悪役令嬢の見る夢は

伊簑木サイ

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前日譚

宴が開かれる

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「ご結婚おめでとうございます、お嬢様」
「ありがとう、マリエラ。……それに、ロドリックも。遅くなってしまいましたけれど、礼を言います。この一年、夫をよく守ってくれたと聞きました。これからもよろしくお願いしますね」
「は。もったいないお言葉です」

 と、すんなり口にして、妻らしく振る舞うレオノーラに、ラウルは、そうか、自分が夫で彼女が妻ってこういうことなのか、などと実感して、胸がいっぱいになった。

「我が養い子と、いつも援助してくださる侯爵閣下のお嬢様とのご結婚にあたり、心ばかりのものではありますが、祝いの席を準備させていただきました。我らの杯を受けてくださいますか?」
「もちろんです。ねえ、あなた?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「では、大広間にご案内いたします。どうぞこちらへ」

 教会から出て、教会の者が日常的に食事をしている建物に案内された。下が食物庫と台所になっていて、二階が大広間になっている。素朴な長テーブルにベンチが置かれ、上にはごちそうが所狭しと並べられていた。
 騎士達も呼びにやられて、ラウルとレオノーラを中心にして、ラウル側に教会の者が、レオノーラ側に騎士達が着く。
 神父が手を組み、祈りを捧げた。

「主よ、あなたに召し出され結婚の秘蹟を交わしたこの夫婦に、どうか魂の聖化への道を常に示し給いますように。また、このたびの御業を祝して集まった我らに、このような糧を恵んでくださり、ありがとうございます。この糧が神の国を築く力となることを祈って」

 全員で聖句を唱和する。宴会が始まった。

「ラウル、君が指定した場所の木は切り倒し、切り株も取り除いて整地してあるよ」

 いくらか食事が進んだところで、右隣に座った神父に、にこにこと言われた。たぶん、これから向かう予定の砦の候補地のことだろうと見当をつけて、「ありがとうございます」と答えてみる。
 皆が酒に浮かれてわいわいと話しながら、こちらに聞き耳をたてているのがわかる。神父が当然という態度で話すのなら、それに話を合わせておくのがいいはずだった。

「でも、小屋は建てておかなくてよかったのかい? レオノーラ様を何もないところにお連れしては、お気の毒だよ。もしよければ、しばらくここでレオノーラ様をお預かりしてもいいのだが」
「それは大丈夫ですの」

 左隣に座るレオノーラが、口を挿んだ。

「組み立てるばかりにしたものを運んできましたから。馬車の中身は、それですの」
「そうでしたか。そうですね、ラウルがあなたに、いらぬ苦労をさせるはずがありませんでした。ああ、そうだ、運河を掘るための職人も、手配しておきましたよ。うちのワインを運ぶのに必要だと説いたら、修道士会の方で、便宜を図ってくれましてね。ラウル、君が言うとおり、あの二つの川を結ぶ運河ができれば、このあたりは水運で潤うようになるだろうね」
「それはお骨折りいただき、ありがとうございます」

 侯爵にいろいろ書き送った一つが採用されたようで、しかも話がだいぶ進んでいるようで、寝耳に水な話にしどろもどろになりながらも、ラウルはとりあえず、また礼を言った。

「あの地に砦を築き、水上も陸上も、近隣の治安を守れば、多少の通行税を取られても、商人達はここを通るようになるでしょう」
「黒の森を迂回する道は、どうしても治安が悪いですからね」
「父もそれを憂いておりましたの。それで、ラウルに森の番人になるように申しつけたのです」

 ラウルは口にしていたワインを、噴き出しそうになった。森の番人? 初耳だった。
 そういうことは先に言っておいてほしかった。これから彼女を抱えて、どう生活していこうかと思案していたのだ。
 わかっていれば、今だって、返事が遅れても不自然じゃないように、常にチビチビとワインを口に運ぶなんて小細工をしないで済んだはずだった。
 馬車の中でいくらでも話せましたよね!? なぜ黙っていたんですか!? という気持ちを込めて妻を見たが、あら、まあ、何かしら、という感じに微笑まれて流される。

「ラウルは侯爵閣下の信頼が厚いのですね」
「ええ。わたくしを与えたくらいですから」
「ああ、私も、侯爵閣下に求められて、ラウルを手放した甲斐がありました。いずれ私亡き後は、この教会を盛り立てていってもらおうと、手塩に掛けて育てていたのですよ」

 二人の会話は、百歩譲って物は言いようなのだとしても、限りなく法螺に近かった。侯爵にはもう少しで叩き斬られるところだったし、そもそも侯爵家へ仕えることになったのは、お嬢様のキリム相手という面が大きかったはずだ。
 けれど、ラウルにもようやくわかってきた。妻と神父で一芝居打って、ラウルの株を上げようとしているのだ。

「まあ、そうでしたのね。ですが、心配ありませんわ。夫がこの一帯を治めるのですもの。神の信徒として、教会の安泰に力を尽くしますわ」

 ラウルはギョッとして、ジョッキを取り落とすところだった。だから黙っていたのかと腑に落ちる。
 こんな大役が付いてくるとわかっていたら、怖じ気づいて、とても愛なんて囁く気分にはならなかったに違いない。いや、彼女に愛は誓っただろうけれど。あっちは勃たなかった自信があった。

「そう言っていただけると心強いかぎりです。……頼んでもいいかな、ラウル」
「……はい。私がここまでこれたのも、神のお導きと、神父様達の慈悲のおかげです。感謝してもしきれません」
「それは、神に仕える者として、当然のことをしたまでだよ。けれど、そう言ってもらえるなら、ありがたい。神よ、信心深く慈悲深いこの夫婦をよみしたまえ」

 十字が切られる。ラウルとレオノーラも、神父に合わせて、指を組んで祈りを捧げた。
 特にラウルは真剣に祈った。どうかこの大きすぎる試練を乗り越えられますよう、なにとぞ、なにとぞ、お導きください、と。

 その時、向かいの席で、ダンッとジョッキをテーブルに打ち付ける音がした。その人物が、ベンチを蹴倒す勢いで立ち上がる。

「ラウル、俺は、おまえに言いたいことがある!」

 そう怒鳴って、指を突きつけたのは、酔って顔を真っ赤にしたロドリックだった。
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