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第三章
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春の兆しが見え始めた頃、アメリアたちはノルディアを出発し、王都へと向かった。
到着するとすぐに、待ちに待ったダリオンとマリアの娘に会うことができた。
もう寝返りができそうだという赤子は、小さい体のわりによく動き、見ているこちらをハラハラさせるほどだった。
手足をばたばたと動かし、体をひねってみたり、あーあーと大きな声を出してみたりと、忙しなく遊んでいる。
「なんて可愛いの。ずっと見ていられるわ」
アメリアの言葉に、ダリオンは思わず呟いた。
「そんなに子供が好きだったんだな」
「え、ええ……だって、可愛いもの。お兄様だって、毎日可愛くて仕方ないでしょう」
「それはもちろん!」
「ダリオンは毎日、乳母からでミナを奪っていくのよ。
なにもかもほったらかしだって、先日ついに国王陛下からもお叱りを受けてしまって……」
「お兄様……」
アメリアの冷たい視線から逃げるように、ダリオンは赤子を抱き上げた。
「よおしよし、眠そうだな。パパが寝かしつけてあげよう」
「もう、困った人……」
そう溜息をつきながらも、ダリオンを見つめるマリアの瞳は、明らかに以前とは違っていた。
彼女の心もまた、確かに変化しているようだった。
ダリオンが赤子を連れて部屋を後にすると、マリアは一呼吸おいて、アメリアに向き直った。
「実は……私たちは、モリス公爵領へ行くことが決まりました」
「えっ……! 公爵領って……」
「実はあなたたちの結婚式の少し前に、フィリップが、しばらく外国で勉強し直したいと申し出たの。
今は父が公爵代行を務めています。
それで国王陛下に嘆願して、ダリオンがその任を負うことになったわ」
「……フィリップが……?」
「彼は……ダリオンには、もうロキアに帰ってくるつもりはないと言ったそうよ。
それで、テティもモリス領の修道院に入ることが決まったわ」
テティ――
マリアの侍女だった彼女が犯した罪は、王女の誘拐の首謀者であることをはじめ、貴族殺害、他国の王子の暗殺と、あまりにも重いものだった。
死刑が言い渡されたとき、アメリアはこの残酷な結末も致し方ないと思っていた。
けれど、彼女の友人であるマリアだけは、最後まで諦めなかった。
彼女を生涯監視する使命を負い、第二王子妃という地位も捨てる覚悟だった。
そして、夫であるダリオンもまた妻とともに生きる道を選び、王位継承権を返上したのだ。
そのため、ふたりの処遇については、王宮内でさまざまな意見が割れていた。
「結婚式の時に話そうとしていたのは、そのことだったのね」
「ええ。アメリアには、すごく迷惑をかけたし……
それに、私が極刑を避けるために動いていた時、協力してくれたでしょう。
いずれ、きちんと話さないといけないと思っていたの」
「あなたは、それで大丈夫なの?
公爵領には……あのお母様がいらっしゃるでしょう」
「お母様は、もう誰かと話すこともできない状態なの」
「え……」
「ご自身で薬を服毒した可能性も高いですが……
どうしてそうなったのかは、まだ分かっていません」
「父は、母とモリス公爵の介護、それに公爵領の管理まで抱えていて……
とても一人では手が回らない状態なんです。
私たちは公爵領の安定を目指して、いずれは……
モリス公爵の息子さんに継いでいただけるよう、教育に力を貸すつもりです」
「そう……。フィリップは……どういうつもりだったのかしら」
「たぶん、彼はダリオンに公爵領を譲るつもりで、海外に行くと言ったのだと思います。
私のせいで、ダリオンまで王室を出ようとしていたから……
彼は……ダリオンのことだけは、本当に大切に思っているんです」
「……そうなの?
こんなことをしでかしておいて?」
「だって、彼がダリオンを傷つけたことは、一度もないもの……
彼は何にも興味がない人だけど、ダリオンだけは特別だった」
「フィリップにとっては、母もテティも、私も……
アメリア、あなたでさえも、ただの駒」
「彼が本当に、何よりも大切なのは……
ダリオンだけなのよ」
その言葉が、なぜかすとんと胸に落ちた。
確かに、そうなのだろう。
フィリップは、アメリアがヴァルクが伯爵になってから冷たくなったと言ったが、アメリア自身への執着は見られなかった。
けれど、ダリオンに対しては違う。
テティのことも含め、彼の無慈悲な行いを糾弾されても、ダリオンはフィリップを決して咎めることはなかった。
何があっても友には変わらないと、言い切ったのだ。
ダリオンの真っ直ぐな性格だけは、捻れたフィリップの心にも、確かに届いていたのだろう。
彼にとって、もっとも大きな罰は、ダリオンに二度と会えなくなることなのかもしれない。
「なんだか……いろんなことが変わっていくわね」
そう呟くと、マリアは微笑んだ。
「そうですね。でも……きっと良い方向に向かう気がします」
そこにはもう、母親に怯え、夫の愛を疑っていた彼女はいなかった。
美しく、愛されているという自信と、
母親としての強さを手に入れた人。
世界が変わり始めていると実感するには、十分な笑みだった。
***
自室に戻ると、国王と謁見していたヴァルクも戻っていた。
彼はすでに騎士服へと着替え、出立の準備を終えていた。
「もう行ってしまわれるのですか?」
「ああ、これから立つ。
姪には会えたか?」
「ええ。あなたとも一緒に会いたかったのに」
「ミナ姫には会ったよ。
ダリオン殿が謁見中に連れてきて陛下に叱られていた」
嬉しそうに笑うと、
「でも、孫を溺愛しているのがよく分かったよ」
と付け加えた。
「寂しくなるわ」
「手紙を書くよ。最近は、ずいぶん上達しただろう?」
ヴァルクの言葉に、アメリアは大きく頷いた。
手紙のことで喧嘩して以来、ヴァルクは一言であっても必ず手紙をくれるようになった。
結婚してからも、領地を離れる時は、必ず一度は手紙を送り、
領地にいる間はアメリアから文の書き方を学び、
いつの間にか、アメリアを驚かせるほど達筆になっていた。
「私も書くわ。気をつけて行ってきてね」
ヴァルクはアメリアの頬に口付けると、部屋を後にした。
アメリアは窓辺に立ち、
氷狼騎士団の隊列が小さくなり、やがて見えなくなるまで、静かに見つめていた。
到着するとすぐに、待ちに待ったダリオンとマリアの娘に会うことができた。
もう寝返りができそうだという赤子は、小さい体のわりによく動き、見ているこちらをハラハラさせるほどだった。
手足をばたばたと動かし、体をひねってみたり、あーあーと大きな声を出してみたりと、忙しなく遊んでいる。
「なんて可愛いの。ずっと見ていられるわ」
アメリアの言葉に、ダリオンは思わず呟いた。
「そんなに子供が好きだったんだな」
「え、ええ……だって、可愛いもの。お兄様だって、毎日可愛くて仕方ないでしょう」
「それはもちろん!」
「ダリオンは毎日、乳母からでミナを奪っていくのよ。
なにもかもほったらかしだって、先日ついに国王陛下からもお叱りを受けてしまって……」
「お兄様……」
アメリアの冷たい視線から逃げるように、ダリオンは赤子を抱き上げた。
「よおしよし、眠そうだな。パパが寝かしつけてあげよう」
「もう、困った人……」
そう溜息をつきながらも、ダリオンを見つめるマリアの瞳は、明らかに以前とは違っていた。
彼女の心もまた、確かに変化しているようだった。
ダリオンが赤子を連れて部屋を後にすると、マリアは一呼吸おいて、アメリアに向き直った。
「実は……私たちは、モリス公爵領へ行くことが決まりました」
「えっ……! 公爵領って……」
「実はあなたたちの結婚式の少し前に、フィリップが、しばらく外国で勉強し直したいと申し出たの。
今は父が公爵代行を務めています。
それで国王陛下に嘆願して、ダリオンがその任を負うことになったわ」
「……フィリップが……?」
「彼は……ダリオンには、もうロキアに帰ってくるつもりはないと言ったそうよ。
それで、テティもモリス領の修道院に入ることが決まったわ」
テティ――
マリアの侍女だった彼女が犯した罪は、王女の誘拐の首謀者であることをはじめ、貴族殺害、他国の王子の暗殺と、あまりにも重いものだった。
死刑が言い渡されたとき、アメリアはこの残酷な結末も致し方ないと思っていた。
けれど、彼女の友人であるマリアだけは、最後まで諦めなかった。
彼女を生涯監視する使命を負い、第二王子妃という地位も捨てる覚悟だった。
そして、夫であるダリオンもまた妻とともに生きる道を選び、王位継承権を返上したのだ。
そのため、ふたりの処遇については、王宮内でさまざまな意見が割れていた。
「結婚式の時に話そうとしていたのは、そのことだったのね」
「ええ。アメリアには、すごく迷惑をかけたし……
それに、私が極刑を避けるために動いていた時、協力してくれたでしょう。
いずれ、きちんと話さないといけないと思っていたの」
「あなたは、それで大丈夫なの?
公爵領には……あのお母様がいらっしゃるでしょう」
「お母様は、もう誰かと話すこともできない状態なの」
「え……」
「ご自身で薬を服毒した可能性も高いですが……
どうしてそうなったのかは、まだ分かっていません」
「父は、母とモリス公爵の介護、それに公爵領の管理まで抱えていて……
とても一人では手が回らない状態なんです。
私たちは公爵領の安定を目指して、いずれは……
モリス公爵の息子さんに継いでいただけるよう、教育に力を貸すつもりです」
「そう……。フィリップは……どういうつもりだったのかしら」
「たぶん、彼はダリオンに公爵領を譲るつもりで、海外に行くと言ったのだと思います。
私のせいで、ダリオンまで王室を出ようとしていたから……
彼は……ダリオンのことだけは、本当に大切に思っているんです」
「……そうなの?
こんなことをしでかしておいて?」
「だって、彼がダリオンを傷つけたことは、一度もないもの……
彼は何にも興味がない人だけど、ダリオンだけは特別だった」
「フィリップにとっては、母もテティも、私も……
アメリア、あなたでさえも、ただの駒」
「彼が本当に、何よりも大切なのは……
ダリオンだけなのよ」
その言葉が、なぜかすとんと胸に落ちた。
確かに、そうなのだろう。
フィリップは、アメリアがヴァルクが伯爵になってから冷たくなったと言ったが、アメリア自身への執着は見られなかった。
けれど、ダリオンに対しては違う。
テティのことも含め、彼の無慈悲な行いを糾弾されても、ダリオンはフィリップを決して咎めることはなかった。
何があっても友には変わらないと、言い切ったのだ。
ダリオンの真っ直ぐな性格だけは、捻れたフィリップの心にも、確かに届いていたのだろう。
彼にとって、もっとも大きな罰は、ダリオンに二度と会えなくなることなのかもしれない。
「なんだか……いろんなことが変わっていくわね」
そう呟くと、マリアは微笑んだ。
「そうですね。でも……きっと良い方向に向かう気がします」
そこにはもう、母親に怯え、夫の愛を疑っていた彼女はいなかった。
美しく、愛されているという自信と、
母親としての強さを手に入れた人。
世界が変わり始めていると実感するには、十分な笑みだった。
***
自室に戻ると、国王と謁見していたヴァルクも戻っていた。
彼はすでに騎士服へと着替え、出立の準備を終えていた。
「もう行ってしまわれるのですか?」
「ああ、これから立つ。
姪には会えたか?」
「ええ。あなたとも一緒に会いたかったのに」
「ミナ姫には会ったよ。
ダリオン殿が謁見中に連れてきて陛下に叱られていた」
嬉しそうに笑うと、
「でも、孫を溺愛しているのがよく分かったよ」
と付け加えた。
「寂しくなるわ」
「手紙を書くよ。最近は、ずいぶん上達しただろう?」
ヴァルクの言葉に、アメリアは大きく頷いた。
手紙のことで喧嘩して以来、ヴァルクは一言であっても必ず手紙をくれるようになった。
結婚してからも、領地を離れる時は、必ず一度は手紙を送り、
領地にいる間はアメリアから文の書き方を学び、
いつの間にか、アメリアを驚かせるほど達筆になっていた。
「私も書くわ。気をつけて行ってきてね」
ヴァルクはアメリアの頬に口付けると、部屋を後にした。
アメリアは窓辺に立ち、
氷狼騎士団の隊列が小さくなり、やがて見えなくなるまで、静かに見つめていた。
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(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
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お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
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