悪役令嬢の見る夢は

伊簑木サイ

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前日譚

主を得る

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「おまえの言うことは、話せば話すほどおかしいことばかりだ。言うことすべてが本当ならば、それほどの才、どこぞに仕えるなり、自分で一旗揚げるなり、していておかしくない。しかしおまえは、働き先が見つからず、教会に居候していたと聞いている」
「はい。私は人に嫌われるので、一所ひとところに長く居れないのです」
「城勤めの者に上手く取り入っていると聞いたばかりだが?」
「初めはうまくいきますが、しばらくすると、気味悪がられたり、憎まれたりするようになります」

 教会の孤児院で育った彼は、初め神父の紹介で、商家に働きに出た。神父に読み書き計算を教わっていたため重宝され、素直で真面目に働く彼は、可愛がられた。
 彼は居場所を得たように感じて、商家のためになりたいと願った。それで少しずつ助言するようになったのだ。
 初めは喜ばれたのだ。彼の言うことはことごとく当たり、どんどん商売は大きくなっていったから。けれど、彼の言うとおりにしなかったことは失敗し、言うとおりにしたときだけ成功するのがあまりに続くと、人々は彼を気味悪がるようになった。……悪魔でも憑いているのではないか、それとも呪いでもかけているのではないか、と。
 噂はどんどん大きくなり、身の危険を感じるようになって、夜逃げするようにして、その商家とは取引のない遠いところへ移った。

 今度は一つ所に居着かず、日雇いで暮らした。そのうち、何かとよく顔を合わせる男と仲良くなって、酒を飲みつつ食事をしているときに、ちょっとした相談をされて、アドバイスをしたのだった。
 相手の男も、酒の上のことだ、迷いを口にしただけで、気の良さだけが取り柄にしか見えない相手に、真剣に相談したわけではなかった。
 だが、それで男の商売は軌道に乗った。感謝した男は、礼にと彼を雇った。彼も今回は用心した。いつでも男が考え出したことのように、誘導したのだ。
 けれど、事業が大きくなるほどに、それだけでは足りないことが出てきた。それで彼もいつしか口を出さなければなくなり、己の力だと過信していた男に煩がられるようになった。最後は、「何様のつもりだ、出て行け!」と怒鳴られ、追い出されたのだった。

 どこに行っても、同じ。彼は転々と彷徨い歩き、疲れ果て、育ての親の神父の顔が見たくなって、教会に舞い戻った。
 彼を気味悪がらず、嫌わず、彼の才を神の恩寵だと喜び、尊んでくれたのは、神父と、――その他はお嬢様だけだった。
 初めてキリムを打ったとき、手加減してうまく花を持たせて負けるつもりだったのに、それができなかった。そんな手加減は、彼女には見通せてしまうし、そもそも彼女相手にそんな必要はなかった。対等の勝負ができるほど強かったのだ。
 夢中で打った末に勝ってしまったとき、我に返って、彼は身構えた。……どんなふうに罵られるだろうと。
 だけど彼女は、満足げに笑って言ったのだ。『負けました。楽しい勝負をありがとうございました』と。それはいつまでたっても、何度勝負を重ねても、変わることはなかった。
 それに、どれほど救われていることか。

 彼はお嬢様を愛した。彼女とどうこうなりたいなどと思ったのではない。ただただ、彼女の願いを叶えてやりたいと思ったのだ。……彼女を喜ばせたいと。
 だから彼は、お嬢様の願いを拒めなかった。膝に乗られても、脱がされても、リボンで縛られても、……繋がりたいと望まれても。
 たとえ手を拘束されていても、女一人、膝から落とそうと思えばできた。彼女は床に尻餅をついただろうが、下賤の男に処女を散らされるよりいいはずだ。
 そうわかっていて、できなかった。彼女のまなざしが彼を捉えて離さず、すべてをさらけだして訴え続ける願いを、退けることなどできなかったから。……どうしても。
 この自分が、彼女を喜ばせることができる、その喜びに、抗えなかった。
 
「ふむ。なるほど。その才を使える主には巡り会えなかったということか」

 痛い記憶に心を飛ばしていた彼は、侯爵の言葉で現実に引き戻された。はっと顔を上げる。

「男」
「ラウルですわ、お父様」
「まだ名を覚えるに値しない。だが、おまえの素っ首、叩き斬るのを待ってやってもいい。我が領地の黒い森に、隣国が作った砦を調べてこい」

 ラウルは周辺の地理を思い浮かべた。伊達に放浪はしていない。何が問題か、瞬時に理解した。

「砦を落としてこなくてよいので?」

 神父仕込みの倫理観を持った彼であるが、お嬢様に及ぶ危害を退けるためなら、地獄に落ちようが躊躇いはない。

「大きく出たな。今はまだいい。……我が国の王太子に問題があるのは知っておるか」
「ええ、まあ……」

 お嬢様という素晴らしい婚約者がいるというのに、身分の低い娘に入れあげているのは知っている。噂の端々から、ぼんくらなんだろうなあと、察してもいた。

「しかるべき時に、即座に動けるようにしておきたい」
「落とす方法を探るのと、寝返る伝手を作っておくのと、両方しておけと」

 侯爵は答えず、扉の外に控えている侍従に、人を呼んでくるよう指示を出した。

「おまえに、ロドリックという騎士を護衛と監視を兼ねて付ける。心せよ。我が娘を女神のごとく崇めている者だ。……娘を傷物にした責任はとってもらうぞ」

 うわあ、仕事やりにくそう。彼はそう思ったが、口には出さず、こういう時に言うべき答えを、恭しく口にした。

「仰せのままに。貴き御方」

 彼に仕える――彼を使える――主ができた瞬間だった。
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