悪役令嬢の見る夢は

伊簑木サイ

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前日譚

侯爵に見つかる

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 良いことがあれば、悪いことが起きる。これまでの人生で、ラウルはそう学んでいた。
 だから、抱きつく彼女の柔肌を味わいながら、静かに
 高嶺の花と思っていた相手と思いを遂げるなどという奇蹟としか思えない幸運と、同じほどの不運と言えば、それしかない。
 案の定、あられもない姿でいまだ繋がっている状態で、ノックと同時に扉が開けられた。侍女が入ってきて悲鳴をあげる。それみならず、後ろから、「なにごとだ」と侯爵本人が入ってきて、いよいよか、と納得したのだった。

 侍女が駆け寄ってきてガウンを拾い、お嬢様の肩に掛ける。
 お嬢様は、そっと腰を上げて床の上に下り立った。彼女の腿を、いくらか赤く色づいた彼の精が伝い落ちていく。
 彼のものは、また立ち上がっていた。強力な媚薬を飲んだのだ。一度きりでおさまるはずもない。とてもズボンの中に戻せる状態ではなかった。
 居心地悪そうに彼女を見上げる彼に微笑みかけると、彼女は侍女に渡された自分のネグリジェを、ふんわりと彼の股間に掛けてやった。

「どういった騒ぎだ、これは」

 お嬢様はガウンの前をかき合わせ、その場で父親へと向き直った。ガウンを押さえてない方の腕を広げて、肩をすくめてみせる。

「ご覧のとおりですわ。彼を口説き落としていましたの」
「ふざけたことを。呼び出しておいて見せたかったのは、そんな痴態か。おまえに施した教育の数々をどう心得ている。その男ごと叩き斬ってくれようか」
「あら、もったいないことを。お父様にお届けしたものを書いたのは、彼ですのよ。わたくしが媚薬で殿下を籠絡できるようにと、計画してくれたのです。たった二週間で」

 計画書はさっき渡したばかりだよな、と彼はお嬢様とその乳姉妹である侍女の連携ぶりに舌を巻いた。ぜんぜんそんな素振りは見られなかったのだ。
 薬をお茶に混ぜたのも、この侍女だし、侯爵を呼んできたのも、この侍女。情事が終わる頃を見計らったのだろうというのが、うっすら透けて見え、ラウルは後ろ手に縛られていなかったら、頭を抱えたくなった。
 俺、完全にお嬢様に嵌められた。……二重の意味で。
 うまいことというか、馬鹿なことを思いついたのがおかしくて、こんな時なのに、ラウルは一人でニヤッとせずにはおれなかった。

「これほどの城内での人脈を、たった二週間で築いたと? でたらめを言うな、男」

 会話の矛先が自分に変わったのを感じて、彼はお嬢様の体の陰から、おそるおそる顔を出してみた。ひたりと侯爵に見据えられてて、ひっ、となる。
 生まれたときからの高位貴族、それも富も権力も掌中にしている男の威圧感に、人の顔色を窺ってその日の糧をようやく得てきた彼が、敵うわけもない。たじたじとお嬢様の陰に再び隠れつつ、それでもこれ以上機嫌を損ねないように、反射的に質問に答えた。
 同じ殺されるにしても、楽に死なせてもらいたいと思ったのだ。

「二週間ではありません。こちらに雇い入れていただいてより、度々城へは使いに参っております。……あ、ええと、嘘ではありません。新人の下働きに城への使いなど頼むものかとお思いでしょうが、その、……えー、いろいろ小細工して、その役をいただいておりました。すみません、悪いことはしておりません! 神に誓って! ただ、その……、顔を売りたくて……。いつこちらを追い出されても、すぐに次の働き口を見つけられるようにと思っていただけでして。知り合いを作っては、たまり場となっている酒場にも顔を出しておりました。そのおかげで、伝手の伝手を頼り、情報も媚薬も手に入れました」

 なにしろ、どう考えても、彼はお嬢様が嫁に行くまでの暇つぶし要員だったし、その後はお払い箱になるだろうと考えるのが自然だ。それに備えておくのは当然というものだった。

 お嬢様は振り返らなかったが、公の場でよく見せる、これぞ淑女という笑みを浮かべていた。
 自分はキリムにかこつけて彼を呼び出す度に心を躍らせていたというのに、彼はいつでも出て行ける用意をしていたというのだから、面白くないわけがない。

「なるほど。それで、身の程知らずにも我が娘を欲しいが為に、王太子の毒殺を目論んだと」
「え!? 違います、違います、そんな恐ろしいこと考えません! お嬢様が泥棒猫に負けそうだから、体で落としたいと仰って」
「そうは言ってないわね」
「あ、はい」

 そうだっただろうかと思いながら、彼は反射で、仰るとおりですと頷いた。たしか、『王子の心が離れて辛い。だから媚薬が欲しい。』と言ったはずだ。
 ……あれ。言ってないな。
 なんとなくお嬢様の後ろ姿に怒りの炎がゆらめくのが見える気がして、これ以上余計なことは言うまいと、彼は自分を戒めた。
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