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前日譚
愛を誓う
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「神父様には、教会でお待ちいただいているの」
レオノーラはラウルの肘に手を掛けて、寄り添った。
距離感の親密さに、彼は密かに照れた。まるで恋人だ。……いや、まさに恋人なのだ、たぶん、と思い返して、さらに照れる。どこかふわふわとした心地で、現実感がないなと思いながら、彼女を連れて歩きだした。
後ろからは、ロドリックと侍女がついてくる。
馬車は教会の前庭に停められており、目と鼻の先だ。扉は開け放たれていて、神の御許を訪れる俗世の信徒を、歓迎しているようだった。
中に入ると、ステンドグラスから光が降りそそぐ祭壇の前で、神父が祈りを捧げていた。二人の足音に気付いて、振り返る。
「やあ、ラウル! それにレオノーラ様!」
神父の前に辿り着くと、大きく広げられた腕の中に、ラウルは抱きしめられた。
「ああ、よかったね、ラウル。嬉しいよ、君がこんなに素敵なお嫁さんを連れて来てくれるなんて。神様は、ちゃんと君を見てくださっていたね。それを私が祝福できるなんて、こんな大きな喜びはないよ!」
ん? とラウルは首を傾げそうになって、代わりにレオノーラへと視線を向けた。
彼女は神父の陰で肩をすくめてみせた。――ごらんのとおり、というように。
「秘密結婚の立ち会いをお願いしたの」
「ひみつけっこん」
普通、結婚は、その二人の婚姻に反対する者がいないか、広く公示する期間を設けるものだ。三ヶ月から半年ほど待ち、反対がなければ、晴れて教会で式をとりおこなう。
対して秘密結婚とは、公示せずに、神の前で誓いをあげてしまうことである。
教会では、そのどちらも等しく祝福する。愛とは人に宿った神の一部であり、それを己の中に見つけ、神に誓いを捧げる者に、秘蹟を認めるのは当然のことだからだ。
何のために今ここにいるかようやく理解したラウルは、えっ!? と叫びそうになって、声を呑み込んだ。彼の体を離した神父に、顔を覗きこまれたのだ。……見透かすように。
「レオノーラ様は、君と愛しあい、合意の上と仰っていたけれど」
驚いているのはどうしてかな? と声にならない言葉が聞こえた気がして、あわてて頷く。
「え、はい、愛しあっています。たしかに、愛していると告げましたし、それに、愛していると答えてくださって……」
言っているうちに恥ずかしくなってきて、顔を赤らめた。
「そう。君たちはお互いに出会って、神に結婚に召し出されたと啓示を受けたのだね」
ラウルはレオノーラを見た。ベールをしてても、彼をひたむきにみつめているのがわかる。彼は神父を真っ直ぐ見返して、告げた。
「はい」
「では、二人ともこちらへ」
祭壇へと導かれ、説教台に置かれた聖書の上へ手を重ねるよう、うながされた。ラウルは彼女の手を握って、神へと繋がる扉に触れた。
「ラウル、あなたは、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、ここにいるレオノーラ・ギースを妻として、愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
神への誓いは絶対だ。破ることは神への冒涜であり、けっして取り消すことはできなくなる。
ラウルは自分が彼女にふさわしいとは、ここまできても、まだとうてい思えなかった。けれど、自分が心の底から彼女を欲しているのもまた、消しようのない思いなのだとわかるのだった。
熱く、あたたかく、喜びと光に満ちたこの気持ちを打ち消しては、けっして生きていけないだろうと――彼女なしには、自分は生きていけないのだと。
ラウルは、彼女の手を握りしめた。その手を握り返される。彼は決意を口にした。
「はい。誓います」
「レオノーラ・ギース、あなたは、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、ここにいるラウルを夫として、愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
「では、お互いに秘蹟を授けなさい」
二人は聖書から手を下ろし、向かい合った。ラウルがベールをめくる。
レオノーラは化粧っ気がなかった。蠱惑的な目元でも、妖艶な唇でもなかった。豪華な宝飾もつけていなければ、ドレスも飾りの少ない質素なものだった。けれど、内から輝くように美しかった。
やわらかな微笑みを浮かべて、彼へと心をあずけてくる彼女は、ただただ、美しかった。
彼は彼女に口づけた。彼女は口づけを受け入れた。そうして二人は、神の御前で、お互いの中に宿る愛を繋ぎ、一つのものとしたのだった。
レオノーラはラウルの肘に手を掛けて、寄り添った。
距離感の親密さに、彼は密かに照れた。まるで恋人だ。……いや、まさに恋人なのだ、たぶん、と思い返して、さらに照れる。どこかふわふわとした心地で、現実感がないなと思いながら、彼女を連れて歩きだした。
後ろからは、ロドリックと侍女がついてくる。
馬車は教会の前庭に停められており、目と鼻の先だ。扉は開け放たれていて、神の御許を訪れる俗世の信徒を、歓迎しているようだった。
中に入ると、ステンドグラスから光が降りそそぐ祭壇の前で、神父が祈りを捧げていた。二人の足音に気付いて、振り返る。
「やあ、ラウル! それにレオノーラ様!」
神父の前に辿り着くと、大きく広げられた腕の中に、ラウルは抱きしめられた。
「ああ、よかったね、ラウル。嬉しいよ、君がこんなに素敵なお嫁さんを連れて来てくれるなんて。神様は、ちゃんと君を見てくださっていたね。それを私が祝福できるなんて、こんな大きな喜びはないよ!」
ん? とラウルは首を傾げそうになって、代わりにレオノーラへと視線を向けた。
彼女は神父の陰で肩をすくめてみせた。――ごらんのとおり、というように。
「秘密結婚の立ち会いをお願いしたの」
「ひみつけっこん」
普通、結婚は、その二人の婚姻に反対する者がいないか、広く公示する期間を設けるものだ。三ヶ月から半年ほど待ち、反対がなければ、晴れて教会で式をとりおこなう。
対して秘密結婚とは、公示せずに、神の前で誓いをあげてしまうことである。
教会では、そのどちらも等しく祝福する。愛とは人に宿った神の一部であり、それを己の中に見つけ、神に誓いを捧げる者に、秘蹟を認めるのは当然のことだからだ。
何のために今ここにいるかようやく理解したラウルは、えっ!? と叫びそうになって、声を呑み込んだ。彼の体を離した神父に、顔を覗きこまれたのだ。……見透かすように。
「レオノーラ様は、君と愛しあい、合意の上と仰っていたけれど」
驚いているのはどうしてかな? と声にならない言葉が聞こえた気がして、あわてて頷く。
「え、はい、愛しあっています。たしかに、愛していると告げましたし、それに、愛していると答えてくださって……」
言っているうちに恥ずかしくなってきて、顔を赤らめた。
「そう。君たちはお互いに出会って、神に結婚に召し出されたと啓示を受けたのだね」
ラウルはレオノーラを見た。ベールをしてても、彼をひたむきにみつめているのがわかる。彼は神父を真っ直ぐ見返して、告げた。
「はい」
「では、二人ともこちらへ」
祭壇へと導かれ、説教台に置かれた聖書の上へ手を重ねるよう、うながされた。ラウルは彼女の手を握って、神へと繋がる扉に触れた。
「ラウル、あなたは、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、ここにいるレオノーラ・ギースを妻として、愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
神への誓いは絶対だ。破ることは神への冒涜であり、けっして取り消すことはできなくなる。
ラウルは自分が彼女にふさわしいとは、ここまできても、まだとうてい思えなかった。けれど、自分が心の底から彼女を欲しているのもまた、消しようのない思いなのだとわかるのだった。
熱く、あたたかく、喜びと光に満ちたこの気持ちを打ち消しては、けっして生きていけないだろうと――彼女なしには、自分は生きていけないのだと。
ラウルは、彼女の手を握りしめた。その手を握り返される。彼は決意を口にした。
「はい。誓います」
「レオノーラ・ギース、あなたは、健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも、ここにいるラウルを夫として、愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
「では、お互いに秘蹟を授けなさい」
二人は聖書から手を下ろし、向かい合った。ラウルがベールをめくる。
レオノーラは化粧っ気がなかった。蠱惑的な目元でも、妖艶な唇でもなかった。豪華な宝飾もつけていなければ、ドレスも飾りの少ない質素なものだった。けれど、内から輝くように美しかった。
やわらかな微笑みを浮かべて、彼へと心をあずけてくる彼女は、ただただ、美しかった。
彼は彼女に口づけた。彼女は口づけを受け入れた。そうして二人は、神の御前で、お互いの中に宿る愛を繋ぎ、一つのものとしたのだった。
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