悪役令嬢の見る夢は

伊簑木サイ

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前日譚

泥棒猫を諭す

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 レオノーラは、ますます王子に嫌われるよう、精力的に振る舞った。嫌われると言っても、今まで以上に、貴族として清く正しく美しく気品ある行動を心がけただけだ。
 具体的には、学園での成績では首位争いを、己の派閥の者には甘い汁を、身分の低い者には慈悲深く、そして泥棒猫には真正面から窘めた。

 もちろん淑女なので、相手に恥をかかさないよう、人目につかないところに呼び出して行う。
 呼び出すときは、悪目立ちせぬように、同じ男爵か子爵の令嬢に頼み、忠告の場に他の者を近付けさせないため、伯爵や侯爵家の令嬢達に見張りを頼んだ。そして、一対一で会話する。

「あなた、殿下がわたくしの婚約者であることはわかっていて?」
「ええ、もちろんです。王様と侯爵様で勝手に決められたものだと聞いています」
「では、婚約者のいる男性に、みだりに親しげに振る舞うのは、慎みのない行いだとわかっていて?」
「ダニー様の意思を無視して決めたものなんて、無効に決まっています。法王様は、当人の意思が結婚には必要だとおっしゃっているんですよ! それが神のご意志だと!」
「殿下ご自身が九歳の時に、司祭に婚約する旨を宣誓し、契約書にサインをしたのです」
「ダニー様は騙されたっておっしゃってました! 字もろくに読めなかったのに、名前だけ書かされたって!」
「読み上げられて、説明も受けていらっしゃいました」
「難しい言葉で、ほとんどわからなかったって。そんなの説明のうちに入りません!」
「だとしても、契約は交わされ、わたくしが婚約者となりました。どのような詭弁を弄そうと、その事実は変わりません。世間では、あなたは婚約者のある男性に言い寄る、はしたない娘ということになるのです」
「それこそ詭弁です! そうやっていつも人を見下して! だからダニー様も心安まる時がないのです!」
「家族でも婚約者でもない異性を愛称で呼ぶのは、よろしくなくてよ。あらぬ疑いを抱かれます。なにより、その相手に身分があるほど、あなたが人々に反感を持たれます」
「それは、あなたが腹いせに、他の人達にやらせているだけでしょう!? それを、さもみんなの意思のように言うなんて! なんて卑怯なの!」
「あなたは信じないかも知れませんが、わたくしが扇動したことはありません。それと、そのように怒鳴り散らすのも品がありません。およしになった方がよくてよ」
「いちいちいちいち揚げ足を取って! あなたのやり方こそ品がないって言うのよ!」

 そこで、カラーンカラーンと予鈴が鳴った。

「お話はここまでにいたしましょう。お時間をいただきありがとうございました。……廊下を走らなくても間に合いますから、歩いておいでになってね」
「そんなのは私の勝手でしょう!? 嫌味な人ね!」

 彼女は大股で歩いて扉を勢いよく開け放つと、廊下で見張りをしていた令嬢達を睨みつけて、走り去っていった。



 翌日の朝のことだった。そろそろ授業が始まるという時間になって、他のクラスのはずの泥棒猫を伴ってやってきた王子は、レオノーラの机の前に立ちはだかった。

「レオノーラ!」 

 彼女は王子が入ってきたと同時に礼儀正しく立ち上がっており、美しく挨拶をした。

「おはようございます。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「よくも厚顔無恥にそんなことを言えたものだ! おまえのせいで、昨日から気分が悪い。おまえ、アイラを大人数で呼び出し、人気ひとけの無いところで糾弾したそうだな」
「そのようなことは、けっして。人に頼んで彼女を呼んではもらいましたが、二人きりで話しました。それに、糾弾などしておりません。助言をしたまでです」
「はしたないだの、品がないだの言って、見下したと聞いたぞ」
「たしかに申しましたが、見下してはおりません」
「そう言うこと自体が、見下している証拠ではないか!」
「いいえ。淑女としての振る舞いを、今一度確認していただくために申したしだいです」
「アイラは、おまえのような高慢な者より、よほど淑女だ! 優しく、心が綺麗なのだ。おまえには考え及びもつかないだろうがな」

 王子は泥棒猫の腰を抱き寄せた。驚いたように顔を上げた彼女に、微笑みかける。彼女は頬を染めて寄り添った。
 他の生徒達は固唾を呑んで見守っていた。王の血を引く子は王子しかおらず、王位は必ず彼が継ぐ。なのに、紛うことなき暗愚である。彼の機嫌を損ねたら、自分と家の将来がないだろう。
 聡明なレオノーラが王妃となれば、なんとかしてくれるだろうというのが、一縷の望みだったのだ。それが潰えようとしている。
 しかしレオノーラは、くれぐれもわたくしの味方をしてはいけません、と令嬢達に言ってあった。各自の婚約者にも伝えておくようにとも言い添えて。
 声をあげたら、に推されかねませんよ、と。
 それは、男子であっても変わらない。王太子を諫める気概があるとして、役を押しつけられるかもしれないのだから。

人気ひとけの無いところに呼び出すなど、やましい自覚があるからだろう。悪いことをしていないと言うなら、正々堂々、人前で言うがいい」
「それは、彼女とは必ず人の耳目のあるところでお話しせよということでございましょうか?」
「ああ、そうだ。やましくないなら、何も問題はないだろう?」
「承知しました。お心に従います」

 レオノーラは恭しく頭を下げた。
 教師が入ってくる。

「なぜまだ席についてない者がいるのですか? アイラ・バーンズ、あなたのクラスは二つ向こうのはず。遅刻ですよ」
「あ、はい! すみません! ……ダニー様ありがとう。また後でね!」

 そうして泥棒猫は飛び出していった。

 それ以降、レオノーラは目についたその時に、泥棒猫に注意するようになった。
 「大口を開けて笑うのは、はしたなくてよ」「食べながら話してはなりませんわ、下品でしてよ」「廊下を走ってはなりません、危のうございますから」「むやみと異性の体に触るものではありません、下心があると思われましてよ」「すぐに泣いて話をうやむやになさらないで。貴族ならば、いついかなる時も冷静であらねばなりません。取り乱せば、人々を守り導くなどできないのですから」等々。

 王子はそれがよけいに気にくわなかったらしい。その度に泥棒猫を庇い、レオノーラを罵った。
 恋とは障害があるほど燃え上がるものである。レオノーラの狙いどおり、二人は急速に仲を深めていった。
 そして、運命の夜会の日――国王主催の、王子の卒業を祝う宴――を迎えたのだった。
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