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第二章
17話 祈り
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「思い出したか?」
「ええ、その…」
ヴァルクに結婚すると宣言したあの日——。
言い残した言葉を、この場で伝えるべきかどうか。迷いが喉につっかえた。
あの日は、婚約の儀の前日に答えを求められ、勢いのまま言葉を紡いだだけ。
だけど途中で遮られ、本当に言わなくてはいけないことは、まだ伝えていない。
この話をしたら、きっと奇妙だと思われるだろう。
それでも——いつか訪れる“その日”のために、言っておきたかった。
「…変なことを申し上げますが、よろしいですか?」
「急にかしこまったな。いつも変なことを言ってるような気もするが…」
「ゴホッ……あの、婚約して……結婚して……その先。
もしいつか、私が“いまの私”ではなくなったとしても……どうか、信じていてほしいのです。
……アメリア・ド・ロキアは、決してあなたを裏切りません。」
ヴァルクの瞳を見ることができなかった。
きっと、何を言っているんだと思われている。
それでも、いつか——
本物のアメリアと再び邂逅する日は来るだろう。
この身体はアメリア様にお返すべきものだ。
だけど、もし、国を救えたことを讃えていただけるのなら、彼とともに生きて欲しいと願おう。
幼い日の恐れが消えるほど、彼の誠実さを語りつくして。
きっとアメリア様も彼を愛するようになるだろう。
——そして、その未来を信じながら、この二度目の人生を締められれば、どれほど幸せだろう。
「……それが、結婚する条件です」
「……わかった」
いつもの低い声で、まるで当たり前のことのように言われた。
「え?」
「そんなことでいいのか?」
「え、は……はい」
あまりにあっさりした返事に拍子抜けして、思わず隣を歩く足が乱れる。
「アメリアも……衰えることを気にするんだな」
「は?」
「歳をとって、見た目が変わることを気にしているんじゃないのか?」
「ち、違います! そういうことではなくて……見た目とかではなく、もっと……内面の、というか……私であって私でなくなると言いますか…」
どうにか伝えようと必死に話すと、ヴァルクは「ああ」と頷いた。
「そういえば……ガルドも言っていたな。
奥方が子どもを産んだ瞬間、不動の一位は子どもになったと。
夜中に戦場から戻っても、子を起こすなと怒られるらしい。
みんな頷いていたから、母親とはそういうものなのだろう」
(……だめだ……今度は完全に“妻は母になると変わる”話だと思っている……)
沈む胸とは対照的に、ヴァルクは珍しく饒舌で、どこか楽しげだ。
騎士団で聞いた夫婦の話を、まっすぐな声音で語りながら。
その姿を見ていると、ほんの少しだけ期待してしまう。
——アメリア様との未来が、そんな単純で、優しく、温かいものであることを。
たとえその未来にいるのが、自分ではなくても。
ロキア王国が滅びず、ノルディアが平和で。
ヴァルクも戦に追われることなく——
アメリア様と、いつか子どもも共に、穏やかに暮らす日が来ますように。
そんな日が来たら、自分もきっと、何の未練もなくなるだろう。
ヴァルクの横顔を眺めながら、いずれ訪れるかもしれない未来を想い描いた。
微かに軋む胸の痛みには——気づかないふりをするしかなかった。
「ヴァルクは……子どもは欲しいですか?」
「子どもか……どうだろうな。考えたこともなかった」
「どうしてです?」
「そもそも、誰とも結婚するつもりがなかったからな」
「では私は運が良かったですわね」
「……誰かの命を背負うのは、自分には荷が重いと思っていた」
遠くを見る横顔は、亡くした家族を思い出しているようだった。
「騎士団長で、ノルディアの領主なのに……ですか?」
あえて軽くふざけて言うと、ヴァルクはわずかに笑った。
「それもそうだな……権威は手に入れたかったのに。
本当に大事なものを守り切る自信は……なかったのかもしれない」
「まあ!私のことは守ってくださるんじゃありませんでした?」
楽しいはずの会話がふと途切れたことに気づき、ヴァルクを見る。
彼の眼差しは、どこか悲しげだった。
「守るよ、必ず。
——どんな困難からも」
その声音は、誓いというよりも祈りのようで。
アメリアは何も言えず、そのまま彼の隣を歩き続けた。
ーーどうか。
この国に滅びの日が訪れませんように。
決して彼の耳には届かない祈りを何度も繰り返した。
「ええ、その…」
ヴァルクに結婚すると宣言したあの日——。
言い残した言葉を、この場で伝えるべきかどうか。迷いが喉につっかえた。
あの日は、婚約の儀の前日に答えを求められ、勢いのまま言葉を紡いだだけ。
だけど途中で遮られ、本当に言わなくてはいけないことは、まだ伝えていない。
この話をしたら、きっと奇妙だと思われるだろう。
それでも——いつか訪れる“その日”のために、言っておきたかった。
「…変なことを申し上げますが、よろしいですか?」
「急にかしこまったな。いつも変なことを言ってるような気もするが…」
「ゴホッ……あの、婚約して……結婚して……その先。
もしいつか、私が“いまの私”ではなくなったとしても……どうか、信じていてほしいのです。
……アメリア・ド・ロキアは、決してあなたを裏切りません。」
ヴァルクの瞳を見ることができなかった。
きっと、何を言っているんだと思われている。
それでも、いつか——
本物のアメリアと再び邂逅する日は来るだろう。
この身体はアメリア様にお返すべきものだ。
だけど、もし、国を救えたことを讃えていただけるのなら、彼とともに生きて欲しいと願おう。
幼い日の恐れが消えるほど、彼の誠実さを語りつくして。
きっとアメリア様も彼を愛するようになるだろう。
——そして、その未来を信じながら、この二度目の人生を締められれば、どれほど幸せだろう。
「……それが、結婚する条件です」
「……わかった」
いつもの低い声で、まるで当たり前のことのように言われた。
「え?」
「そんなことでいいのか?」
「え、は……はい」
あまりにあっさりした返事に拍子抜けして、思わず隣を歩く足が乱れる。
「アメリアも……衰えることを気にするんだな」
「は?」
「歳をとって、見た目が変わることを気にしているんじゃないのか?」
「ち、違います! そういうことではなくて……見た目とかではなく、もっと……内面の、というか……私であって私でなくなると言いますか…」
どうにか伝えようと必死に話すと、ヴァルクは「ああ」と頷いた。
「そういえば……ガルドも言っていたな。
奥方が子どもを産んだ瞬間、不動の一位は子どもになったと。
夜中に戦場から戻っても、子を起こすなと怒られるらしい。
みんな頷いていたから、母親とはそういうものなのだろう」
(……だめだ……今度は完全に“妻は母になると変わる”話だと思っている……)
沈む胸とは対照的に、ヴァルクは珍しく饒舌で、どこか楽しげだ。
騎士団で聞いた夫婦の話を、まっすぐな声音で語りながら。
その姿を見ていると、ほんの少しだけ期待してしまう。
——アメリア様との未来が、そんな単純で、優しく、温かいものであることを。
たとえその未来にいるのが、自分ではなくても。
ロキア王国が滅びず、ノルディアが平和で。
ヴァルクも戦に追われることなく——
アメリア様と、いつか子どもも共に、穏やかに暮らす日が来ますように。
そんな日が来たら、自分もきっと、何の未練もなくなるだろう。
ヴァルクの横顔を眺めながら、いずれ訪れるかもしれない未来を想い描いた。
微かに軋む胸の痛みには——気づかないふりをするしかなかった。
「ヴァルクは……子どもは欲しいですか?」
「子どもか……どうだろうな。考えたこともなかった」
「どうしてです?」
「そもそも、誰とも結婚するつもりがなかったからな」
「では私は運が良かったですわね」
「……誰かの命を背負うのは、自分には荷が重いと思っていた」
遠くを見る横顔は、亡くした家族を思い出しているようだった。
「騎士団長で、ノルディアの領主なのに……ですか?」
あえて軽くふざけて言うと、ヴァルクはわずかに笑った。
「それもそうだな……権威は手に入れたかったのに。
本当に大事なものを守り切る自信は……なかったのかもしれない」
「まあ!私のことは守ってくださるんじゃありませんでした?」
楽しいはずの会話がふと途切れたことに気づき、ヴァルクを見る。
彼の眼差しは、どこか悲しげだった。
「守るよ、必ず。
——どんな困難からも」
その声音は、誓いというよりも祈りのようで。
アメリアは何も言えず、そのまま彼の隣を歩き続けた。
ーーどうか。
この国に滅びの日が訪れませんように。
決して彼の耳には届かない祈りを何度も繰り返した。
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