【完結】侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!

カナタカエデ

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第二章

14話 兄妹

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「アメリア、体調は大丈夫か?」

翌日、部屋を訪れたのは第一王子・カリオンだった。
温厚で、誰に対しても優しい――この王宮で働く者なら誰もが知る、変わらぬ人柄である。

「まあ、わざわざ来てくださったのですね。もうすっかり元気です」

「それは良かった。ストーン伯爵のおかげだな」

「ええ……」

カリオンが軽く合図をすると、侍従が大きな布で覆われた額縁を慎重に運び込んできた。
アメリアの背丈より大きいそれに、思わず目を丸くする。
カリオンは嬉しそうに布を払った。

「さあ、これは婚約祝いだ!」

布が落ち、現れたのは――
アメリアとヴァルクが並んで微笑む、精緻な肖像画だった。

絵の中の二人は、今にも息を吹き返しそうなほど生き生きとしている。
アメリアは思わず息を呑んだ。

「まあ……これは……」

「僕が描いたんだ。君がノルディアへ発ってから、毎日キャンバスに向かってね。
受け取ってくれるだろう?」

「す、すごい! こんな素敵な絵が描けるなんて……本当に素晴らしい才能だわ!」

「え……っと、アメリア。僕が絵を描くの、知っていたよね?」

「あ……」

沈黙が落ちる。アメリアは気まずく苦笑を浮かべた。

(……アメリア王女がカリオン王子の趣味を知っていた、なんて記憶はない。カリナの知る限り、一度も……)

「そ、そうだったわね。ごめんなさい、驚いてしまって」

「はは……でも君がそんなふうに言ってくれると、少し心が救われるよ。
僕が絵に没頭するのを、誰も喜ばないし……」

カリオンはふっと視線を落とした。

「ダリオンには、すっかり疎まれてしまっているからね」

「そんな……どうして? 何かあったの?」

「なにもないよ。ただ、僕が“後継者としての務め”を果たしていないのが気に入らないらしい。
彼の方がよほど王に向いているのに……もし望むのなら、いつでも譲りたいよ」

アメリアは言葉を失った。

(王位に興味がない……。)

第二王子のダリオンにはすでに妻がいる。
前世では子に恵まれなかったが――今は誰もそれを知らない。
芸術に没頭する第一王子より、後継が生まれる可能性の高い第二王子が選ばれてもおかしくない。

なのに、アメリアは誘拐され、アレクサンダーに“献上”された。
そしてアレクサンダーもまた捕まることが前提だった――
彼が捕まっても王宮内の協力者はなにひとつ痛手を負わないということなのだろう。

掴めない影が、背後からじわりと近寄るような気がした。

「アメリア?どうした?」

思い悩む妹に声を掛けるカリオンは、どこまでも優しい兄だ。

「なんでもないわ。ダリオンお兄様との仲……私が取り持ちましょうか?」

「ええ? おまえがか? そういうことは嫌いだったじゃないか。
我関せずだったのに、ストーン伯爵と婚約してから別人のようにおせっかいになったな」

「えっ……そ、そうかしら?
だって、お兄様たちには仲良くロキアを治めていてほしいもの」

カリオンは微笑むだけで、静かに頷いた。

王宮に戻ってからというもの、自分を知る人たちと接する機会が増えた。
カリナとして知るアメリア王女は、一面にすぎない。
人によって“アメリア像”が違うのだ。

そのたびに、自分の足元がぐらりと崩れるような不安に襲われる。
会うことの少なかったアレクサンダーですら変化に気づいたのだ。
ならば――家族が気づくのは、時間の問題ではないか。

話せば話すほど、ボロが出てしまう。

胸が締めつけられた。

「そういえば――ストーン伯爵が国王に直談判したって聞いたか?」

「えっ?」

(ヴァルク……もう儀式の廃止を申し入れに行ったの?)

「二人が大揉めだからって、今朝駆り出されたんだが……今もまだ対決しているんじゃないかな?」

「ええ……今も?!対決って、怪我は?」

「まさか。伯爵が国王が怪我するような真似をするわけないだろう?」

そう言いながら、カリオンはテーブルをコンコンと指先で叩いた。
その仕草には、どこか含みがあった。

「チェスだよ、チェス。」

*****

国王の宮殿のガラス張りの温室に用意されたテーブルに、国王とヴァルクは座っていた。
陽光がガラスを透かして差し込み、チェス盤の黒白の駒に反射している。

頭を抱える国王を、ヴァルクは鋭い目つきで見つめていた。

「ヴァルク!」

アメリアは二人を捉えると足早に駆け寄り、国王の前でドレスの裾を掴んで小さくお辞儀した。

「お父様もご機嫌麗しゅう」

「おお、アメリア。怪我はもう大丈夫なのか?
今日すぐに見舞いに行く予定だったのだが、此奴に邪魔されてな」

「もう勝負もつきそうですので、親子の時間に費やしていただいて構いません」

嬉しそうに言ったヴァルクは、アメリアの腰に手を回し、そっと顔を近づけ小声で囁いた。

「すぐに決着だ」

「おい!聞こえてるぞ。まだ勝負はついておらんだろう」

「ここから立て直すのですか?」

「そうだ!」

ヴァルクの側からチェス盤を覗き込んだ。
あまり詳しくなくても――国王が圧倒的に不利だということだけは分かった。

白の国王駒は追い詰められ、逃げ場は少ない。
対するヴァルクの黒の駒は、整然と布陣し、王を包囲している。

(……もう勝負はついているのでは?)

アメリアがそっとヴァルクを見上げると、彼はわずかに口角を上げた。
「すぐに決着」と言った時の目が、その通りだと告げている。

負けを認めたくない国王は、顎に手を当てて盤を睨んだ。

「うむ……ここからが本番だ。まだ手はある……はずだ」

「お父様、どこからどう動かすのです?」
アメリアが優しく尋ねると、国王はさらに唸った。

「ええい、アメリアまで!
そもそもヴァルクを相手にチェスをするなど、無謀であったか……!」

「我々にとって、戦略は日常ですので」
ヴァルクは涼しい顔で返す。

「ええい、これでどうだ!」
国王が苦々しく駒を動かす。
だが、その表情にはどこか楽しげな光が宿る。

重苦しい王宮の空気の中で、こうして本気になれる相手がいることが嬉しいのだろう。

アメリアは、はじめて見る国王の生き生きとした姿に胸を温かくした。

「……苦し紛れなことを。これで、わたしの勝ちです」

ヴァルクが黒の騎士をそっと進めた。

カチ、と軽い音が響く。

白王は完全に動きを封じられた。

「チェックメイトです、陛下」

温室の空気が静止した。

国王は目を見開き――そして、ぽつりと呟いた。

「……やはり、此奴とはやりたくなかった……!」

ヴァルクは深く一礼した。

「この勝負――儀式の廃止について、前向きにご再考いただけるということでよろしいですね?」

「ぐっ……! ま、負けた以上は認めるしかあるまい。
だが儀式そのものは行うぞ!
おまえが嫌がる“結びの証”の方法を変える……それでどうだ」

そして、急に声を張った。

「アメリア!」

びくりと肩が跳ねる。

「この国を治めるより、あの男を夫にする方がよほど骨が折れるぞ!」

その言葉に、ヴァルクは満足げに微笑み、アメリアの手をそっと握った。
アメリアは顔を赤らめながらも、その指を離さなかった。

ガラス越しの陽光が温室に柔らかく降りそそぎ、
チェス盤の上に、小さな勝利と、ふたりの未来を照らしていた。
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