侍女が王女に転生?!英雄と結婚して破滅の国を救います!

カナタカエデ

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第二章

13話 月光の下で

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自室に戻り、ひとり静かに籠もっていると――
夜の静けさを破るように、扉を叩く音がした。

「アメリア様、ストーン伯爵が参られておりますが……いかがいたしましょうか?」

慌ててシーツを剥ぎ、扉を開ける。

「ヴァルクは?」

「応接室へお通ししております。お会いになりますか?」

「ええ、もちろん」

「先ほどまではずいぶん落ち込んでおられたのに……」

ローラの呟きを聞き流し、アメリアは裾を握りしめながら足早に廊下を進んだ。
燭台の炎が、廊下の壁にゆらゆらと影を描く。
応接室の扉を開けると、窓辺に立つヴァルクの背が月光に縁取られていた。

「お待たせしました」

「いや、疲れているのに呼び出してすまない」

低く落ち着いた声。その響きだけで、胸の奥のざわめきが静まっていく気がした。

「そんな……気にしないでください。――王は、なんと?」

「……いくつか話すことがあるんだが、なにから聞きたい?」

「え?」

いつもなら淡々と用件から入る彼が、珍しく口角を上げた。
少し拍子抜けして笑うと、彼もまた肩をすくめる。

「すまない。……君のように、柔らかく話そうと思ったんだが、うまくいかないものだな」

「ふふ……ヴァルクはいつもどおりでいいんです。楽しい話は私がしますから」

「そうか。なら遠慮なく話そう」

二人が長椅子に向かい合って座ると、まるで空気を読んだように、ローラが静かにお茶を運んできた。
香る茶葉の温かさが、ほんの少し部屋の空気を和らげる。
彼女が出ていくのを見届けてから、ヴァルクはようやく口を開いた。

「王には、今回の誘拐事件の報告をした。
首謀者は……アレクサンダー・ユーラシア。知ってのとおり拘束済みだ。
ユーラシア本国にも報せは入れてある。
正式な返答はまだだが、おそらくロキアの法に則って裁かれるだろう」

淡々とした口調の奥に、抑えきれぬ怒りの色が滲んでいた。
アメリアは息を呑み、手の上のカップをそっと見つめる。
蝋燭の灯が、彼女の震えを映すように揺らいだ。

「――アレクサンダーには、王宮内に協力者がいるはずだ。
しかも、かなり中枢に近い人物だ」

ヴァルクは静かに続けた。

「ユーラシアからの返答を待って、尋問を始める予定だ」

アメリアは小さく頷いた。
頭の中には先ほど会ったテティやマリアの顔が浮かぶ。
だが、そのことを今話すつもりはなかった。

胸の奥をかすめた影のような不安を、微笑みで覆い隠すように。

「それと――二つ目は、婚約の儀のことだ。五日後に延期される。
準備が滞っていたから、その方が良いと王がおっしゃった。
三つ目は国内の領土争いの件だが……これは君には関係ないな」

彼の穏やかな笑みに、アメリアもまた笑顔を返す。
だが心の奥では、まだ事件の余韻が渦を巻いていた。

「儀式が延期されてよかったです。実はまだ、手順の半分も覚えられてなかったの」

「そんなに難しいのか?」

「やること自体は簡単なんですけど……細かい決まりごとがあるんです。
左手の薬指に傷をつける前に、まず相手の唇に触れてから、だとか――」

「傷?」

「ええ、そうよ。お互いの薬指に、小さな傷をつけるの」

「はあ?!そんな物騒な儀式があるのか!」

思わず立ち上がったヴァルクの声が、夜気を震わせた。
月明かりに照らされた横顔には、真剣というより、半ば本気で動揺している様子が浮かんでいる。

「君の指に傷なんて、つけられるわけがないだろう!」

「え、でも本当に小さな傷なのよ? 紙で切るくらいの……」

「無理だ。そんなことをするくらいなら、儀式などいらん」

「えぇっ、でも、これはロキア王室の伝統で――」

ヴァルクは項垂れたまま数秒黙し、やがてゆっくり顔を上げた。
月明かりの中、その瞳は静かに揺らいでいた。

「明日、国王に話してみる。そんな訳の分からん儀式は廃止してもらおう。
悪いが、俺は――君に傷をつけるなんて、絶対にできない」

「……そ、そう。わかったわ。うまくいくことを、願ってる」

アメリアは苦笑を浮かべた。
彼のまっすぐすぎる言葉が、なぜか胸に沁みる。
心の奥が温かくなり、同時に少し痛んだ。

ヴァルクは満足げに頷くと、ふと柔らかく微笑んだ。

「安心しろ。こう見えても、交渉ごとは得意なんだ」

「国王陛下を交渉のテーブルにつかせることが出来たら――あなたに敵はいないわね」

ふっと笑い合う。
湯気を立てる紅茶の香りが、静かな部屋に溶けていった。

窓の外では、雲の切れ間から月が顔をのぞかせる。
ノルディアから王都に戻ったこの数日の間で、状況は大きく変わってしまった。
それでもヴァルクと向き合うこの時間だけは、確かに穏やかで、温かかった。

胸の奥で、彼への信頼が静かに広がっていく。
――この人ならきっと、この不安をも消してくれる。
そんな思いが、やわらかな灯となって、心の底に宿った。
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