72 / 117
第二章
31話 毒味
しおりを挟む
予定どおり事が進んだヴァルクとは対照的に、アメリアの気持ちは沈んでいた。
男爵邸に戻ったあと、男爵夫妻とマリアと共に夕食の席についた。出された料理はこの数年で味わってきた最高級のものと比べても引けを取らない。
それなのに…
美しく霜の降りた牛肉も、彩り豊かな見たことのない野菜のサラダも、どれ一つとして口に運ぶことができなかった。
「お口に合わないですか?」
男爵夫人の問いかけにアメリアが答える間もなくヴァルクがもっともらしい回答をする。
「遠乗りで日差しを浴びすぎて、暑さにやられたのです。
せっかくの料理を味わえず申し訳ない。」
そう言うと、アメリアの前の肉をナイフで切り分け、自分でひと口食べて安全を示し、さらに小さく切った方をアメリアの口へと差し出した。
突然の行動に驚いたが、ヴァルクが口にしたのを見てようやくアメリアも食べることができた。
——男爵夫人がどんな植物を育てているか分からない。食事に毒が入っていたら……。
彼女に食事の様子をじっと見つめられると、まるで毒を喰らうのを待っているようで、喉が塞がれたように食べることが出来なかった。
そんな考えをヴァルクにはすべて見抜かれていたのだろう。
「じ、自分で食べられます」
そう言って肉を口に運ぶアメリアを見て、ヴァルクは優しく微笑む。
その微笑ましい様子を見ていた侍従たちは、思わずため息を漏らした。
「凄く美味しいですわ」
「気に入っていただけて良かったです。ですが体調が優れないようでしたら、無理なさらず。冷たいスープを用意させましょう。」
侍女が鍋から白く艶めく冷製スープをそっとすくい、器へと注ぐ。
「これは美味しそうだ。私にもお願いできますか?」
ヴァルクの器にも同じ鍋からスープが移され、彼はためらいなく口へ運んでみせた。
それが毒味だと分かるので、アメリアは胸が痛くなりながらもスープを飲んだ。
「美味しい……疲れた身体に染みますわ」
アメリアが食事を口にしたことで、男爵はほっとした様子だった。
その後、ヴァルクはこの地の美しさや環境の良さについて饒舌に語り、まるで用意された台詞を読み上げるように会話を進める。
それを満足げに聞き入る男爵夫人を見て、アメリアの胸にはいつまでも小さなモヤがかかったままだった。
***
食事が終わると、ヴァルクに部屋へと誘われた。沈んでいた気持ちが少し高鳴り、意気揚々と部屋へ入る。
しかし、ヴァルクは少し怒ったようにテーブルにサンドウィッチを置いた。
「パンは食堂からくすねた。肉は騎士団の保存食だから安心しろ」
「い、いえ……今日はもう、お腹いっぱい——」
「そんなわけないだろう。君がまともに口にしたのは、俺が小さく切った肉を数切れと、目の前で開けられたワイン、そして皆の前でよそわれたスープだけだ」
「し、しっかり見てるのね……」
「男爵も夫人も……マリア妃も、皆不審がっていたぞ」
「でも、あなたがうまく誤魔化してくれたじゃない。遠乗りで暑さにやられたって。
それに、あなたがあんなにお喋りだとは思わなかったわ」
「君が明らかにおかしかったから、そうせざるを得なかったんだ。……わかっているだろ?」
声の端に怒りがにじむ。
もちろん分かっている。もっと自然に振る舞うべきだった。
だが、攫われたとき嗅がされた薬のようなものも、アレクサンダーを殺した毒も、全てスーザンとつながっている可能性を思うと——何かを口にする勇気が出なかったのも事実だった。
「とにかく、ちゃんと食べてくれ。」
その懇願するような声に観念し、アメリアはサンドウィッチを手に取って頬張った。
噛むほどに麦の甘みが広がり、硬い干し肉の塩気が疲れた身体に染みる。次第に少し元気が湧いてきた。
「美味しいわ。噛みごたえがあって、すぐお腹いっぱいになりそう」
「ふっ、良かった」
安心したように優しく笑いながら、ヴァルクは食べているアメリアをじっと見つめ続け、何度も「見ないで」と言う羽目になった。
***
「今日も一緒に寝るか?」
「ごほっ、ごほっ……!
な、なに言い出すのよ?!」
満腹で朦朧とし、隣で並んで座るヴァルクにもたれかかっていたところへの突然の爆弾発言に、アメリアは跳ね上がった。
「冗談だ。寝そうだったからな」
「じょ……冗談」
「そろそろ部屋まで送ろう」
立ち上がるヴァルクに、アメリアはそっと近づく。
「いいわよ。……一緒に眠りましょう。
あなたと一緒だと安心して、よく眠れるもの」
挑むように正面に立つと、ヴァルクは一瞬目を見開き——そして小さく笑った。
「安心……なるほど。確かにそうだな」
そう呟いた次の瞬間、アメリアは抱き上げられていた。
「きゃっ——!」
「君は怖くて食事もできないほどだ。……一緒に寝た方がいいかもな」
そのまま足早に寝室へ運ばれ、ベッドへどさりと下ろされる。
心臓が激しく打ち、呼吸が落ち着かない。
「あ、あの……」
「だが、今日は手を握るだけでは済まないかもしれないぞ」
視線がぶつかる。
灰色の瞳はまるで狼のように鋭く、嘘の影がなく、引き込まれる。
——望むところよ。
声にならない声を飲み込み、アメリアはそっとヴァルクの唇に指を当てた。
「部屋に戻ります」
「ふっ……それがいい。部屋まで送ろう」
優しく細められた瞳に胸が熱くなる。
アメリアは首に腕を回した。
「明日も……一緒にいてくださいね」
「ああ、約束だ」
アメリアの甘えるような視線にヴァルクは自然と唇を重ねた。
首に回した腕に力を込めると、口付けも深くなっていく。
ようやく唇が離れると、お互いから熱い吐息が溢れた。
「…これ以上はやめよう」
ヴァルクは唸るように呟いた。
「クソッ…なんで俺はこんな場所に連れてきたんだ…」
苛立つ様子のヴァルクにアメリアは悪戯に成功した子どものように笑った。
男爵邸に戻ったあと、男爵夫妻とマリアと共に夕食の席についた。出された料理はこの数年で味わってきた最高級のものと比べても引けを取らない。
それなのに…
美しく霜の降りた牛肉も、彩り豊かな見たことのない野菜のサラダも、どれ一つとして口に運ぶことができなかった。
「お口に合わないですか?」
男爵夫人の問いかけにアメリアが答える間もなくヴァルクがもっともらしい回答をする。
「遠乗りで日差しを浴びすぎて、暑さにやられたのです。
せっかくの料理を味わえず申し訳ない。」
そう言うと、アメリアの前の肉をナイフで切り分け、自分でひと口食べて安全を示し、さらに小さく切った方をアメリアの口へと差し出した。
突然の行動に驚いたが、ヴァルクが口にしたのを見てようやくアメリアも食べることができた。
——男爵夫人がどんな植物を育てているか分からない。食事に毒が入っていたら……。
彼女に食事の様子をじっと見つめられると、まるで毒を喰らうのを待っているようで、喉が塞がれたように食べることが出来なかった。
そんな考えをヴァルクにはすべて見抜かれていたのだろう。
「じ、自分で食べられます」
そう言って肉を口に運ぶアメリアを見て、ヴァルクは優しく微笑む。
その微笑ましい様子を見ていた侍従たちは、思わずため息を漏らした。
「凄く美味しいですわ」
「気に入っていただけて良かったです。ですが体調が優れないようでしたら、無理なさらず。冷たいスープを用意させましょう。」
侍女が鍋から白く艶めく冷製スープをそっとすくい、器へと注ぐ。
「これは美味しそうだ。私にもお願いできますか?」
ヴァルクの器にも同じ鍋からスープが移され、彼はためらいなく口へ運んでみせた。
それが毒味だと分かるので、アメリアは胸が痛くなりながらもスープを飲んだ。
「美味しい……疲れた身体に染みますわ」
アメリアが食事を口にしたことで、男爵はほっとした様子だった。
その後、ヴァルクはこの地の美しさや環境の良さについて饒舌に語り、まるで用意された台詞を読み上げるように会話を進める。
それを満足げに聞き入る男爵夫人を見て、アメリアの胸にはいつまでも小さなモヤがかかったままだった。
***
食事が終わると、ヴァルクに部屋へと誘われた。沈んでいた気持ちが少し高鳴り、意気揚々と部屋へ入る。
しかし、ヴァルクは少し怒ったようにテーブルにサンドウィッチを置いた。
「パンは食堂からくすねた。肉は騎士団の保存食だから安心しろ」
「い、いえ……今日はもう、お腹いっぱい——」
「そんなわけないだろう。君がまともに口にしたのは、俺が小さく切った肉を数切れと、目の前で開けられたワイン、そして皆の前でよそわれたスープだけだ」
「し、しっかり見てるのね……」
「男爵も夫人も……マリア妃も、皆不審がっていたぞ」
「でも、あなたがうまく誤魔化してくれたじゃない。遠乗りで暑さにやられたって。
それに、あなたがあんなにお喋りだとは思わなかったわ」
「君が明らかにおかしかったから、そうせざるを得なかったんだ。……わかっているだろ?」
声の端に怒りがにじむ。
もちろん分かっている。もっと自然に振る舞うべきだった。
だが、攫われたとき嗅がされた薬のようなものも、アレクサンダーを殺した毒も、全てスーザンとつながっている可能性を思うと——何かを口にする勇気が出なかったのも事実だった。
「とにかく、ちゃんと食べてくれ。」
その懇願するような声に観念し、アメリアはサンドウィッチを手に取って頬張った。
噛むほどに麦の甘みが広がり、硬い干し肉の塩気が疲れた身体に染みる。次第に少し元気が湧いてきた。
「美味しいわ。噛みごたえがあって、すぐお腹いっぱいになりそう」
「ふっ、良かった」
安心したように優しく笑いながら、ヴァルクは食べているアメリアをじっと見つめ続け、何度も「見ないで」と言う羽目になった。
***
「今日も一緒に寝るか?」
「ごほっ、ごほっ……!
な、なに言い出すのよ?!」
満腹で朦朧とし、隣で並んで座るヴァルクにもたれかかっていたところへの突然の爆弾発言に、アメリアは跳ね上がった。
「冗談だ。寝そうだったからな」
「じょ……冗談」
「そろそろ部屋まで送ろう」
立ち上がるヴァルクに、アメリアはそっと近づく。
「いいわよ。……一緒に眠りましょう。
あなたと一緒だと安心して、よく眠れるもの」
挑むように正面に立つと、ヴァルクは一瞬目を見開き——そして小さく笑った。
「安心……なるほど。確かにそうだな」
そう呟いた次の瞬間、アメリアは抱き上げられていた。
「きゃっ——!」
「君は怖くて食事もできないほどだ。……一緒に寝た方がいいかもな」
そのまま足早に寝室へ運ばれ、ベッドへどさりと下ろされる。
心臓が激しく打ち、呼吸が落ち着かない。
「あ、あの……」
「だが、今日は手を握るだけでは済まないかもしれないぞ」
視線がぶつかる。
灰色の瞳はまるで狼のように鋭く、嘘の影がなく、引き込まれる。
——望むところよ。
声にならない声を飲み込み、アメリアはそっとヴァルクの唇に指を当てた。
「部屋に戻ります」
「ふっ……それがいい。部屋まで送ろう」
優しく細められた瞳に胸が熱くなる。
アメリアは首に腕を回した。
「明日も……一緒にいてくださいね」
「ああ、約束だ」
アメリアの甘えるような視線にヴァルクは自然と唇を重ねた。
首に回した腕に力を込めると、口付けも深くなっていく。
ようやく唇が離れると、お互いから熱い吐息が溢れた。
「…これ以上はやめよう」
ヴァルクは唸るように呟いた。
「クソッ…なんで俺はこんな場所に連れてきたんだ…」
苛立つ様子のヴァルクにアメリアは悪戯に成功した子どものように笑った。
1
あなたにおすすめの小説
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜
ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。
死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる