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第三章
20話 誕生
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「領主様! 邪魔なので出ていてください!!」
部屋の外へと追い出されたヴァルクは、混乱していた。
アメリアが陣痛が始まったと告げてから十時間――最初のうちは、時折痛みに耐えながらも、まだ会話を楽しむ余裕が見えていた。
数時間後、ようやくやって来た産婆に
「進みが悪い気がするわ」
と話したのも束の間、明らかに痛みに苦しむ時間が増えていった。
それでもなかなか進まない出産に、苛立ちすら覚え始めたころ、ついにこのザマだ。
おそらくもう誕生間近だというのに、まさか追い出されるとは思ってもみなかった。
呆然と扉の前に立ち尽くしていると、肩を叩かれる。
「出てきていいのか?」
振り返ると、シンシアが嬉しそうに立っていた。
「アメリアがようやく目を覚ましたって聞いたから、急いで戻ってきたのに。今度は陣痛が始まったって? お前も気が休まらないな」
「ああ……」
「お前はなんで出てきたんだ。手でも握ってやるべきだろう」
なぜか当然のようにシンシアの隣にいるジオには、もはや反論する気すら起きない。
ヴァルクは、扉から漏れ聞こえるアメリアの苦しげな息遣いに、ひたすら祈るしかなかった。
「ヴァルク、子どもが産まれるっていうのは、どういう気分だ?」
隣に立ったシンシアが、無機質な声で問う。
「今聞く必要があるのか……」
「今、だから聞いておきたいと思ってな」
「そうだな……あえて言うなら、たとえようもなくもどかしい」
「もど……かしい?」
「自分にはどうすることもできないことだからだ。まるですべてを放り出してしまっているようで……だからもう、二度と味わいたくはない」
「ははっ……すべてを掌握するお前ですら、出産だけは別物なんだな」
そう笑うシンシアの肩を、ジオが何も言わずに抱きしめた。
王都にいたころ、二人が寄り添う姿を羨ましく思うことがあったと、アメリアが話していたのを思い出す。
二人は常に対等で、互いをわかり合っている。
たしかにこの二人なら、相手の気持ちがわからず不安に思うことはないのかもしれない。
アメリアには、手紙の返事のことを大したことではないかのように話したが、本音は違った。
毎日何度も空を見上げ、飛び交う鳥を見てはその中に伝書鳥がいないか目を凝らした。そのたびに返事を書かなかった自分を思い出しては、殴りたくなった。
だから、アメリアから返事が来ないのは、その罰なのだと思うようにした。
彼女の様子は他の者たちから逐一報告させていたから、その罰を受け続けることで、なんとか自分を納得させていた。
彼女から最後に届いた手紙。
たった一言のその文を読んだ瞬間、血が逆流するほどの飢えと乾きを覚えた。
――会いたい。
王都に行き国王に報告する予定を変え、最短経路でノルディアに戻った。
その帰路で早馬に知らされた、アメリアが倒れたという知らせ。
そこからは、地獄だった。
隊を離れ一人で先に戻り、彼女のそばを片時も離れられなかった。
そのとき、己の無力さを思い知った。
彼女の手を握り、ひたすら祈りながら考えた。
どうすれば、彼女と共にいられるのか。
そのとき、扉の向こうで、ひときわ鋭い声が上がった。
「――あぁっ……!」
その声に、ヴァルクの背筋が凍りつく。
思わず扉に手をかけかけ、しかし先ほどの怒号を思い出し、拳を握りしめた。
次いで、産婆の低く張りのある声が聞こえる。
「力を抜いて! 大丈夫、もうすぐです!」
時間が、異様なほどゆっくりと流れていく。
胸の奥が締めつけられ、息の仕方すら忘れそうになった、そのとき――
「――おぎゃあっ!」
高く、力強い産声が、部屋の中に響いた。
一瞬、世界が静止したように感じられた。
次の瞬間、ヴァルクは我を忘れて扉に向き直る。
「……生まれた、のか?」
その問いに答えるように、室内から安堵の空気が溢れ出す。
「……よかった……」
思わず膝から力が抜け、壁に手をつく。
シンシアは小さく息を吐き、ジオは静かに目を閉じていた。
ほどなくして、扉が開く。
中から現れた産婆は、汗を拭いながらも満足そうに微笑んでいた。
「お疲れさまでした。母子ともに、元気ですよ」
その言葉に、ヴァルクの胸に溜まっていたものが、一気に溢れ出しそうになる。
「……会っても、いいのか」
「もちろんです。他の方は、ここでお待ちくださいね」
震える足で室内に足を踏み入れる。
寝台の上で、アメリアは疲れ切った表情のまま、それでも確かに微笑んでいた。
その腕の中には、小さな、小さな命が抱かれている。
「……ヴァルク……」
呼ばれ、そっと近づく。
アメリアは赤子の顔を覗き込み、涙に濡れた声でつぶやいた。
「見て……とても美しい女の子よ……」
その瞬間、産婆が目を丸くした。
「何を言ってるんですか、アメリア様。
この子は男の子ですよ」
一拍の沈黙。
アメリアはもう一度、腕の中の赤子を見つめた。
自分と同じ銀の髪。整った顔立ち。
――そして、確かにそこにある、小さな男の子の証。
「……え?」
「お、男の子ぉぉお?!」
その日――
喜びと混乱と、少しの未来への不安をすべて包み込むように、
城中に、ひときわ大きな声が響き渡った。
部屋の外へと追い出されたヴァルクは、混乱していた。
アメリアが陣痛が始まったと告げてから十時間――最初のうちは、時折痛みに耐えながらも、まだ会話を楽しむ余裕が見えていた。
数時間後、ようやくやって来た産婆に
「進みが悪い気がするわ」
と話したのも束の間、明らかに痛みに苦しむ時間が増えていった。
それでもなかなか進まない出産に、苛立ちすら覚え始めたころ、ついにこのザマだ。
おそらくもう誕生間近だというのに、まさか追い出されるとは思ってもみなかった。
呆然と扉の前に立ち尽くしていると、肩を叩かれる。
「出てきていいのか?」
振り返ると、シンシアが嬉しそうに立っていた。
「アメリアがようやく目を覚ましたって聞いたから、急いで戻ってきたのに。今度は陣痛が始まったって? お前も気が休まらないな」
「ああ……」
「お前はなんで出てきたんだ。手でも握ってやるべきだろう」
なぜか当然のようにシンシアの隣にいるジオには、もはや反論する気すら起きない。
ヴァルクは、扉から漏れ聞こえるアメリアの苦しげな息遣いに、ひたすら祈るしかなかった。
「ヴァルク、子どもが産まれるっていうのは、どういう気分だ?」
隣に立ったシンシアが、無機質な声で問う。
「今聞く必要があるのか……」
「今、だから聞いておきたいと思ってな」
「そうだな……あえて言うなら、たとえようもなくもどかしい」
「もど……かしい?」
「自分にはどうすることもできないことだからだ。まるですべてを放り出してしまっているようで……だからもう、二度と味わいたくはない」
「ははっ……すべてを掌握するお前ですら、出産だけは別物なんだな」
そう笑うシンシアの肩を、ジオが何も言わずに抱きしめた。
王都にいたころ、二人が寄り添う姿を羨ましく思うことがあったと、アメリアが話していたのを思い出す。
二人は常に対等で、互いをわかり合っている。
たしかにこの二人なら、相手の気持ちがわからず不安に思うことはないのかもしれない。
アメリアには、手紙の返事のことを大したことではないかのように話したが、本音は違った。
毎日何度も空を見上げ、飛び交う鳥を見てはその中に伝書鳥がいないか目を凝らした。そのたびに返事を書かなかった自分を思い出しては、殴りたくなった。
だから、アメリアから返事が来ないのは、その罰なのだと思うようにした。
彼女の様子は他の者たちから逐一報告させていたから、その罰を受け続けることで、なんとか自分を納得させていた。
彼女から最後に届いた手紙。
たった一言のその文を読んだ瞬間、血が逆流するほどの飢えと乾きを覚えた。
――会いたい。
王都に行き国王に報告する予定を変え、最短経路でノルディアに戻った。
その帰路で早馬に知らされた、アメリアが倒れたという知らせ。
そこからは、地獄だった。
隊を離れ一人で先に戻り、彼女のそばを片時も離れられなかった。
そのとき、己の無力さを思い知った。
彼女の手を握り、ひたすら祈りながら考えた。
どうすれば、彼女と共にいられるのか。
そのとき、扉の向こうで、ひときわ鋭い声が上がった。
「――あぁっ……!」
その声に、ヴァルクの背筋が凍りつく。
思わず扉に手をかけかけ、しかし先ほどの怒号を思い出し、拳を握りしめた。
次いで、産婆の低く張りのある声が聞こえる。
「力を抜いて! 大丈夫、もうすぐです!」
時間が、異様なほどゆっくりと流れていく。
胸の奥が締めつけられ、息の仕方すら忘れそうになった、そのとき――
「――おぎゃあっ!」
高く、力強い産声が、部屋の中に響いた。
一瞬、世界が静止したように感じられた。
次の瞬間、ヴァルクは我を忘れて扉に向き直る。
「……生まれた、のか?」
その問いに答えるように、室内から安堵の空気が溢れ出す。
「……よかった……」
思わず膝から力が抜け、壁に手をつく。
シンシアは小さく息を吐き、ジオは静かに目を閉じていた。
ほどなくして、扉が開く。
中から現れた産婆は、汗を拭いながらも満足そうに微笑んでいた。
「お疲れさまでした。母子ともに、元気ですよ」
その言葉に、ヴァルクの胸に溜まっていたものが、一気に溢れ出しそうになる。
「……会っても、いいのか」
「もちろんです。他の方は、ここでお待ちくださいね」
震える足で室内に足を踏み入れる。
寝台の上で、アメリアは疲れ切った表情のまま、それでも確かに微笑んでいた。
その腕の中には、小さな、小さな命が抱かれている。
「……ヴァルク……」
呼ばれ、そっと近づく。
アメリアは赤子の顔を覗き込み、涙に濡れた声でつぶやいた。
「見て……とても美しい女の子よ……」
その瞬間、産婆が目を丸くした。
「何を言ってるんですか、アメリア様。
この子は男の子ですよ」
一拍の沈黙。
アメリアはもう一度、腕の中の赤子を見つめた。
自分と同じ銀の髪。整った顔立ち。
――そして、確かにそこにある、小さな男の子の証。
「……え?」
「お、男の子ぉぉお?!」
その日――
喜びと混乱と、少しの未来への不安をすべて包み込むように、
城中に、ひときわ大きな声が響き渡った。
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