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第二章
30話 公爵の秘密
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ヴァルクと伐採された地帯を一通り見終えると、ふたりはさらに馬を走らせた。
進む方向は男爵邸とは真逆。どこへ向かうのだろうとアメリアが首をかしげていると、小さな集落が姿を現した。
厩舎と数軒の家が肩を寄せ合うだけの、小さな村。
だがヴァルクは迷うことなくその中心へと馬を進める。
入口で馬を降りた途端、小さな男の子が駆け寄ってきた。
「わあ! おっきい馬!! おじさん、だぁれ?」
(お、おじさん!? 六歳くらいの子かしら? 小さい子からしたら三十代は……まあ、そうよね……)
アメリアは慌ててヴァルクの背後から顔を出し、にこりと微笑んだ。
「こんにちは、可愛い坊や。私たちはモリス男爵邸から来たの。お母さまかお父さまはいるかしら?」
「わあ! お姉さん、お姫様みたいにきれい!
お母さんいるよ! ちょっと待ってて!」
走り去る男の子を見送りながら、ヴァルクはアメリアとユーリの馬を手際よく柵へ繋いだ。
「……ここには何のご用で?」
アメリアが小声で問うと、ヴァルクは一瞥だけ寄越し、男の子が走っていった家へ視線を向ける。
「じきに分かる」
その返事と同時に、男の子が女性の手を引いて戻ってきた。
母親らしき女性は、ふたりの姿を見るや驚いたように立ち止まる。
「はじめまして。サリーさんですね」
ヴァルクは穏やかに一礼した。
「ヴァルク・ストーンと申します。突然の訪問、失礼します。あなたに伺いたいことがあって参りました」
「……ストーン伯爵でいらっしゃいましたか。わざわざ……」
サリーの視線がアメリアに移る。アメリアは慌てて丁寧に礼をした。
「初めてお目にかかります。アメリア・ド・ロキアと申します」
「まあ……アメリア殿下で……!」
「でんかって、なーに?」
男の子が首をかしげると、母親は慌ててその口を手で押さえた。
「王女様のことよ。……申し訳ございません、まだ子どもでして。どうぞ暑いでしょう、中へ」
***
煉瓦造りの小さな家の中は、余計な物が一つもなく、母親の几帳面さがそのまま表れていた。
ダイニングの大きな窓から吹き込む風が、奥の掃き出し窓へと心地よく抜けていく。
小さなテーブルには椅子が二脚しかなく、サリーは奥から丸椅子を持ってきてふたりの前へ腰を下ろした。
そして、グラスに入れた水を置き、少し緊張した面持ちで口を開く。
「あ、あの、本当にこんなものしかなくて……。お客様が来るような場所ではなくて、すみません」
「いえ、こちらこそ無断で伺い申し訳ありません。実は……あなたに話したいことがあります」
ヴァルクが話す様子を黙って見ていると、彼は少し考えてから静かに口を開いた。
「モリス公爵のことです。ここ数年、彼は表舞台にまったく姿を見せなくなった。それどころか、生きているのかどうかも分からない状況です」
「……そんな……!」
サリーは目を見開き、震える指で口元を覆った。
「何かご存じではありませんか?」
「そんな……まさか……。私がモリス公爵邸にいたのは五年ほど前までで……その頃はまだお元気でした。それ以上のことは……」
「病を患っていたという話は?」
サリーは静かに首を振った。しかし――言いたいことがあるのに言えない、そんな沈黙だった。
「……これは、誰にも言わないと約束していただけますか」
「無論です」
「……モリス公爵邸には、スーザン様の温室があります。そこには美しく珍しい花々があるのですが……その、あまり良くないものも……」
(良くないもの……?)
「それは、毒……?」
「い、いえ! 様々な効能がある薬草も多い、という意味です! 毒なんて……私は……」
サリーはそっと男の子へ視線を向けた。
母親と同じ栗色の髪、そして宝石のように輝く青い瞳――
(……この子、フィリップによく似てる……)
ヴァルクは静かに言葉を重ねた。
「その温室の場所を教えてください。あなたに不利益になるようなことは絶対にさせません」
(……やっぱり。彼女は……モリス公爵の愛人……。そして、この子は……)
サリーは観念したように息を吐き、答えた。
「温室は公爵邸の裏庭にあります。外国から取り寄せた植物ばかりですので、すぐに分かると思います」
「恩に着ます。
男爵からあなたの生活金を預かっています。狼の被害もあるので、しばらく警備兵を派遣します。安心して暮らしてください」
ヴァルクが置いた袋は、生活金と呼ぶには重すぎるほどの量だった。
サリーは深々と頭を下げた。
***
集落を後にしてしばらくすると、アメリアはようやく口を開いた。
「先ほどの方はモリス公爵の……?」
「男爵が言うには、侍女だったらしい。
公爵は後妻に迎えようとしていたそうだが、フィリップ殿の猛反対にあい、公爵邸から出ることになり、男爵の統治区に住まいをあてがったそうだ」
「そうでしたか……」
「男爵夫人のことが気になるな……。彼女はフィリップ殿が寄宿学校に行っていた間は男爵邸に戻っていたが、ダリオン王子妃が輿入れ後はまた公爵邸で暮らしていたそうだ」
「では今は、わざわざこちらに来ているということですか?」
「……そういうことだろうな」
胸の奥がざわざわと不穏な気配を放つ。
これまで薄い膜で覆われていた秘密が、少しずつ露わになっていくように感じた。
「ふっ」
暗い顔のアメリアを見て、ヴァルクの口元から笑いが漏れた。
その音に驚いて彼を見ると、なぜか穏やかに微笑んでいた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。もう我々は答えに近づいている。
相手はすぐに降伏するだろう」
なぜそんなに余裕があるのか……。
アメリアを安心させるためなのか、ヴァルクは朗らかに笑うが、それでもアメリアの不安は消えなかった。
フィリップ・モリスのことは、前世ではほとんど記憶がない。
前世の彼は賭けごとに入れ込み公爵家を破産させた……はずだけれど、それはいつのことだっただろうか。
そもそも、今の彼からそんな素振りは見えない。賭け事に溺れるなど、本当にあるのだろうか。
進む方向は男爵邸とは真逆。どこへ向かうのだろうとアメリアが首をかしげていると、小さな集落が姿を現した。
厩舎と数軒の家が肩を寄せ合うだけの、小さな村。
だがヴァルクは迷うことなくその中心へと馬を進める。
入口で馬を降りた途端、小さな男の子が駆け寄ってきた。
「わあ! おっきい馬!! おじさん、だぁれ?」
(お、おじさん!? 六歳くらいの子かしら? 小さい子からしたら三十代は……まあ、そうよね……)
アメリアは慌ててヴァルクの背後から顔を出し、にこりと微笑んだ。
「こんにちは、可愛い坊や。私たちはモリス男爵邸から来たの。お母さまかお父さまはいるかしら?」
「わあ! お姉さん、お姫様みたいにきれい!
お母さんいるよ! ちょっと待ってて!」
走り去る男の子を見送りながら、ヴァルクはアメリアとユーリの馬を手際よく柵へ繋いだ。
「……ここには何のご用で?」
アメリアが小声で問うと、ヴァルクは一瞥だけ寄越し、男の子が走っていった家へ視線を向ける。
「じきに分かる」
その返事と同時に、男の子が女性の手を引いて戻ってきた。
母親らしき女性は、ふたりの姿を見るや驚いたように立ち止まる。
「はじめまして。サリーさんですね」
ヴァルクは穏やかに一礼した。
「ヴァルク・ストーンと申します。突然の訪問、失礼します。あなたに伺いたいことがあって参りました」
「……ストーン伯爵でいらっしゃいましたか。わざわざ……」
サリーの視線がアメリアに移る。アメリアは慌てて丁寧に礼をした。
「初めてお目にかかります。アメリア・ド・ロキアと申します」
「まあ……アメリア殿下で……!」
「でんかって、なーに?」
男の子が首をかしげると、母親は慌ててその口を手で押さえた。
「王女様のことよ。……申し訳ございません、まだ子どもでして。どうぞ暑いでしょう、中へ」
***
煉瓦造りの小さな家の中は、余計な物が一つもなく、母親の几帳面さがそのまま表れていた。
ダイニングの大きな窓から吹き込む風が、奥の掃き出し窓へと心地よく抜けていく。
小さなテーブルには椅子が二脚しかなく、サリーは奥から丸椅子を持ってきてふたりの前へ腰を下ろした。
そして、グラスに入れた水を置き、少し緊張した面持ちで口を開く。
「あ、あの、本当にこんなものしかなくて……。お客様が来るような場所ではなくて、すみません」
「いえ、こちらこそ無断で伺い申し訳ありません。実は……あなたに話したいことがあります」
ヴァルクが話す様子を黙って見ていると、彼は少し考えてから静かに口を開いた。
「モリス公爵のことです。ここ数年、彼は表舞台にまったく姿を見せなくなった。それどころか、生きているのかどうかも分からない状況です」
「……そんな……!」
サリーは目を見開き、震える指で口元を覆った。
「何かご存じではありませんか?」
「そんな……まさか……。私がモリス公爵邸にいたのは五年ほど前までで……その頃はまだお元気でした。それ以上のことは……」
「病を患っていたという話は?」
サリーは静かに首を振った。しかし――言いたいことがあるのに言えない、そんな沈黙だった。
「……これは、誰にも言わないと約束していただけますか」
「無論です」
「……モリス公爵邸には、スーザン様の温室があります。そこには美しく珍しい花々があるのですが……その、あまり良くないものも……」
(良くないもの……?)
「それは、毒……?」
「い、いえ! 様々な効能がある薬草も多い、という意味です! 毒なんて……私は……」
サリーはそっと男の子へ視線を向けた。
母親と同じ栗色の髪、そして宝石のように輝く青い瞳――
(……この子、フィリップによく似てる……)
ヴァルクは静かに言葉を重ねた。
「その温室の場所を教えてください。あなたに不利益になるようなことは絶対にさせません」
(……やっぱり。彼女は……モリス公爵の愛人……。そして、この子は……)
サリーは観念したように息を吐き、答えた。
「温室は公爵邸の裏庭にあります。外国から取り寄せた植物ばかりですので、すぐに分かると思います」
「恩に着ます。
男爵からあなたの生活金を預かっています。狼の被害もあるので、しばらく警備兵を派遣します。安心して暮らしてください」
ヴァルクが置いた袋は、生活金と呼ぶには重すぎるほどの量だった。
サリーは深々と頭を下げた。
***
集落を後にしてしばらくすると、アメリアはようやく口を開いた。
「先ほどの方はモリス公爵の……?」
「男爵が言うには、侍女だったらしい。
公爵は後妻に迎えようとしていたそうだが、フィリップ殿の猛反対にあい、公爵邸から出ることになり、男爵の統治区に住まいをあてがったそうだ」
「そうでしたか……」
「男爵夫人のことが気になるな……。彼女はフィリップ殿が寄宿学校に行っていた間は男爵邸に戻っていたが、ダリオン王子妃が輿入れ後はまた公爵邸で暮らしていたそうだ」
「では今は、わざわざこちらに来ているということですか?」
「……そういうことだろうな」
胸の奥がざわざわと不穏な気配を放つ。
これまで薄い膜で覆われていた秘密が、少しずつ露わになっていくように感じた。
「ふっ」
暗い顔のアメリアを見て、ヴァルクの口元から笑いが漏れた。
その音に驚いて彼を見ると、なぜか穏やかに微笑んでいた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。もう我々は答えに近づいている。
相手はすぐに降伏するだろう」
なぜそんなに余裕があるのか……。
アメリアを安心させるためなのか、ヴァルクは朗らかに笑うが、それでもアメリアの不安は消えなかった。
フィリップ・モリスのことは、前世ではほとんど記憶がない。
前世の彼は賭けごとに入れ込み公爵家を破産させた……はずだけれど、それはいつのことだっただろうか。
そもそも、今の彼からそんな素振りは見えない。賭け事に溺れるなど、本当にあるのだろうか。
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