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第二章
32話 ふたりの関係
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シンシアたちが男爵邸を後にしてから、アメリアはこれまでにないほど穏やかな時間をヴァルクと過ごしていた。
チェスをしたり、馬で散策へ出かけたり、ときには読書をしたり――平和すぎるほど平和な日々だった。
ヴァルクも、初日にサリーの家を訪ねて以降は調査らしい調査も見せず、ただアメリアとの時間に身を委ねていた。
そうして五日ほど経った頃、氷狼騎士団が帰還した。
「アメリア様! シンシア様たちが戻られました!」
嬉しそうに部屋へ飛び込んできたシーリーンを見た瞬間、アメリアの胸の奥がきゅっと縮む。
この幸せな時間が終わるのだ――そう、はっきり悟った。
なぜなら、その知らせを聞いたヴァルクの瞳が、久しく見ていなかった鋭い光を取り戻したからだ。
「やっと帰ってきたか……」
小さくため息を混ぜて呟くと、アメリアの方へ向き直る。
「すまない。報告を聞きに行かなければならない」
優しい声色なのに、その優しさがかえって“安穏の終わり”を告げているようだった。
部屋を出る際、シーリーンへ「アメリアから離れないように」とだけ告げ、ヴァルクは去っていった。
「シンシア様もジオ様もご無事のようですよ。良かったですね」
「そうね……近いうちに王都に帰ることになるのよね。
マリアお義姉様はどうするのかしら?」
「それは……ダリオン王子様次第では?」
「特に何も聞いていないのよね。……会いに行ってみましょうか?」
「ええっ、でも……ヴァルク様が」
「あなたに『離れないように』とは言ったけど、『部屋から出るな』とは言われてないわ。行きましょう」
「……後で怒られても知りませんよ」
シーリーンの小言を軽く受け流し、アメリアは客室を出てマリアの部屋へ向かった。
マリアの部屋に通されると、そこは幼い頃から暮らしていたのだろう、どこか少女らしさの残る温かい空間だった。
「さきほど騎士団が戻られたそうですね」
「はい。首尾はわかりませんが、皆さま無事のようですわ」
「たった数日で問題を片付けるなんて……さすが氷狼騎士団ですね」
「ええ。おそらく私たちは王都へ戻ることになるでしょう。
それで……お姉様はどうなさいます? せっかく帰省されたのですし、もう少しこちらに?」
「私は……その……私も早く王都に戻りたいわ」
マリアは一瞬だけ視線を揺らし、すぐに作り笑いのような笑みを浮かべた。
「あなたとヴァルク殿を見ていると、ダリオンに会いたくなってしまって」
「私たちを?」
「毎日、熱い視線を交わしているでしょう? あれを見せられたら、誰だってそう思いますわ」
「えっ……そ、そんなことは……」
思わぬ一言にアメリアの頰が熱を帯びる。手で頰を押さえ、視線を逸らした。
「あなた達みたいに……ただお互いだけを見ていた時期が、私にもあれば良かったのだけど」
「え?」
「今からでも、そうなれるかしら……」
その呟きは、アメリアではなく自分自身に向けたものだった。
「今もあなたしか見えていないように思いますけど」
「……私には、彼がようやく本来の自分を取り戻しているように見えるのです。
カリオン様とのわだかまりが溶け、天真爛漫だった頃の彼に。
そして……“自由に生きたい”と言っているような気がするのです」
「それは……」
「――だとしたら、アメリアのおかげね。
彼に本当に必要だったのは、家族だけだったのかもしれないわ」
マリアの言葉に棘はなかった。
それでもアメリアの胸には、ずしりと重いものが落ちた。
母を早くに亡くし、多忙な王である父と、その後継者として育てられた兄。
その孤独を埋めていたのは友人のフィリップ・モリスだったはずだ。
そして、紹介されたマリアは――ダリオンにとって心の支えだったのだろう。
フィリップを引き離すことは、マリアから夫を奪うことなのだろうか。
マリアの寂しげな瞳を見ると、胸が痛んだ。
***
結局、アメリアがシンシアたちと顔を合わせられたのは夕食の席だった。
男爵の取り計らいで騎士団全員が参加する、盛大な宴が開かれていた。
「シンシア、無事でよかったわ」
「心配してたのか? 無事に決まっているじゃないか」
「そうよね……それはそうと、ジオの仲間も来ていたのよね? 一度も見ていないけど、どこに?」
「ん? あいつらは作戦に参加したけど、そのまま従えた狼を連れて帰ったよ。
もともとモリス公爵領に入る許可も取ってないから、こっそり侵入してたし」
「ええっ、そうだったの? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないからこっそり行ったんだよ。でも、ここの警備はゆるすぎてさ。
国境じゃないとはいえ、ノルディアなら即交代だな」
(そんな作戦……ヴァルクが決めたのかしら?)
「ずいぶんな作戦だったのね」
「まあな。ヴァルクはいつもそんな感じだ。だから一緒にいると面白い」
その言葉に、アメリアは少しだけ羨ましさを覚えた。
ヴァルクの隣に立って戦えるのは、シンシアのような者だけなのだろう。
「でも、ジオはいるはずよね? 見当たらないけど……」
「あれ? 本当だな……居づらくて戻ったのか?」
そう言い残し、シンシアは酒を取りに別のテーブルへ向かっていった。
恋人のはずなのに相変わらず自由奔放な彼女に呆れつつ、アメリアはジオを探して庭へ出た。
宴会場の外は、男爵邸の小さな庭園へと続いている。
その奥から、押し殺した声が聞こえた。
「――ッ!」
「ーーー」
言い争っているような、張り詰めた男女の声。
(何を話しているの……?)
そっと近づき、垣根の影から覗いた瞬間、アメリアは息を呑んだ。
そこにいたのは――
決して交わるはずのない、マリアとジオだった。
声を上げそうになったその瞬間、
背後から伸びてきた大きな手が、アメリアの口を強く塞いだ。
チェスをしたり、馬で散策へ出かけたり、ときには読書をしたり――平和すぎるほど平和な日々だった。
ヴァルクも、初日にサリーの家を訪ねて以降は調査らしい調査も見せず、ただアメリアとの時間に身を委ねていた。
そうして五日ほど経った頃、氷狼騎士団が帰還した。
「アメリア様! シンシア様たちが戻られました!」
嬉しそうに部屋へ飛び込んできたシーリーンを見た瞬間、アメリアの胸の奥がきゅっと縮む。
この幸せな時間が終わるのだ――そう、はっきり悟った。
なぜなら、その知らせを聞いたヴァルクの瞳が、久しく見ていなかった鋭い光を取り戻したからだ。
「やっと帰ってきたか……」
小さくため息を混ぜて呟くと、アメリアの方へ向き直る。
「すまない。報告を聞きに行かなければならない」
優しい声色なのに、その優しさがかえって“安穏の終わり”を告げているようだった。
部屋を出る際、シーリーンへ「アメリアから離れないように」とだけ告げ、ヴァルクは去っていった。
「シンシア様もジオ様もご無事のようですよ。良かったですね」
「そうね……近いうちに王都に帰ることになるのよね。
マリアお義姉様はどうするのかしら?」
「それは……ダリオン王子様次第では?」
「特に何も聞いていないのよね。……会いに行ってみましょうか?」
「ええっ、でも……ヴァルク様が」
「あなたに『離れないように』とは言ったけど、『部屋から出るな』とは言われてないわ。行きましょう」
「……後で怒られても知りませんよ」
シーリーンの小言を軽く受け流し、アメリアは客室を出てマリアの部屋へ向かった。
マリアの部屋に通されると、そこは幼い頃から暮らしていたのだろう、どこか少女らしさの残る温かい空間だった。
「さきほど騎士団が戻られたそうですね」
「はい。首尾はわかりませんが、皆さま無事のようですわ」
「たった数日で問題を片付けるなんて……さすが氷狼騎士団ですね」
「ええ。おそらく私たちは王都へ戻ることになるでしょう。
それで……お姉様はどうなさいます? せっかく帰省されたのですし、もう少しこちらに?」
「私は……その……私も早く王都に戻りたいわ」
マリアは一瞬だけ視線を揺らし、すぐに作り笑いのような笑みを浮かべた。
「あなたとヴァルク殿を見ていると、ダリオンに会いたくなってしまって」
「私たちを?」
「毎日、熱い視線を交わしているでしょう? あれを見せられたら、誰だってそう思いますわ」
「えっ……そ、そんなことは……」
思わぬ一言にアメリアの頰が熱を帯びる。手で頰を押さえ、視線を逸らした。
「あなた達みたいに……ただお互いだけを見ていた時期が、私にもあれば良かったのだけど」
「え?」
「今からでも、そうなれるかしら……」
その呟きは、アメリアではなく自分自身に向けたものだった。
「今もあなたしか見えていないように思いますけど」
「……私には、彼がようやく本来の自分を取り戻しているように見えるのです。
カリオン様とのわだかまりが溶け、天真爛漫だった頃の彼に。
そして……“自由に生きたい”と言っているような気がするのです」
「それは……」
「――だとしたら、アメリアのおかげね。
彼に本当に必要だったのは、家族だけだったのかもしれないわ」
マリアの言葉に棘はなかった。
それでもアメリアの胸には、ずしりと重いものが落ちた。
母を早くに亡くし、多忙な王である父と、その後継者として育てられた兄。
その孤独を埋めていたのは友人のフィリップ・モリスだったはずだ。
そして、紹介されたマリアは――ダリオンにとって心の支えだったのだろう。
フィリップを引き離すことは、マリアから夫を奪うことなのだろうか。
マリアの寂しげな瞳を見ると、胸が痛んだ。
***
結局、アメリアがシンシアたちと顔を合わせられたのは夕食の席だった。
男爵の取り計らいで騎士団全員が参加する、盛大な宴が開かれていた。
「シンシア、無事でよかったわ」
「心配してたのか? 無事に決まっているじゃないか」
「そうよね……それはそうと、ジオの仲間も来ていたのよね? 一度も見ていないけど、どこに?」
「ん? あいつらは作戦に参加したけど、そのまま従えた狼を連れて帰ったよ。
もともとモリス公爵領に入る許可も取ってないから、こっそり侵入してたし」
「ええっ、そうだったの? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないからこっそり行ったんだよ。でも、ここの警備はゆるすぎてさ。
国境じゃないとはいえ、ノルディアなら即交代だな」
(そんな作戦……ヴァルクが決めたのかしら?)
「ずいぶんな作戦だったのね」
「まあな。ヴァルクはいつもそんな感じだ。だから一緒にいると面白い」
その言葉に、アメリアは少しだけ羨ましさを覚えた。
ヴァルクの隣に立って戦えるのは、シンシアのような者だけなのだろう。
「でも、ジオはいるはずよね? 見当たらないけど……」
「あれ? 本当だな……居づらくて戻ったのか?」
そう言い残し、シンシアは酒を取りに別のテーブルへ向かっていった。
恋人のはずなのに相変わらず自由奔放な彼女に呆れつつ、アメリアはジオを探して庭へ出た。
宴会場の外は、男爵邸の小さな庭園へと続いている。
その奥から、押し殺した声が聞こえた。
「――ッ!」
「ーーー」
言い争っているような、張り詰めた男女の声。
(何を話しているの……?)
そっと近づき、垣根の影から覗いた瞬間、アメリアは息を呑んだ。
そこにいたのは――
決して交わるはずのない、マリアとジオだった。
声を上げそうになったその瞬間、
背後から伸びてきた大きな手が、アメリアの口を強く塞いだ。
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