悪役令嬢の見る夢は

伊簑木サイ

文字の大きさ
16 / 25
前日譚

愛を誓う

しおりを挟む
「神父様には、教会でお待ちいただいているの」

 レオノーラはラウルの肘に手を掛けて、寄り添った。
 距離感の親密さに、彼は密かに照れた。まるで恋人だ。……いや、なのだ、たぶん、と思い返して、さらに照れる。どこかふわふわとした心地で、現実感がないなと思いながら、彼女を連れて歩きだした。
 後ろからは、ロドリックと侍女がついてくる。

 馬車は教会の前庭に停められており、目と鼻の先だ。扉は開け放たれていて、神の御許を訪れる俗世の信徒を、歓迎しているようだった。
 中に入ると、ステンドグラスから光が降りそそぐ祭壇の前で、神父が祈りを捧げていた。二人の足音に気付いて、振り返る。

「やあ、ラウル! それにレオノーラ様!」

 神父の前に辿り着くと、大きく広げられた腕の中に、ラウルは抱きしめられた。

「ああ、よかったね、ラウル。嬉しいよ、君がこんなに素敵なお嫁さんを連れて来てくれるなんて。神様は、ちゃんと君を見てくださっていたね。それを私が祝福できるなんて、こんな大きな喜びはないよ!」

 ん? とラウルは首を傾げそうになって、代わりにレオノーラへと視線を向けた。
 彼女は神父の陰で肩をすくめてみせた。――ごらんのとおり、というように。

「秘密結婚の立ち会いをお願いしたの」
「ひみつけっこん」

 普通、結婚は、その二人の婚姻に反対する者がいないか、広く公示する期間を設けるものだ。三ヶ月から半年ほど待ち、反対がなければ、晴れて教会で式をとりおこなう。
 対して秘密結婚とは、公示せずに、神の前で誓いをあげてしまうことである。
 教会では、そのどちらも等しく祝福する。愛とは人に宿った神の一部であり、それを己の中に見つけ、神に誓いを捧げる者に、秘蹟を認めるのは当然のことだからだ。

 何のために今ここにいるかようやく理解したラウルは、えっ!? と叫びそうになって、声を呑み込んだ。彼の体を離した神父に、顔を覗きこまれたのだ。……見透かすように。

「レオノーラ様は、君と愛しあい、合意の上と仰っていたけれど」

 驚いているのはどうしてかな? と声にならない言葉が聞こえた気がして、あわてて頷く。

「え、はい、愛しあっています。たしかに、愛していると告げましたし、それに、愛していると答えてくださって……」

 言っているうちに恥ずかしくなってきて、顔を赤らめた。

「そう。君たちはお互いに出会って、神に結婚に召し出されたと啓示を受けたのだね」

 ラウルはレオノーラを見た。ベールをしてても、彼をひたむきにみつめているのがわかる。彼は神父を真っ直ぐ見返して、告げた。

「はい」
「では、二人ともこちらへ」

 祭壇へと導かれ、説教台に置かれた聖書の上へ手を重ねるよう、うながされた。ラウルは彼女の手を握って、神へと繋がる扉  聖 書  に触れた。

「ラウル、あなたは、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、ここにいるレオノーラ・ギースを妻として、愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 神への誓いは絶対だ。破ることは神への冒涜であり、けっして取り消すことはできなくなる。
 ラウルは自分が彼女にふさわしいとは、ここまできても、まだとうてい思えなかった。けれど、自分が心の底から彼女を欲しているのもまた、消しようのない思いなのだとわかるのだった。
 熱く、あたたかく、喜びと光に満ちたこの気持ちを打ち消しては、けっして生きていけないだろうと――彼女なしには、自分は生きていけないのだと。
 ラウルは、彼女の手を握りしめた。その手を握り返される。彼は決意を口にした。

「はい。誓います」
「レオノーラ・ギース、あなたは、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、ここにいるラウルを夫として、愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
「では、お互いに秘蹟を授けなさい」

 二人は聖書から手を下ろし、向かい合った。ラウルがベールをめくる。
 レオノーラは化粧っ気がなかった。蠱惑的な目元でも、妖艶な唇でもなかった。豪華な宝飾もつけていなければ、ドレスも飾りの少ない質素なものだった。けれど、内から輝くように美しかった。
 やわらかな微笑みを浮かべて、彼へと心をあずけてくる彼女は、ただただ、美しかった。

 彼は彼女に口づけた。彼女は口づけを受け入れた。そうして二人は、神の御前で、お互いの中に宿る愛を繋ぎ、一つのものとしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...