリアはその声を合図に立ち上がる。
限界を超えた脚をどうにか動かして走り出した。
慌ててアレクサンダーが剣を振り回し追ってくる。
必死で走り続けるが崖の端に足を取られ、地面が崩れる。
落ちる――
そう思った瞬間、体がふわりと浮いた。
「アメリア!!」
耳を裂くような怒鳴り声。
あの低く、力強い声――。
気づけば、馬の背に乗せられ、硬い胸の中に抱きとめられていた。
腕の中の温もり、焦げたような匂い。
抱きしめられたいと、何度も夢見た感触だった。
「……ヴァルク……ヴァルク!」
確かにヴァルクだった。
アメリアは確かめるように、彼の胸にしがみつく。
「はあ……間に合ったな……」
ヴァルクは片腕で彼女を抱きしめ、低く呟いた。
その声は確かに――震えていた。
1
あなたにおすすめの小説
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜
ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。
死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる